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異世界最弱だけど最強のヒーラー  作者: 波崎コウ
第三十二章 アリスの審判
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(2)

 魔法剣のまばゆい光は一瞬で消えた。

 ところが――

 その後に現れたのは、ほぼ無傷に近いパンタグリュエルの姿だった。

 剣は、強固な鋼鉄の皮膚に弾かれ、眉間に多少の亀裂をつけただけで、本体は虚しくどこかへ飛んでいってしまったらしい。

 リューゴがたとえどんなに卓越した能力を持とうとも、所詮は騎士。

 魔力の点では、ヒルダが全身全霊をかけて作り出したゴーレムに、到底及ばなかったのだ。


「嘘だろ……。リューゴ様の攻撃が効いてねえ……!」


 兵士たちの間に、再び絶望が広がる。

 一方、パンタグリュエルは、自らの頭部を狙ったリューゴを明確に「敵」と認識したらしい。

 ゆっくりと、しかし確実に、巨大な右腕がリューゴに向かって振り上げられる。その影が、リューゴと背後の騎士団を覆い隠した。


「リューゴ、避けろ――!!」


 アリスが叫んだが、パンタグリュエルの一発の攻撃範囲が広すぎる。どんなに馬を走らせようと、もはやリューゴに逃げ場はない。

 超重量の拳が振り下ろされれば、どんな人間でも一瞬で肉片と化すだろう。


 「――ガギィン!!」


 鈍い金属音が戦場に響き渡った。

 だが、それはリューゴが潰された音ではなかった。

 振り下ろされるはずだったパンタグリュエルの右腕が、リューゴの頭上数メートルのところで、ピタリと止まった金属の(きし)みだった。


『……リュ………ゴ……?』


 ゴーレムの重低音の駆動音に混じって、くぐもった、しかし悲痛な響きを持った女性の声が、戦場に漏れ聞こえた気がした。


 僕にはわかる。

 間違いない。リナの声だ。


 自分を攻撃した「敵」が、恋人のリューゴであることに、コアにされたリナが気づいしてしまったのだ。

 愛する人を、自らの手で殺めるわけにはいかない――

 そして、ヒルダの洗脳と、リナの意志が、巨像の中で激しくせめぎ合い、その動きを完全に封じたに違いない。


 だが、そんな光景を目の当たりにしてしまった僕は、一瞬、言いようのない虚無感に捕らわれた。

 結局、リナの心の中には、最後までリューゴしかいないのか――

 この世界に来て、もうずいぶん経つのに、心の中では、リナへの想いを消し去れていなかったのか――

 

 しかし、その時だった。

 アリスが、ルーディスの剣を天に掲げて叫んだ。


「今だ!!動きが止まった!全軍、引けぇぇぇ――!!」


 そのひと声で、目が一気に覚めた。

 ――そうだ! この千載一遇の、そして最後のチャンスに、私情に流されてどうする!

 僕だけではない、二転三転する状況についていけず、呆然としていた兵士たちも、我に返った。


「おおおおおおおっ――!!」

「みんな、いくぞ! ロードラントのために――!!」

「アリス様のために――!!」


 再びパンタグリュエルが停止するという奇跡を前にして、兵士たちの恐怖は消し飛んだ。彼らは大地を揺るがすような雄たけびを上げながら、縄や鎖の端を掴んで、一斉に後方へと走り出す。


 ギギギギギギギギギ……ッ!!

 縄と鎖が限界まで張り詰め、パンタグリュエルの鋼鉄の皮膚に食い込む。


「引け!引け!引けぇぇぇ!!」

「ロードラント魂を見せろ!」


 僕も、アリスも、エリックも、馬の腹を蹴り、鎖を千切れんばかりに引っ張る。

 パンタグリュエルの巨体が、ゆっくりと、しかし確実に、外城壁へ向かって傾き始めた。

 だが、それでも、山のごとき巨像は倒れない。

 どんなに力を合わせても、最後の一押しが足りないのだ。


「くそっ、重すぎるぜ! あと少しなのに……!」


 エリックが歯を食いしばりながら、馬上で手綱を必死に引く。

 その時だった。


「――ドイテクレ、オレガヤル!!」


 戦場の喧騒さえ聞こえなくなるような、野太い大音声が響き渡った。


「トマス――!!」


 地響きと共に現れたのは、雲をつく大男、怪力のトマスだ。

 彼は上半身につけていた防具を脱ぎ捨て、丸太のような腕をあらわにしながら、兵士たちが引きずられて手放してしまった、一本の太い鎖へと駆け寄った。


「トマス! トマス!」


 兵士たちが歓声を上げる中、トマスはその太い主鎖をガシリと掴むと、自らの分厚い胸板と背中に何重にも巻き付けた。


「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 トマスは雄叫びを上げながら、地面にしっかりと足を食い込ませ、上半身をのけぞらせて引いた。

 それを見たアリスが叫ぶ。


「ユウト、いまこそ魔法を! トマスの力を限界まで強化しろ!」

「はい!」


 ヒルダの薬に封じられた魔法も、もう使えるはず。

 僕は意識を全集中させ、今使える最大限の魔力を込めて白魔法を唱えた。


『パワ――!!!』


 強烈なバフパワーの光がトマスを包み込み、その力をたちまち何十倍にも高めていく。


「ぬん……ぬんんんんんん……ッ!!」


 トマスの首筋に、太い血管が浮き上がる。その凄まじい脚力と腕力によって、張り詰めていた鎖が、さらにピンと伸びた。

 トマス一人の力が、千人の兵士の牽引力に匹敵する、最後の一押しとなる。


「いけるぞ!」


 九死に一生を得たリューゴが、それを見て叫んだ。


「王の騎士団は全員、私に続け! 騎士の誇りと栄誉をいまこそ見せよ!」


 騎士団の騎兵たちが、再びパンタグリュエルの腰や腕に、予備の縄を次々と引っ掛けていく。

 リューゴも自ら馬を走らせ、縄の端を掴んだ。

 トマスという絶対的なアンカーを得て、兵士たち、リューゴたち、そして僕たちが、一丸となって鎖や縄を引く。


 ギリッ……バキィィィィンッ!!


 ついに、パンタグリュエルの足元から、鉄の装甲が砕け散る音がした。

 幾重にも絡みついた鎖と縄、天地からの連携、そしてコアであるリナの心――その全てが、巨像のバランスを完全に崩したのだ。


「倒れるぞ!全員、離れろ!!衝撃に備えろ!!」


 アリスが馬を横へと走らせる。

 トマスや兵士たち、リューゴたちも、縄や鎖を放して、一斉に横へと飛び退いた。


 ゆっくりと――天を突く巨体が、仰向けになって傾いていく。

 臨界点を超えた重心は、もはや元に戻ることはない。


 ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ――!!!!!


 世界が爆発したかのような、桁外れの轟音。

 大地がトランポリンのように跳ね上がり、強烈な地震が戦場全体を襲った。兵士たちが次々と足を取られて転倒し、僕もアリスの背中にしがみつくのが精一杯だった。

 巻き上がる土煙が太陽の光を遮り、一瞬にして辺りは夜のように暗くなる。暴風のような衝撃波が吹き荒れ、千切れた縄や鎖が宙を舞った。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


 やがて、ゆっくりと風が土煙を晴らしていく。

 視界が開けた先にあったのは――


 完全に地面に横たわり、両足をぐるぐる巻きにされたまま、ピクリとも動かなくなった巨人パンタグリュエルの姿だった。

 その巨体は自重と落下の衝撃によってひび割れ、魔力を供給していた瞳の光は、完全に消え失せていた。

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