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アイドル歌手と苦労が絶えない高校生マネージャー  作者: ともP
♠ 女優への一歩と恋の始まり
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028. 女優の初仕事(4)

 監督との屋上での会話が終わり、ゆきの後を追って僕は廃病院の中へ入っていく。中は薄暗く、不気味だった。一階から四階までくまなく探すのも面倒なので一番最上階の端の部屋に僕は足を踏み入れる。


 そこはどうやら物置部屋らしく、物が乱雑に整理もされずに立て掛けてあった。


「ゆき……、いるか?」


 僕はそう言いながら部屋の奥に進んでいく。すると、ゆきが体育座りをしながら泣いていた。僕はゆっくりと彼女の隣に座る。


「大丈夫か?」

「うん……」


 ゆきは小さく返事をする。その瞳からは涙が流れていた。


「私、駄目だった……。全然駄目だった……。撮影も進まないし……、監督にも怒られちゃった……。私、やっぱり才能ないのかな」


 僕はそれを否定するために声を出そうとした瞬間――、壁に立て掛けてあった分厚い板が倒れてくる。僕の脳内で嫌な記憶が蘇ってくる。優里が事故に巻き込まれそうになった光景がフラッシュバックする。


「きゃぁぁぁ!!」


 ゆきの悲鳴が聞こえると本能的に腕が動いた。

 そして、僕は思いっきりゆきを抱え込みながら彼女を庇うように背中から地面に勢いよくに叩きつけられる。その衝撃で肺の中の空気が全て吐き出される感覚に陥る。


(痛ってぇ……)


 痛みに耐えながらも、僕は何とか上体を起こすとゆきの様子を確認する。彼女は無事なようだったが、腰が抜けたのか立ち上がることもできずに、僕の膝の上で震えていた。


「ごめんなさい!ごめんなさい!」

「大丈夫だから、落ち着いて」


 僕がそう言うとゆきは少しだけ落ち着いたのか大きく息を吐く。しかし、その体は小刻みに揺れている。まだ恐怖心が残っているようだった。そんな彼女に僕は静かに声をかける。


「怪我はないか?」

「う……、うん……」

「僕がアドバイスできるような立場じゃないが……、あんまり演技に拘り過ぎるな。もっと肩の力を抜いていけ」

「龍之介……」

「僕はマネージャーだ。だから、僕は支える義務がある。一人で悩みすぎるな……。これだけは言っておく。ゆきは一人じゃない」


 僕の言葉を聞いたゆきの目から大粒の涙が流れてくる。そして、ゆきは泣きじゃくりながら言う。


「わっ……、私ね……、昔いじめられてたんだ……。高校編入前に、男の子たちに髪を掴まれて無理やり引っ張られたりとか、トイレで水をかけられたりとか色々されて……、でも、誰も助けてくれなかった……」

「……」

「それから私は学校に行くのをやめた。家に引きこもって、モデルの仕事だけはずっと続けてた……。お父さんとお母さんには心配かけないように、ちゃんとしてる振りをしてたけど、本当は毎日辛かった。もうこんな人生嫌だって何度も思ったよ……」

「そうか……」

「だけど、このまま負け続けるのは嫌だったから、一生懸命頑張ってきたつもりだったんだけど」

「まあ、そう簡単に上手くいくはずがないさ。誰だって最初から上手くいくわけないだろ。それに、ゆきは頑張ってる。普通にやれば絶対成功するはずだ。今はただ焦っているだけだ。無理して演じようとするから、失敗する」

「そ、そうなのかな……」

「そうだ。あと、今度からは何かあったらすぐに言え。力になるから。だから一人で抱え込むんじゃないぞ」

「うん……。ありがとう」


 そう言い終えると、ゆきはどこか吹っ切れたように微笑む。どうやらもう大丈夫みたいだな。僕は立ち上がると彼女に手を差し伸べる。彼女は手を取ると立ち上がり、スカートについた埃を払う。そして、ゆきは照れくさそうに笑う。


「あっ……、ありがと」

「気にするな。それより、休憩時間もうすぐ終わるから監督たちの方へ行ってこい」

「うん……。ねぇ、私のことを支えてくれる?」

「ああ、もちろんだ。僕はお前のマネージャーなんだからな」


 ゆきは嬉しそうに笑うと監督のところへ向かっていった。これで少しはゆきの負担が減るといいのだが。そんなことを考えながら僕は撮影の続きを見守る。


 人は普段の生活でも演技をしている。見知らぬ人と初めて喋る自分、友人と喋る自分、上司と喋る自分など、様々な自分を使い分けている。それを演技だと思わないのは演じている自覚がないからだ。

 だが、演技を強要されるとその仮面が剥がれてしまう。演技をしないという焦りを背負って、周りからの視線を気にすると本来の自分の実力が発揮できないのだ。


 監督が求めている自然は作品の世界観を崩さず、それでいて自然に振る舞える役者だ。


 休憩が終了し、先程のシーンから撮影は再開される。ゆきが屋上に入ってくるシーンから撮影が始まった。ゆきは自然な笑顔を浮かべながらこちらに向かってくる。もうそこには迷いがない。


 僕はその演技にどこか懐かしさを感じた。それは、僕がまだ現役だった頃、そのときの彼女の表情も今のように輝いていた。やはり、天才とは天性の才能を持った人間ではなく、努力を惜しまない人間のことを言うんだろうな……。


 きっかけひとつで人間はいくらでも変わることができる。今のゆきがまさにそれだ。それからゆきは自然体での演技を見せ、撮影は順調に進んでいき、今日の撮影は終了した。

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