七節 父の執行猶予
娘の婚姻が正式に決まり、私の胃が順調に痛み続ける中、次に決まったのは結婚の日取りだった。
本当なら、決まったからにはさっさと終わらせてほしい。
……いや、終わってほしくはない。
だが、宙ぶらりんのままなのも胃に悪い。
そんな父の複雑怪奇な心中など知る由もなく、話は粛々と進んでいった。
結果から言えば、千歳たちの婚礼は一年後になった。
理由は単純明快で、そして極めて大事だった。
朝比奈家の長男――清澄くんの婚姻が、半年後に控えているからである。
しかも相手は冬の国から迎える花嫁。加えて同時期には、春の国からも秋里の姫が嫁ぐ国家行事が予定されていた。
国を挙げての婚姻が立て続けに行われる中、その直後にまた朝比奈家の婚礼を重ねるのは、流石に各所の負担が大きい。
家の都合だけでなく、国の都合でもある。
そう説明されれば、反対できるはずもなかった。
「一年後、ですか」
思わずそう呟くと、向かいに座っていた宰相閣下は頷いた。
「ええ。むしろちょうど良いかと。千歳くんも副団長としての引き継ぎがありますし、朝比奈家も続けて大きな婚姻行事になりますからね」
「……そうですね」
理屈は分かる。
千歳は第一騎士団の副団長となって一年。
しかし、この一年情勢が悪すぎて、まともに副団長の引き継ぎが終わっていない。
分かるのだ。
分かるのだが、一年後と聞いた瞬間、胸の内に二つの感情が同時に湧いた。
一つ、まだ先かという安堵。
一つ、一年かけて胃を痛めるのかという絶望。
……どちらにせよ、胃には悪い。
そんな私の内心など知らぬげに、千歳は隣で「一年後かぁ」と呟いていた。
どこかほっとしたようでもあり、少し照れくさそうでもある。
一方で昌澄くんは、まるで明日の日取りでも告げられたかのように落ち着いていた。
この娘の婚約者は、感情が薄いわけではない。
むしろ重い。かなり重い。
「一年後でも、問題ありません」
「それと」
まだあるのか。
嫌な予感しかしないまま顔を上げると、宰相閣下は実に穏やかな顔で続けた。
「大聖堂の使用も既に決まっています」
「……は?」
思わず宰相閣下を見た。
「国王陛下が許可してくださいました。婚礼の日取りが決まり次第、そちらに合わせて押さえる手筈になっています」
何を、そんな当然のように。
「時壱先輩?」
「……いや、待ってください。まだ私は了承した覚えが」
「ですが、前向きに進めるおつもりでしょう?」
にこやかに返されて、言葉に詰まる。
そこへ、今度は昌澄くんが静かに口を開いた。
「昆明ですね」
「昆明くんだね」
千歳が、妙に納得した顔で頷く。
「昆明くん、招待されないって知ったら転げ回って真っ黒になりそうだよね」
「真っ黒で済めばいいですが……昆明のことですから。お忍びで来て、周りが阿鼻叫喚になるよりは、最初から大聖堂の方が私の胃痛が減ります」
私はしばらく、何を言われたのか理解できなかった。
大聖堂。
王家の婚礼にも使われる場所。
そこを使う理由が、第三王子対策?
「……は?」
ようやく出た声は、それだけだった。
千歳は「確かに」と頷いているし、昌澄くんは真面目な顔をしている。
宰相閣下に至っては、実に穏やかな顔で「そういうことです」と頷いた。
そういうこと、とは何だ。
娘の婚礼に、王家が乗ってくる。
しかも善意で。
加えて理由の一端が、王子の暴走防止。
胃が痛い。
とても痛い。
昌澄くんのやけに穏やかな顔を見ていると、かつての上司の顔がちらついた。
私は少しだけげんなりした。
待てるのではない。待つつもりで、もうその先まで全部考えている顔だ。
やはり、悪夢である。




