029. 女優の初仕事(5)
撮影が終了し、ゆきと一緒に僕は駐車場に停めてある車に向かう。駐車場には神坂さんが待機しており、後部座席のドアを開けると僕たちは乗り込んだ。そして、車は発進する。
「お疲れ様」
運転席にいる神坂さんの労いの言葉を聞きながら僕は小さく息を吐く。まあ、今日の一番の功労者は間違いなくゆきだろうな。彼女は緊張の糸が切れたのか、僕の隣ですやすやと寝息を立てていた。
「大変だったかしら?」
「そうですね……。色々と」
ただ、笹川ゆきという女優は今後必ず化けることになる。いつか、優里が主題歌を歌った映画に主演として出演する日が来るかもしれない。僕はそんな期待を密かに胸に抱いていた。
「で、結局のところ……、なんでゆきを西宮プロに入れたのか聞いてもいいですか?」
「そうね……、彼女が堀口高等学校の生徒だったから……かな」
「堀口って……、確か芸能人を多く輩出している芸能コースがある私立校ですよね?」
「えぇ……、そうよ」
堀口高校と言えば、芸能界を目指す若者にとって憧れの名門校だ。毎年多くの俳優やアイドルを輩出している。
神坂さんもまた、かつてこの学校の卒業生である。
「なるほど……。そういうことでしたか……」
「堀口の内情はよく知ってるわ。そういう風習があるのもよくわかってる。ゆきちゃんが学校を辞めたのも周りと合わなかったからだったしね。でも、惜しいじゃない。あんなに演技が上手なのに辞めるのは」
「確かに……」
「それに……、あなたにも再会できたわけだしね」
「えっ?」
「うふふ……、なんでもないわ」
相変わらず掴みどころのない人だな……。まあ、いいか。とりあえず、ゆきはもう大丈夫だろう。そして、僕は窓の外を見る。そこには夕焼け空が広がっていた。
あれから数日が経過し、ゆきは無事にドラマの撮影を終えた。撮影が進むにつれてゆきはどんどんと演技に磨きがかかってきた。元々、才能があるのは分かっていたし、きっかけがあれば簡単に順応する。
今回の件でかなりゆきは精神的に成長したように見えた。そして、あの日以降、ゆきは前よりも明るくなった気がする。ゆきの演技に対する熱意は本物であり、妥協を許さない姿勢も垣間見ることができた。
撮影が全て終了すると、ゆきは晴れやかな笑みを浮かべて言った。
「私ね、決めたよ」
「何をだ?」
「私はもう夢を諦めない。本気で女優になる」
「そうか……」
「だから……、これからもよろしくお願いします」
「ああ……」
それからゆきは監督とスタッフの方々に挨拶をしにいく。僕はその様子を遠目で眺めていると神坂さんが隣にやって来た。
「良かったみたいね。ゆきちゃんのこと」
「はい」
「なら、もう大丈夫そうね」
「そうですね」
「それで……、どうするの。彼女本気になっちゃったらマネージャーの君の仕事かなり増えるけど」
「覚悟の上ですよ。僕はマネージャーとして責務を果たさないといけませんから」
「そう……。それじゃ、頑張って」
そう言うと神坂さんは僕の肩を叩き、去っていく。僕はその姿を見送りながら小さく息を吐く。さぁ、ここからが本当のスタートラインだ。彼女が女優を目指すと言った以上は僕がバックアップする義務がある。




