第96話 命は軽い
「—お前らは、もっと命を軽く考えた方がいい」
アニメでも、ドラマでも、小説でも、国語でも、道徳でも。
他のどんな媒体でも、「命を軽く考えろ」なんて言われたことは無い。
命は大切だ。命は平等。命は価値があるものだ。そうやって教わってきたし、自然と身についてきた考えだ。
「—どういうことか分かってねぇみてぇだな」
ぽかんとしている。そんな様子が電話越しでも伝わったのか、薮一さんが勝手に続ける。
「—お前ら、命は大切にとか、最近の漫画?あれで命が重いとか思い込まされてんじゃねぇの?って俺ぁ思うんだよな」
じーちゃん、それアニメ。という補足が入る。そこはあんまり気にしてない…。
「—道徳の教科書も、…なんつったっけ?あにめ?でも、死は感動的なもんじゃないといけねぇ、貴重で慮られるものとかいう詭弁がまかり通ってる」
「…でも、その通りじゃないの?」
みくるが疑問を発した。
「悪いことじゃないとは…思うんだけど…」
「—別に悪いこととは言ってねーよ。死者は尊ぶべきだし、俺も御先祖さんたちには感謝してるぜ?」
「なら…」
「—でもな、命なんてこの瞬間もずっと、ずっと失われてんだ。たまには感動的なもんもあるかもしれねぇが、ほとんどは呆気ない、死なんてありふれたただの現象だ。」
「—命なんてもんは、軽い。お前らも昨日食ったろ?肉、魚、野菜なんかも1つの命だ」
食べた。命としてじゃなく、食べ物として。
「—その1個1個に命が宿ってた。命を奪うことを代わりにやってくれた人が居たから、気楽に飯を食えたんだろ?」
「—別に全人類知っとけなんて言わねぇ。人類が進めてきた役割分担ってやつの成果だしな。でもな、食に関わるお前らが、そこから目を逸らしちゃいけねぇ」
自然と、箱罠の中のヌートリアに目が向いていた。
「—難しいぞ。考えろ。身内以外の命なんて、軽いもんだ。でも、軽く扱うんじゃねぇぞ。」
自然界の命の軽さ、身内の命の重さ。その先に伝えたいことが、伝わっているかは分からない。だが、大学生なんだから自分で考えろ、と4人に託し、かおりにスマホを渡す。
「—余計なこと言うんじゃねぇぞ」
「—じいちゃんが難しい話しちゃってごめんなー。でも、皆が命から目を逸らしちゃいけないのはその通りだと思うんだ」
久しぶりに呼吸ができた感じがする。意識が思考から抜けてきた感じ。
「—みくるちゃんとマリーちゃんはこれから、害虫とか、虫の命を奪うもんね」
「うん」
「—ぼたんちゃんは、動物の命。ひのきちゃんは木の命。それぞれ奪っていくんだもんね」
「うん」
「—農業とか林業って、死亡自己率やばいんでしょ?身内が、仲間が、友達が、死んじゃうかもしれないもんね」
「…。」
「—命は軽い。でも軽く扱うなって言葉のヒント、掴めたかな?」
「はい、わかった気がします」
「—なら良かった!じゃああとはみんなで頑張って!終わったら連絡してね!」
—プツッ。と電話が切れた。川の音とスマートフォン以外の静寂はまだ続いていた。
終わったら。それが何を示しているかの重さに、口を開くことができなかった。
「私が、ちゃんと私がやります」
「大丈夫か?」
「はい…!」
目に意思が宿っている。そんな気がした。
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以下、刺激の強い描写になります。苦手な方は、次話冒頭までスキップしてください。
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そこからぼたんは、呆然としている3人を横目に、テキパキと準備を進める。
手には殺すための道具。ナイフを括り付けた長い棒を持つ。
これを突き刺すだけで、目の前のこの子は死ぬ。命がなくなる。殺せる。
その瞬間ってどんなことを思うのかな。痛いってだけかな。後悔とか、するのかな。
私だったらどうだろう。痛い痛いで頭がいっぱいになっちゃいそう。
嫌だろうな、辛いだろうな。
ヌートリアに目を向けると、シュルル…グルル…!と、一目でわかる、威嚇をしていた。
そっか、この子は、今生き残るために必死なんだ。
今まで食べてきたものを、今までの積み重ねを、今までの全てを守るために、今私のことを威嚇している。
対して私はどうだろう。この子によって、今までが、過去の全てが無くなることは無い。…でも。
…でも、この子を放置しておくと、行く行くは子供を増やしていき、人間が育てているお米を、野菜を、果物を、食べていくんだろう。
自分たちのこれからを守るために、この子のこれまでを、これからを、全て私が奪う。
あぁ…だからこんな言葉があったんだ。
命を奪うために、柄に力を込める。ヌートリアを、その目を見つめて一言放つ。
「いただきます」
それと同時に、箱罠の中に、ヌートリアの身体にナイフを突き刺す。
グァ…と、一瞬断末魔のような声が…音が聞こえた。ヌートリアが逃げ出そうとする足の動きに合わせてガタガタと罠が動く。
その罠の動きに連動して、手に持つ柄が震える。驚いて一瞬引きそうになるが、しっかり握り直して押し込む。
手に伝わる震えが、振動が、徐々に、徐々に弱くなっていく。
「…殺しました」
自分と同じように震える3つの手が背中を支えてくれていることに、ぼたんはようやく気付いた。
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