第四十二話 〜裏側へと続く扉〜
暗い路地を、一人の少年が駆け抜ける。
右へ、左へ。
迷路のような裏路地を迷いなく走り続け、やがて一軒の小汚い店の前で足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
トン、トン、……トン。
一定のリズムで扉を叩く。
ギィ……。
鍵が掛かっていたはずの扉が、ひとりでに開いた。
その先に広がっていたのは、外観からは想像もつかない豪奢な空間だった。
磨き上げられた大理石の床。
天井には巨大なシャンデリアが輝き、部屋の奥には黄金に縁取られた豪華な椅子が据えられている。
その周囲では、踊り子の衣装をまとった女たちが静かに侍っていた。
そして、その椅子には――。
でっぷりと肥えた男が、王のように腰を下ろしていた。
舞踏会で使うような仮面が、その素顔を隠している。
「ドン!」
少年は息を切らしながら叫ぶ。
「“炎の魔神”と名乗る男が、ドンに会いたいと言っています!」
部屋が静まり返る。
「……」
仮面の男はしばらく黙っていたが、不意に口元を歪めた。
「そうか……」
低く笑う。
「随分と遅かったな」
男はゆっくりと視線を横へ向ける。
そこには、同じ仮面を身につけた男たちが整列していた。
「お前たち」
その一言で、一斉に背筋が伸びる。
「丁重にお出迎えしろ」
仮面の奥の瞳が、獣のように鋭く光る。
「俺の客……いや」
わずかに笑みを深くした。
「――愚弟の里帰りだ」
***
走り去った少年を見送った後、クリウスとリートは裏路地にある酒場で腹ごしらえをしていた。
「なんか適当なもん二つ!」
リートは気楽な様子で席に腰を下ろし、酒場の男へ注文する。
酒場の男は無言で一礼すると、店の奥へと引っ込んでいった。
クリウスはリートの向かい側へと腰を下ろした。
——アストリアを旅立って今日で10日になるな......
一度祖国を思い出すと、クリウスの胸の中には心配が広がっていった。
「なあ、リート。アストリアは大丈夫なのか?」
リートは机のシミを指でなぞりながら呑気に答える。
「まあ、悪魔の侵攻も止まってるしなぁ。マリザとパンなら何とかするだろ。」
クリウスはリートを見つめ、小さく息を吐く。
――この余裕は、一体どこから来るんだ……。
「でも、不測の事態ってのも……」
クリウスが言いかけた、その時。
店の奥から足音が近づいてくる。
先ほどの酒場の男だった。
「ん? 注文はさっきしたぞ。」
男は返事をすることなく、静かに口を開く。
「――リート様とクリウス様ですね。ドンがお待ちです」
「……そうか。ここもあいつの掌の上ってことか」
リートは小さく鼻で笑った。
「行くぞ、クリウス」
そう言うと、迷いなく厨房へ向かって歩き出す。
「お、おい! どういう意味だよ!」
事情が飲み込めないまま、クリウスもその後を追った。
「……!?」
厨房へ足を踏み入れた瞬間、クリウスは息を呑む。
そこには、仮面を被った集団が静かに待ち構えていた。
全員が黒いタキシードに身を包み、この場には不釣り合いなほど洗練されている。
まるで名家に仕える執事のようだった。
「どうぞ、こちらへ」
仮面の男の一人が厨房の壁を一定のリズムで叩く。
――ギィ……。
壁がゆっくりと回転し、その向こうには薄暗い地下道が姿を現した。
「なんだ……これ」
クリウスは思わず息を呑む。
しかし、リートは驚く様子もなく、そのまま地下へと歩みを進めていく。
「おい、リート!」
慌ててクリウスも後を追う。
二人の姿が闇へ消えると、背後で壁がゆっくりと閉じ始めた。
――ギィ……。
差し込んでいた光が完全に遮られ、地下道は静寂と闇だけに包まれた。




