020. ママと呼ばせたい人気漫画家(3)
翌日、普段通りに学校に向かい授業を受ける。教室に入ると優里とゆきが僕の席の後ろにある柱に凭れながら話している。
この光景も見慣れて、なんだか当たり前になってきた。
(てか、別に二人で話すなら僕の席である必要ないよな)
僕はそんなことを考えつつも、自分の席に鞄を置き、椅子に座る。
すると、優里はこちらを見て微笑み肩を優しく叩かれる。僕は不思議に思いながらも、彼女の方を向いた。
「どうした?」
「あのね、今日の放課後に南條先生が時間があるか聞きに来て欲しいんだって。なんか、相談したいことがあるらしいんだけど……」
「ああ、なるほど……。了解、聞いてみるよ」
僕は軽く返事をする。
南條さんとは昨日打ち合わせをしたばかりだ。まだ、何も具体的な話はしていない。おそらく、何かしらの相談事があるのだろう。
「あっ、南條さんに龍之介の連絡先教えちゃってもいい? ほら、今後のスケジュールの調整もあるし、南條さんの方からも直接連絡したいらしいし……」
「あぁ、大丈夫だよ。むしろ、今後のためにも連絡先は教えておいた方がいいしな」
「分かった。じゃあ、伝えておくね」
「よろしく頼むよ」
優里はスマホを取り出し、南條さんの電話番号を探しているのか画面をスクロールさせている。
その様子をゆきは少し不満そうな表情で眺めていた。
「優里はVtuberになって活動する方針になったの?」
「違う違う……、パラレルシンガーだよ」
「それ何が違うの?」
ゆきは首を傾げる。確かにパラレルシンガーと言われてもピンとこないのはしょうがない。
「違いはリアル世界と両立して音楽活動するか、バーチャル世界のみで音楽活動するかの違いかな。Vtuberは一部例外を除いて顔出ししないしな」
「ふーん、そういうことね」
「まあ、私は活躍できるならどっちでもいいと思ってるけどね。だって、音楽が好きで歌うことが好きだから始めたことだもん。顔は関係ない。みんなが私の歌を聞いてくれればそれでいいよ」
優里は満面の笑みを浮かべながら答える。
その笑顔を見ると、本当に彼女が音楽を愛していることがよく分かる。
「まあ、優秀なマネージャーさんもいることだしいい感じに世の中に広まっていきそうね」
圧をかけるような言い回しに僕は引っ掛かりをおぼえたが……。とりあえず、スルーしておくことにする。
当面の目標は楽曲提供の話をもらうことだが、それもいつになるか分からない状況だ。デビューまで1ヵ月弱という期間を考えると悠長なことは言っていられないかもしれない。
とはいえ、焦ったところで良い結果が出るとも思えないため、地道に取り組んでいくしかないのわけだが……。
(この前のアニメ主題歌のような話は都合良く何度も来るわけないしな……)
楽曲の提供も何でもよいというわけではない。
西宮優里という歌手の良さを最大限に生かすことが重要であり、そのためには曲調選びは非常に重要なのだ。
例えば、この前のアニメの主題歌なんかは疾走感というのを全面に押し出すためにアップテンポの曲になっていた。
(うーん、やっぱり難しいよな……)
僕が難しい顔をしていることに気づいたのか、優里は心配そうな表情をしている。
「龍之介、大丈夫? なんか、悩み事でもあるの?」
「えっ? あぁ、楽曲どうするか迷っててな……」
「そっか、そうだよね……。でも、無理に探さなくても大丈夫だよ。最悪カバーでも十分だし」
初デビューはオリジナルの楽曲でという思いが僕の中にはある。しかし、それはなかなかに厳しい話だった。
なぜならば、オリジナルの楽曲をいきなり提供してくれる人なんていないからだ。もちろん、オリジナル曲を提供している人はいる。しかし、それは本当に限られた一部の人だけだ。
(ほんとどうしたらいいんだろうな……)
そんなことを考えているうちに授業開始のチャイムが鳴る。授業中も楽曲の件で頭を悩ませていたが、結局答えを出すことはできなかった。
放課後になると、優里は渋谷のスタジオでボイトレ、ゆきと僕は西宮プロダクションの事務所に向かうことにした。
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放課後になり、ゆきと一緒に事務所に行くことになった。今日も相変わらず天気が良く、日差しが強い。外を歩いているだけで汗が出てきそうになる。
白金高輪駅から歩き、いつものように事務所のビルに到着する。一階の扉を開けると、そこには神坂さんの姿があった。
「お疲れ様です。神坂さん」
「あっ、おはようございます。龍之介くん、ゆきちゃん」
彼女は爽やかな笑顔を見せながら挨拶をする。挨拶をしながらも彼女は大量の資料からは目を離さない。
おそらく、来週から始まるコンサートのリハーサルや打ち合わせの資料を作っているのだろう。
「忙しそうですね……」
「もうすぐ、コンサート始まるからその準備よ。今回はホールを貸し切って行う予定だからスタッフもかなり多いし、私も色々と大変だわ」
「すごいですね……」
「まあ、こういう裏方の仕事は嫌いじゃないしね。それにやりがいもあるし」
「確かにそうですよね」
自分が関わっている仕事が大勢の人の目に触れるということはそれだけ達成感があるものだ。
そして、多くの人が関わるということはとても大変なことだと思う。
「あっ、そうだ。神坂さんに相談したいことがあるんですけどいいですか?」
「相談? 何かしら」
「実は南條先生からの提案で、デビューにオリジナルの楽曲を使いたいということなんですけど……」
「あー、なるほど……、そういう相談か……」
現状では楽曲を提供してくれるような人は見つかっていない。
楽曲の練習時間も確保したいので早急に見つけたいところだが……。
「これが答えになるかはわからないけど……。この前、雑誌のインタビューを受けた音楽ロードの親会社である『ミュージック・ジャパン』が最近とある企画でさまざまなアーティストやクリエイターがコラボレーションして作品を発表するサイトを運営し始めたのって知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「作曲家とアーティストを結びつけるために作ったみたいなんだけど……。優里ちゃんなら活動実績もあるし、うまいこと話を付けられるかもよ」
「本当ですか!?」
なるほど、そういうアプローチの仕方もあるのか……。僕はまったく知らなかった。
僕は早速ミュージック・ジャパンが運営している音楽サイトにアクセスする。すると、そこには様々なアーティストとコラボしている作品の一覧が表示されていた。
作曲者は自分の作った曲の一部を公開し、アーティストは気に入った作曲者に声をかける。
まるで、マッチングアプリのようなシステムになっている。さらに、動画投稿機能もあり、自分の歌声をアーティスト側から公開することもできるようだ。
(これを使えば、楽曲を提供してもらえるかも……)
暗闇の中に一筋の光が見えた気がした。




