エピローグ
宴は続いていたが、娘夫婦は屋敷に戻っていった。
それについて何か言う人間はいない。
私は祝賀の衣装のまま、妻の好物だったロゼワインと、自分の好きな白ワインを持って歩いていた。
グラスも二つ。
向かった先は、見晴らしのいい王都の墓地。
眼下では、生活の灯りが星のように輝いている。
その中でどさりと腰を下ろしたのは、文字が少し丸く見えるようになってきた妻の墓石の前だった。
キュポッと栓を抜く音が静寂に混じって、寂しさがこみ上げてきた。
「なあ、聞いてくれ。千歳が、結婚したぞ」
そう言いながらロゼのワインをグラスに注いだ。
キュポッともう一本のワインを開けて、もう一つのグラスに注ぐ。
「私たちの子育ても終わりだな。……いや、親ってのは終わらないのか?」
一人で笑いながら墓石を見た。
「お前が……それこそ命がけで産んでくれた千歳は、立派になった。いい旦那も得て、第一騎士団の副団長になって、それで」
もう何を言っていいのか分からなかった。
「でもな、やっぱりお前に会いたい」
その言葉に答えはない。
ただ、風のざわめきが聞こえるだけだった。
「時間を戻す魔法があっても、死んだ人間の時間は戻せない。凄いようで、悲しい『血統魔法』だな」
コツン。
持っていたグラスに何かが当たった。
コツン。
もう一度。
今度は妻の墓石の前のグラスに。
まるで『乾杯』と叫ぶ妻のようで、少し懐かしかった。
「……孫の顔を見て、相当爺になって、たくさん土産話も持っていく。だから、待っていてくれな」
そう言って一気に飲んだワインは、妙に回った。
ふわふわと浮くような感覚に、騎士団時代、ここまで飲んだ夜もあったなと妙に懐かしくなった。
「ねえ、時壱くん、太った?」
意識が浮上すると、まあ、驚きの光景であった。
真っ先に見えたのは青澄先輩の顔。
「朝から団長の顔は死ぬほどキツイ」
「もう団長じゃないってば。ついでにまだ夜。」
「……ああ、失礼しました朝比奈卿」
「え、家族になったのにそんな他人行儀はやめてよ~」
「青澄先輩。」
何故か私は青澄先輩にお姫様抱っこされているという現実逃避したくなるシチュエーションだった。
「何事ですか?」
「時壱くんがいないのに気付いた数名が慌てて探していたわけ」
「なぜ?」
「そりゃ、君が生きる気力をなくしてるんじゃないかって憶測」
驚いて目を丸くしたが、青澄先輩はケラケラ笑っていた。
「馬鹿だよね。時壱くんは爺になるまで生きて、奥さんにたくさんの思い出話を持っていきたいタイプだから、そんなのあり得ないって言ったのにさ~。みんな信じてくれないんだよ」
「はは、日ごろの行いの差ですね」
「言えてる」
「……ですが、助かりました。少々、飲み過ぎたようです」
「どういたしまして~。時壱くんに恩売れるのはラッキーだからね~」
「……むしろ、青澄先輩の尻拭いを考えればもっと盛大に困らせるべきでしたね」
「うわ、後が怖い」
そのまま朝比奈邸まで運ばれた。
日葵さんが「その発想はなかった」と真面目に呟いたあたりで、私はようやく、自分がお姫様抱っこのまま連行されてきた事実を理解した。
大爆笑の青澄先輩と私のゲンナリした顔が、日葵さんの笑いのツボに入ってしまったらしい。
しばらくの間、私を見るたびに噴き出していた。
まあ、この先の話は娘夫婦に聞いてくれ。
結果だけ言うなら、娘は三男一女の子宝に恵まれた。
娘婿の研究成果は凄まじく、まとめられた書籍も、この先しばらくは安泰だと思うほどの出来だった。
あと、孫たちはそれぞれまあ、優秀なのだが、やっぱり青澄の血を色濃く感じさせられた。
おまけに、四人とも『瞬木の時空魔法』と『朝比奈の水』を両方継いだハイブリット異端児になったのだが、両親が破天荒だと祖父の胃痛は増すばかりだった。




