十一節 父と涙のバージンロード
早い。
一年は早かった。
気づけば、もう結婚式だった。
着飾った娘は、とても綺麗だった。
その姿を見た瞬間、胸の奥に浮かんだのは、昔――私の元へ嫁いできた妻の姿だった。
あの日も、似たように胸がいっぱいになった気がする。
だが、今の私は大聖堂の扉の前に立っている。
娘を、花婿の元へ送り出す場所に。
泣きそうだ。
だが、泣くわけにはいかない。
娘の一世一代の晴れ舞台だ。
父の涙で汚すわけにはいかない。
……そう思った瞬間、何故か脳裏に青澄先輩のどうでもいい笑顔が浮かんだ。
『鼻をかんでも汚れないよ』
――台無しである。
おかげで少しだけ冷静になれたのだから、腹立たしいが感謝すべきなのかもしれない。
「父上?」
千歳が不思議そうにこちらを見る。
「ああ、いや……何でもない」
誤魔化して、娘の方を見た。
綺麗だった。
息を呑むほどに。
妻から受け継いだドレスとヴェール。
日葵さんと青澄先輩、それに朝比奈家の女性陣が整えてくれた婚礼衣装は、驚くほど千歳によく似合っていた。
妻の面影が、確かにある。
けれどそれは、妻の真似ではない。
ちゃんと千歳のための一着になっていた。
「行こう」
そう言うと、千歳は少しだけ緊張した顔で頷いた。
「うん」
大聖堂の扉が開く。
光が差し込む中、ゆっくりと歩き出した。
参列者の視線が一斉にこちらへ向く。
けれど、不思議と足は止まらなかった。
隣を歩く娘の手は、わずかに緊張していた。
だが、その先を見つめる目はまっすぐだった。
視線の先には、昌澄くんがいた。
白い礼装に身を包み、背筋を伸ばし、静かにこちらを待っている。
表情は穏やかで、それでもあの虹色の瞳の奥に、隠しきれない感情が滲んでいた。
――ああ、本当にこの日を待っていたのだな。
そう思うと、少しだけ安心した。
娘の手を引いて、花婿の前まで進む。
そこで一度、千歳の手を見た。
小さかった手だ。
いつの間にか剣を握るようになり、人を守るようになり、そして今日、こうして別の未来を選ぶ手になった。
ゆっくりと、その手を離す。
代わりに、昌澄くんの手が千歳を迎えた。
二人は一瞬だけ見つめ合った。
その視線の交わり方が、あまりにも自然で、あまりにも静かで、胸の奥が熱くなる。
この日を待ち望んでいたのだろう。
いや、きっと待ち続けていたのだ。
二人は並んで誓いを交わした。
綺麗な光景だった。
ただただ、胸を打たれた。
だからこそ思う。
ここまで来たのなら、もう認めるしかないのだろう。
娘は、いい男を選んだのだと。
……まあ、青澄先輩の息子だという厄介な一点は残るのだが。
挙式そのものは厳かに、美しく、何事もなく終わった。
感動もしている。
安堵もしている。
誇らしくも思っている。
それなのに、胃は痛い。
とても痛い。
私は今日……朝比奈 青澄と親戚になった事実が、とても痛い。




