019. ママと呼ばせたい人気漫画家(2)
「初めまして、南條こよりと言います。って、初めましてでもないか……、一度サイン会で会ったもんね」
彼女は栗色の長い髪を後ろでまとめており、今日は眼鏡をかけていた。優しげな雰囲気を持つ女性で、漫画家よりもモデルかと思えるほど綺麗な人だった。
最近は雑談配信やゲーム実況などをしているようで、その度にチャンネル登録者も増えているそうだ。今後の活動の参考にもなるため、話を聞いておきたかったのだ。
「はい、あの時はありがとうございました。まさか、私なんかのために貴重な時間を割いてくださるとは思っていませんでした」
「嬉しいこと言ってくれるわね。わたしもこの話を承諾してもらえた時は嬉しかったのよ。あなたの歌声を聴いた瞬間にビビッときたのよね~」
優里は照れ臭そうに頭を掻く。南條さんは微笑みながら、優里のことを見つめていた。
「それで、早速なんですけど……。このキャラをLive2D化して西宮優里としてデビューさせたいと思うのですが……」
僕は優里の方を見る。すると、彼女も小さくうなずく。南條こよりは嬉しそうに笑いながら、机の上に置いてあったタブレットを操作し始める。
「わたし、クリエイターになってからひとつだけ夢がありまして……。自分の生み出したキャラクターから、『ママ』って呼ばれることなんですよ」
「えっ……?」
優里も僕もきょとんとした顔で彼女を見つめる。
「だって、可愛くて一生懸命頑張ってる女の子がわたしのことを『ママ』って呼んでくるのって……、すごく可愛いじゃないですか!?」
僕は南條こよりの熱量に圧倒され、苦笑いするしかなかった。
確かに、Vtuberの生みのイラストレーターを『ママ』と呼ぶ文化がネット上にはある。誰がそう呼び始めたのか分からないが……、一部の界隈ではそういう風に呼ばれている。
「ま、まあ、分かりました。優里がいいなら問題はないと思います」
「うん、私もいいけど……」
僕と優里の言葉を聞いた南條さんは大きくガッツポーズをした。
そして、満面の笑みを浮かべて立ち上がる。
「そうと決まれば、早速キャラの設定をしていきましょう!」
(なんだか、すごいテンションの高い人だなぁ……)
僕はそんなことを思いつつ、最初に思い描いていた南條こよりのイメージがガラリと崩れ去った。外見からの知的なイメージは崩壊し、頭のネジがぶっ飛んでいる女性だと思った。
その後、南條さんは設定資料を持ってきて、優里と僕に見せてくれた。
そこには、黒髪ロングヘアで碧眼の美少女が描かれており、青を基調とした服装は先日のライブ衣装をモチーフにしてデザインされたもの、私服は白いワンピースが描かれている。
「ふむふむ、なるほど……」
「どう? なかなかの出来でしょ?」
南條さんはタブレットの画面をプロジェクターに投影し、優里に見せる。そこには黒髪のロングヘアで碧眼の少女が描かれており、ライブ衣装を着ている少女が映し出されている。
リアルとバーチャル両面から音楽的なプロデュースを行うことができる『パラレルシンガー』の存在は、今後ますます大きな存在になっていくだろう。そこに、今人気急上昇中の漫画家である南條こよりがキャラクターデザインをしたバーチャルキャラが音楽活動を行ったとしたら……、一気に注目を集めることは間違いない。
南條さんの描いたキャラクターデザインは完璧だった。細部まで丁寧に描き込まれており、髪の毛一本に至るまで精巧に描かれていた。
Live2D化しても違和感なく動くであろうクオリティの高さを感じた。
「本当に私なんかでいいんですか?」
優里は心配そうな表情を浮かべる。
だが、このキャラクターは西宮優里をイメージしてデザインされたものであり、優里以外に適任はいないと僕は思った。このキャラが仮想の世界で動いている姿を想像しただけでワクワクしてくる。
「絶対に成功するわよ。てか、させるわ。わたしに任せなさい!」
南條さんは自信たっぷりに答える。まあ、この人は配信活動のプロであり、実は有名ではないが個人のVtuberを生み出してきた実績もある。
それに、何よりも優里の歌声を聴いて一目ぼれしたということもある。彼女の優里の歌に対する想いは本物だと感じるし、このキャラクターの作り込み具合を見れば一目瞭然だ。
「せっかくパラレルシンガーとしてデビューするんだからオリジナル楽曲があった方がいいわよね」
優里は活動経歴がまだ短い為、オリジナルの楽曲はこの前のアニメの主題歌しかない。
リアル及びバーチャルでライブを行うにしてもほとんどのセトリをカバー曲で埋めるしかない状況はプロデュースする側としてはなんとなく勿体ない気がした。
「そうですね……。オリジナルの楽曲を増やしてからライブをやりたいですね」
「じゃあ、オリジナル曲を作るところから始めないとね。そこは君の出番ね、敏腕マネージャーさん!」
南條さんはビシッという音が出そうな勢いで僕のことを指さしながら笑顔で言う。
(まあ、そうなるとは思ってたけどさ……)
アニメの主題歌以降は楽曲提供の話は来ていない。だが、やはり有名な作詞家や作曲家と組んで楽曲を作ってライブをしてみたい気持ちはある。
しかし、そんな簡単に話は進まないことも分かっていた。
「まあ、楽曲の話はおいおい進めていくとして……。まずはLive2D化の話を詰めていきましょうか。Live2D化の作業にはどのくらいの期間が必要なんですか?」
「そうねぇ……。キャラデザは終わってるし、2Dモデル作るのにだいたい2週間程度で終わらせることはできると思うけど……。ただ、細かい調整や微修正は必要だから、それを含めると3週間程度ってところかしら」
デビューは3週間後で南條こよりの公式アカウントから1週間前に大々的に宣伝し、Live2D化したキャラをバーチャル世界に降臨させて、生演奏をさせながら歌ってもらう流れになる。
「ちなみに、Live2D化するのに必要な機材とかってあります?」
「そうねえ……。PCはそれなりにスペックのいいものが必要かな。あと、重要なのはマイクね。パラレルシンガーだから歌がメインのチャンネルになっていくわけだからしっかりしたものを用意した方がいいわね」
「なるほど……」
「まあ、バーチャル世界の中で歌うだけならパソコンはそこまで高い性能のものはいらないかもしれないけど、やっぱり音質が重要になってくるからマイクはそれなりのものを用意すべきね」
「分かりました。予算については僕がなんとかします。必要なものはどんどん言ってください。南條さんが信頼に値する方だということはよくわかりますから」
僕は南條こよりの目をじっと見つめながら言う。彼女は嬉しそうに笑いながら、小さくうなずく。
「ありがとう。まあ、わたしは優里ちゃんにママって呼ばれればそれで満足だけどね!」
南條さんは僕を見ながらニヤリと笑った。
僕は苦笑いをしながら、彼女の言葉を聞き流すことにした。




