protocol41 : 崩壊
甘ったるい香水と、腐敗臭が漂う謁見の間に、ガイアスの声が響いた。
「誰が、お前らに協力するか。化け物が」
「その通りだ」
フィンが、剣を構え直しながら、同調する。
「俺たちは、お前らの道具じゃない」
アンナも、低く吐き捨てた。
一瞬、謁見の間に、沈黙が落ちた。
やがて――。
王族たちが、一斉に立ち上がった。
「あなたがたに、拒否権はありません」
王の声が、無機質に響く。
「強制的に、我々に協力してもらいます」
その言葉が終わると同時だった。
王族たちの体が、見えない力に引き寄せられるように、互いに近づいていった。
「......っ?」
無理やり、強い力で押し込められるように、体同士が重なり、融合していく。
至る所から、黒い体液が、噴き出した。
顔にかかっていた、黒ずんだ布が、ばらばらと落ちる。
その下から現れたのは、腐敗し、黒ずんだ、幾つもの顔だった。
「......何だよ、これ」
ユリウスが、思わず後ずさった。
あっという間に、それは、数メートルはある巨大な肉塊へと変貌した。
その表面から、無数の触手が伸び、蠢いている。
肉塊は、謁見の間の床へと、重い音を立てて降り立った。
そして、勇者パーティへと目掛けて、突っ込んできた。
「結局、戦うことになるんだな」
フィンが、僅かに苦笑を浮かべる。
「いつものことよ」
ローズが、血の刃を構えながら、軽く返した。
「やることは変わらん」
ゴードンが、戦斧を構え直す。
「久々に、強そうなのと戦えそうだな」
アンナが、口の端を上げた。
「リタ! お前は、ここから離れろ!」
ユリウスが、鋭く声を張った。
リタは、一瞬、ためらった。
「......死んだら、許さないから」
「いい男は、死なないんだぜ」
ユリウスは、にっと歯を見せて笑った。
リタは、それだけを見届け、謁見の間から、足早に出ていった。
――その途中。
廊下の突き当たりに、半開きになった部屋を見つけた。
その中に、見覚えのある姿があった。
「......ギルドマスター?」
リタは、思わず駆け出した。
―――――――――――――――――――――
謁見の間では、激しい戦闘が始まっていた。
ドレイクが竜へと変化し、巨大な肉塊へ向けて炎を吐きかける。
肉塊は、僅かに怯んだ。
だが――。
熱された黒い体液が、周囲へと飛び散る。
床が、じゅうと音を立てて溶けていった。
「体液に気を付けて!」
リリィはそう叫びながら、杖を構え、強力な凍結魔法を詠唱した。
「フリーズ・ドミネイト!」
巨大な肉塊は、瞬く間に、分厚い氷に覆われていった。
その動きが、完全に止まる。
リリィは、その場に、へたり込んだ。
「......リリィ!」
フィンが、慌てて駆け寄り、彼女の体を支える。
「もう、休んでろ」
「ええ......後は、任せたわ」
氷付けになった肉塊に、残る者たちが、次々と攻撃を叩き込んでいく。
フィンとドレイクの爪が、氷を割り、肉を切り裂いた。
ゴードンの戦斧と、アンナの剛力が、確実にその巨体を削っていく。
ローズの血の刃が、無数の触手を、根元から斬り飛ばした。
最後に、ガイアスが、剣を大きく振り下ろす。
――ガシャァァンッ!
