四節 父に挨拶
娘から「紹介したい人がいる」の時点で胃痛薬を飲んだ。
よりによって最高位の家の次男。
よりによって朝比奈 青澄の息子。
私が振り回され続けた上司の息子が、私の可愛い娘と……。
ぎり、と奥歯を噛みそうになるのを抑え込んで、「ああ、楽しみにしている」と答えた。
そして娘が家に連れて来た青年は、思っていた以上に青澄先輩に似ておらず、思っていた以上に青澄先輩の息子だった。
「初めまして……ではないらしいのですが、初めまして。朝比奈 昌澄と申します」
顔立ちは春野元団長――つまり彼の母親によく似ていた。
だが、こちらの反応を一瞬で測るような間の取り方に、どうにも青澄先輩の気配がある。
あとは、虹色の瞳――『彩眼』が私に向く。
彼の表情が引きつった。
ああ、『彩眼』は感情を読むからな。
なんて、懐かしい気持ちになった。
「よく来たね、昌澄くん。確かに会うのは初めてじゃない。小さい頃はよく青澄先輩が君と清澄くんを騎士団に連れてきていたからね」
懐かしい気持ちで話せば、彼はふわっと笑った。
少しホッとする。
中身は『アレ』にまるで似ていない。
……いや、少なくとも第一印象は、だ。
そう思った私は、この後の衝撃を、生涯忘れないだろう。
「士官学校時代から、千歳さんのことはお慕いしておりました」
「ほう、士官学校時代から千歳を慕っていたのか」
私の言葉に、昌澄くんは少し照れたような顔をした。
千歳も同じように頬を染めていて、ほんの少しだけほっこりする。
士官学校時代からというのは、ずいぶん長いこと娘を想ってくれていたのだな、と感心した。
その辺りで青澄先輩の片鱗を見た気もしないでもないが、娘の言葉に律儀に一年待った男なので、そこはあまり気にしなかった。
「喜哉で告白された時は本当に驚いたよ」
「あの時は、必死だったので、本当は告白するつもりもなかったと言いますか……」
「まあ、喜哉の結界で死ぬかと思ったからね」
「ええ、あの瞬間は本当に怖かったです」
ん?娘よ。
今、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?
「喜哉の結界で?」
思わず聞き返すと、娘は何でもない顔で話し出した。
「喜哉で敵に蹴られて、夜の結界に落ちそうになったんだよね」
「ええ、千歳さんが焼け死ぬかと思いまして、必死でしたからね」
「まさか喜哉の結界に穴開けちゃうなんて、びっくりしたよ」
「私も、開くとは思いませんでしたね」
……待て。今、何をそんな当然のように言った?
待て、娘よ。
まず喜哉の結界に落ちた話を知らないぞ?
あの結界はワイバーンですら討伐可能な強固な結界だぞ?
何故生きている!?
生きているのは嬉しいがな!?
そして、昌澄くん?
喜哉の結界に穴?
アレは穴が開くのか?
いや、待て。
娘を助けてくれて感謝しかないが、どうやって?
「まさか、喜哉の結界に『朝比奈の水』で穴が開くなんて、想像できませんでしたね」
「ほんと」
「喜哉の、結界に、穴」
「あ、父上。この話はオフレコね?」
「あ、ああ」
まあそうだろう。
喜哉の結界は国境防衛の要。
だから、娘が言わなかったのだと分かり、とりあえず紅茶でのどを潤した。
「あ、でも魔の森に来た時は驚いたね」
――待て。今度は何の話だ。
「ええ。あれは無茶でしたね。冬の国から魔の森を縦断と聞いた時は、私も正気を失いかけました」
「でもやっちゃうんだもん、凄いよ」
待て待て!?
魔の森縦断!?
冬の国から!?
まて、国境の渓谷をどうやって超えた!?
あそこの魔獣は通常の魔獣の数倍強いぞ!?
「私としましては兄上が喜哉に居たのを魔の森まで転移させる方が大変でした」
ん?? んん??
喜哉から魔の森に転移?
魔の森での転移など、普通は座標がズレる。
下手をすれば魔獣の巣の中に落ちる危険すらある。
第一、喜哉から魔の森までの距離は、転移魔法でどうこうなるものではない。
転移ゲートを使ったとしても、魔の森の手前の街でようやく座標が安定するくらいだ。
魔の森まで、今の言い方だと、間違いなく、魔の森の中に転移させた。
しかも、兄上ってことは、長男の清澄くんを、ってことになる。
え、何があったんだ!?
「そうそう、父上。今度、清澄さんの所にね、冬の国の姫様が嫁いでくるんだけど」
「あ、ああ……あの、捕虜だった方、だよね?」
「光さんって言うんだけど、とっても素敵な方でね」
「あ、ああ。王都での事件の時、我々と戦ってくれたと、聞いている」
「うん、その光さんたちが、冬の国で政変起こした話は聞いている?」
「ま、まあ」
知らないはずがないだろう。
向こうの国で起きた政変は全てをひっくり返すような制度改革となった。
その中で、捕虜であった『一条 光』の存在は、嫌でも聞こえてくる。
「昌澄くんね、その時に冬の国に居てね、実は関わっていたんだよ」
「まあ……巻き込まれたというのが正しいですからね」
のどを潤そうとして持ったカップが揺れた。
なんだって?
「聞いた時に一気に血の気が引いちゃってね。それで、父上に相談したんだよ。『お友達の先』に行くにはどうしたらいいか」
「……そうでしたか」
昌澄くんは一度、きちんと姿勢を正した。
「では、あの時背中を押してくださったこと、感謝申し上げます。お義父上」
待て、それどころじゃない。
お前たち、それは軽々しく口にしていい話ではないだろう。
この瞬間、キャパオーバーした私は泡を吹いた。
――やはり、悪夢だ。
朝比奈 昌澄は間違いなく、朝比奈 青澄の子だと痛感しながら。




