(1)
アリスの愛馬が、土煙を上げて戦場を駆け抜ける。
風を切り裂くようなすさまじいスピードだが、並走するエリックの馬も一歩も遅れを取っていない。
「アリス様、いい調子です! ――ユウト、お前はしっかり鎖を持ってろよ」
エリックは右手で手綱を、左手に鎖を持ちながら、僕たちに向かって叫んだ。
こんな状況なのに、むしろ生き生きして楽しそうにすら見える。
「わかってる、絶対離さないよ! エリックこそ一人で大丈夫?」
「この程度わけねえよ。さあて、いよいよお出ましだぜ! しかし、この間のハイオークと比べものにならんとんでもないデカさだな」
目の前にそびえ立つのは、文字通り天を突くほどの超巨大ゴーレム、パンタグリュエル。見上げるだけで首が痛くなり、その足首の太さだけでも、ちょっとした砦の塔といった感じだ。
だが今のところ、その無敵を誇る破壊神は、足元を埋め尽くす黒い波――城から解き放たれた無数のネズミたちによって、完全に機能不全に陥っていた。
「よし! エリック左右に別れるぞ。足を狩れ!」
アリスは鋭い号令を発し、エリックと共にパンタグリュエルの巨大な右足の左右に分かれるように馬を走らせた。
その間には、十メートル以上はある鉄鎖がピンと張られている。
そのまま巨像の足首の裏側へと回り込み、交差するように駆け抜けた。
ガキンッ――! という重い金属音とともに、太い鎖がパンタグリュエルの頑強な足に深く食い込んだ。
「よし、一重目! エリック、そのまま左足に回ろう!」
「おう! こいつはまるで、とてつもなくデカい獲物を縛り上げる猟師の気分じゃねえか!」
僕とアリス、エリックが馬の機動力を生かして鎖を絡ませていくのと同時に、後方から鬨の声を上げて突撃してきた兵士たちが到着した。
彼らはアリスを旗印に、数十人のグループに分かれ、それぞれが抱えきれないほど太い麻縄や、城の防衛用に使われていた鉄鎖を抱えている。
「アリス様に続け! 休むな、どんどん巻き付けろ!」
「ネズミがどこかへ行っちまわないうちに、このデカブツを縛り上げるんだ!」
兵士たちは恐怖を忘れ、巨像の足元へと群がっていく。
右足へ、左足へ。前から後ろへ。幾重にも、何十重にも――その光景はまるで『ガリバー旅行記』だ。
嵐で難破し、小人の国リリパットに流れ着いた巨人ガリバーが、無数の小人たちによって浜辺に縛り付けられていたあの挿絵。今の僕たちはまさに、そのリリパットの小人たちのようだった。
一人一人の力は取るに足らないかもしれない。しかし、何百という人間の意志が縄となり鎖となって絡みつけば、たとえ魔法の巨人といえども自由を奪って打ち倒すことができる。
「よし、両足の拘束は十分に重なった! 全軍、綱の端を持ち、城とは反対側へ展開しろ! 引き倒すぞ!」
アリスが剣を天に掲げ、指示を飛ばした。
作戦は最終段階――外城壁の大穴の間を進んできたパンタグリュエルを、逆に外側の大平原へ向けて引き倒すのだ。
そうすればデュロワ城への被害は最小限に抑えられるし、コアとなっているリナも、鋼鉄の体に保護されてるから、倒れた衝撃にもまず耐えられるだろう。
「せーのっ、引けぇぇぇ!!」
兵士たちの掛け声が重なり、数百本の縄と鎖が一斉にピンと張る。
ギギギギギッ――!!
恐ろしいほどの張力が生まれ、縄も鎖も悲鳴を上げた。
だが、その甲斐あって、パンタグリュエルの巨体が、ほんのわずかに、後ろへと傾いた――その時だった。
『オ……オオォォォォォォォォォッ!!』
突如として、パンタグリュエルの頭部から、大気を震わせるような腹底に響く咆哮が轟き、足や手がほんのわずかに動きだした。
まずい!
コアであるリナの生存本能が、ネズミへの恐怖を上回ってしまった!
それはまるで、バッテリー切れで機能が停止した巨大ロボットが、予備電源で再起動したかのような動きだった。
このままだと、僕たちは振り飛ばされ踏みつけられ、一瞬で全滅だ。
「おい、やべえぞ! こいつまた動き出すぞ」
縄や鎖を手にしたまま、兵士たちが恐怖の悲鳴を上げる。
だが、それを打ち消すかのように、戦場に勇ましい掛け声がこだました。
「みんな、しっかりしろ! あと一息だ。――アリス様、ここは私にお任せください――!!」
そう叫びながら、パンタグリュエルに突撃を始めたのは、いったん距離を取り態勢を立て直したリューゴと、王の騎士団だった。
「見ろ! 王の騎士団だ!」
「おおお――!!」
「リューゴ!! リューゴ!!」
絶体絶命の危機に、神の救世主が現れたかごとく、兵士たちの士気が一気に盛り返した。
リューゴたちは馬を疾駆させながら、パンタグリュエルの巨大な側面に回り込み、怒号を響かせた。
「この化け物め、これ以上好き勝手に暴れさせるわけにはいかない! アリス様を、そしてロードラントを、この命に代えても守り抜く!」
リューゴは、パンタグリュエルの中にリナがいることをまだ知らない。だからこそ、ためらうことなく剣を振りかざし、先頭に立ってパンタグリュエルの足元へと迫っていく。
だが、それに応じるように再起動したパンタグリュエルの動きも激しくなった。
自由になった右腕を大きく振り上げ、一歩踏み出そうと足を進める。その瞬間、その力に耐えきれず足首を縛っていた太い縄が千切れ、何人かの兵士がなすすべなく遠くへ吹き飛ばされてしまう。
「させるか! くらえ!」
それでもリューゴは、兵士たちの間を巧みに抜って、馬上から手に持った剣をかまえた。
そして、次の瞬間、思いっきりパンタグリュエルの頭部めがけてそれを投げつけたのだ。
剣はまばゆい光を放ちながら、一直線に空を切り裂いていく。
あれはただの剣ではない。リューゴが魔力を込めた、すさまじいエネルギーをまとった魔法剣だ。
キィィィィン――ッ!!
リューゴの手を離れた魔法剣は、青白い魔力の尾を引きながら、寸分の狂いもなくパンタグリュエルの眉間へと突き刺さった。
轟音と共に、魔力が炸裂し、ゴーレムの頭部が眩い光に包まれる。
「やったか!?」
誰かが叫んだ。
しかし――