巨大な肉塊は、氷の欠片とともに、粉々に粉砕された。
「......さすがに、復活しないだろう」
ガイアスが、剣を鞘に収めながら、荒い息をついた。
誰もが、安堵の息を漏らす。
「ここには、もう用はない」
「だな」
フィンが、崩れ落ちた王族たちの残骸を見渡しながら、頷いた。
「話せる奴も、いなさそうだしな」
勇者パーティと、ユリウスは、謁見の間から外へと出た。
だが――。
リタの姿が、どこにもなかった。
「......リタ、どこに行った?」
ユリウスの声に、不安が滲んだ。
―――――――――――――――――――――
王宮資料室。
広い空間には、豪華な絨毯が敷かれ、壁一面には、天井まで届く本棚が並んでいた。
奥にある机の引き出しは、すべて開け放たれている。
床の上には、幾つもの資料が、積み重ねられていた。
「大気中ナノエーテロイド濃度観測記録」
「低エネルギーナノエーテロイド拡散実験経過報告」
「変異体への高レベル放射線暴露影響試験結果」
「高レベル放射性物質の低エネルギーナノエーテロイドによる中和試験報告」
そこに、白い服がはち切れそうなほどの、大柄な男が立っていた。
ギルド"垓亜のよるべ"のギルドマスター――デービット・レイナード。
彼は、懐から小さな硝子瓶を取り出し、積まれた資料の上へ、無造作に振りかけた。
――ぼうっ。
赤い火が点き、たちまち燃え上がる。
その時だった。
「ギルドマスター!」
リタが、部屋へと飛び込んできた。
男は、ゆっくりと振り返った。
その顔が、炎の光に、怪しく照らされている。
「......こんな所で、お前に会うとはな」
声は、驚くほど穏やかだった。
「この街に、何をしたんですか!」
リタが、問い詰める。
「何のことだ?」
「とぼけないでください! これは、何ですか!」
リタは、懐から、あの機密資料を取り出し、突き出した。
デービットは、小さく、溜息をついた。
「......それが見つかるとはな。グールが、部屋のセキュリティシステムを作動させたときに、保管庫のロックが解除されたか」
「答えてください!」
「過去に、アーガスノルンが引き起こした、大失態」
デービットは、炎を見つめながら、静かに語り始めた。
「その清算を、我々がする羽目になった。今回の実験は、その尻拭いの一つだ」
――実験。
その言葉を聞いて、リタは、確信した。
この男が、この件を引き起こした、その当人なのだと。
「理解できないのも、無理はない」
デービットが、リタを見据える。
「この世界そのものが、企業連合の実験場だ。そして、この国は、我々、垓亜重工の管轄下にある。お前たちは、我々が管理する、実験体に過ぎないということだ」
リタは、言葉を失った。
だが――。
「この国の平和のために、あれほど尽力していたあなたが」
震える声で、それでも、言葉を続けた。
「人々をグールに変えた原因だったなんて」
「私も、非常に残念に思っているのだ」
デービットは、表情を変えなかった。
「だが、上の意向に逆らえぬのが、組織人というものだ」
「この国は、滅びました」
リタは、拳を強く握りしめた。
「ですが、このことは、西方諸国のギルドに報告させて頂きます」
デービットの目が、鋭く光った。
「悪いが、それは困る」
その声の温度が、僅かに下がった。
「やめてくれないか」
「できません」
リタは、怯まなかった。
「同じことが、二度と、他の地で起きないために」
デービットは、深く溜息をついた。
「私が、最も嫌うことは何だと思う?」
突然の問いに、リタは、あっけに取られた。
デービットは、腰に帯びた剣に手をかけ、僅かに抜いた。
「......瞬炎斬」
その呟きと同時に――。
リタの視界に、オレンジ色の軌跡が、一瞬だけ輝いた。
だが、デービットは、ただ剣を少し抜いて、また鞘へ納めただけに見えた。
「えっ......?」
次の瞬間、リタの視界の中で、ギルドマスターの姿が、横にずれた。
そして――その視界が、一気に、下へと落ちていく。
そこで、リタの意識は、途絶えた。
熱で切断面が硬化した、リタの首が、床に落ちた。
その体も、床の上に、静かに倒れていった。
その瞬間を、たった今、部屋に駆け込んできたユリウスと勇者パーティが、目撃した。
「リタ――ッ!」
ユリウスが、絶叫した。
転がるリタの遺体の傍に、崩れ落ちるように、うずくまる。
「くそっ......! なんで、お前が死ななきゃならないんだよ......!」
その体が、小さく震えていた。
やがて、ユリウスは、ギルドマスターを睨みつけた。
「......なんで、リタを」
その声に、抑えきれない激情が滲んでいた。
ユリウスは、剣を抜き、デービットへと切りかかった。
だが――。
デービットは、軽く足を払う。
それだけで、ユリウスの体勢が、大きく崩れた。
再び、オレンジ色の軌跡が、一瞬だけ輝く。
次の瞬間、ユリウスの上半身と下半身は、綺麗に分かれ、そのまま、動かなくなった。
「手塩にかけて育てた部下を失うことが、最も私が嫌いなことなんだ」
デービットが、静かに告げた。
「......お前が、この街を惨劇に変えた張本人か」
ガイアスが、剣を構え、低く問う。
「ふん。勇者か」
デービットは、七人を見渡した。
「......これは、分が悪いな」
そして、小さく笑った。
「私は、これで失礼させてもらう」
その言葉と同時に――。
部屋の至る所で、爆発が起こった。
「くそっ! 何だ!」
ガイアスが叫ぶ。
デービットは、その隙を見て、素早く逃げ出した。
勇者パーティは、すぐにその後を追った。
王宮の各所には、見たこともない、赤や青の線が付いた、四角い箱のような物体が、固定されていた。
それらが、次々と爆発していく。
王宮は、音を立てて、崩壊していった。
―――――――――――――――――――――
王宮の広場には、うずくまる、二人の魔導具の姿があった。
リオと、ミアだった。
その傍らに、黒いフードを纏った、褐色の女性が立っていた。
微笑みながら、何かを、二人へと囁きかけている。
そこへ、デービットが、走り込んできた。
「おい! 待て!」
ガイアスの声が、後方から追う。
デービットと、褐色の女性――アリアは、素早く合流し、王宮の正門を目指して駆けていった。
ガイアスは、リオとミアの傍を通りかかった。
その周囲には、ユリウスパーティの仲間たちの遺体が、幾つも転がっていた。
どれも、皮膚が、不自然に変色していた。
それを一瞥し、ガイアスは、冷たく吐き捨てた。
「......この無能どもが」
その声には、一切の感情がなかった。
「満足に、盾としての役割すら、全うできないのか」
足を止めることなく、デービットを追って走り出す。
あと少しで追いつく、という距離まで迫った、その時だった。
王宮の正門に、見たこともない物体が、不意に現れた。
濃い黒緑色に塗装された、巨大な車体。
この世界の誰も、その正体を知らない――軍用車だった。
運転席には、ひょろりとした、頼りなさそうな男が、焦った様子で座っていた。
副ギルド長だった。
「デービット部長、アリア少佐! 急いでください! あと十分もしない内に、本社の部隊による後片付けが始まります!」
デービットと、アリアは、迅速に軍用車へと乗り込んだ。
そのまま、エンジン音を立て、走り去っていく。
――その直後。
空に、巨大な影が、一機現れた。
爆撃機だった。
それは、何の前触れもなく、街へと、ミサイルを撃ち込み始めた。
「おいおい、何だよ、あれ......!」
フィンが、空を見上げ、思わず叫んだ。
「急いで、ここから離れるぞ!」
ガイアスが、声を張り上げる。
「あいつらは、どうするんだ」
フィンが、ちらりと、リオとミアを見た。
「......どうでもいい」
ガイアスは、短くそう言うと、そのまま走り出した。
勇者パーティも、迷うことなく、その後に続いた。
王宮が、崩れ落ちていく。
その音に重なるように、次々と、街の建物が爆炎に包まれ、崩壊していった。
空を覆う、無数の火柱。
轟音と、悲鳴と、崩落の音。
誰に顧みられることもなく。
垓亜という国は、音を立てて、滅びていった。




