三節 父の心
気づけば、医務室だった。
天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。
娘の初恋。
しかも相手は、よりにもよって朝比奈 青澄の息子。
文句をつけたいわけではない。
そこがまた厄介だった。
実力。
家柄。
人柄。
将来性。
どれをとっても申し分ない。
しかも次男。婿入りできる。
むしろ、父親として『駄目だ』と言うには、相手が良すぎる。
良すぎるから困るのだ。
「あ、起きた?」
「朝から団長の顔は死ぬほどキツイ」
「もう団長じゃないってば」
「……ああ、失礼しました朝比奈卿」
「え、家族になるのになんでそんな他人行儀はやめてよ~」
「青澄先輩。」
「何?」
真面目に呼べば、青澄はスン、と表情を真剣なものに変えた。
ふざけた振りをするが、この男は現在、騎士団内部でも特殊な地位で、王家に仕えている。
まあ、機密を管理するいわば影の功労者だ。
「……正直に言えば、昌澄くんなら安心できる」
「だろうね。何せ、昌澄は『朝比奈の水』を持っているからね」
「四人ともでしょ、そちらは」
「まあね。ある意味奇跡だよ。僕の妻は四人も『朝比奈の水』の後継者を産んだ」
「千歳が……妻と同じように、子を産んだ後に、身罷ったら」
「……言いにくいから言わなかったけれどさ、君の『血統魔法』は配偶者には大きな負担だよ。千歳ちゃんが女の子で良かったよ。万が一、僕の息子が娘で、君の娘が息子だったら、僕は全力でこの結婚を反対した」
「……ああ、妻の両親も全力で反対した。」
「だよね。でも君の妻は選んだだけだし、強い人だったよね」
「ああ……」
そう言って思い出すのは『産ませてくれないならお腹の子ごと死にます』と自分の首に剣を突き立てそうになった妻。
娘の剣技の速さは、間違いなく妻譲り。
私の『血統魔法』も使いこなす。
『第三騎士団の私と、第二騎士団の貴方の子だから、この子は第一騎士団かしらね?』
妻の楽しそうな顔を今でも思い出せる。
『剣技の第三騎士団、魔法の第二騎士団。両方合わさるなら、魔剣士の第一騎士団に行くかもね』
私たちの予想通りに、娘は第一騎士団の、しかも副団長にまでなったよ。
「っと、暗い話をし過ぎた。安心しなよ。僕の息子は頭と胴体が揃っていれば全身回復させるような化物だから」
「貴方に化け物と言われる息子さんが今から怖いのですが?」
「だって、僕の息子だよ?」
「……一番似ていますよね」
「ん?昌澄は妻に似ていると思うけど?」
「いいえ、性格の方です」
そう言いながら苦笑いをした。
第二騎士団に居た頃、この破天荒な団長に長く振り回された。
突飛な発想で新しい魔法を作り、すぐに実践。
仲間を生き残らせるために、考えるのは超絶鬼畜な作戦。
それでも、この男は凄かった。
彼の長男は、良い具合に両親のハイブリットだ。
魔法の才能も、剣術の才能もいい塩梅でバランスが取れている。
が、次男はこの男の再来と言われている。
しかも、元第三騎士団団長である母親譲りの剣技まであるのだから、さらに厄介だ。
第二騎士団の団員は、長男に感謝すべきだろう。
次男の方が第二騎士団の団長に向いた気質であるが、団長を務めていたら、我々の頃の比ではない大惨事が待っていただろう。
つまり、私が娘の相手として警戒しているのは、家柄でも実力でもない。
あの男が、青澄先輩の一番危ういところを色濃く継いでいる、その一点だ。
まあ、三男、四男は完全に母親似だと思うが。
「ははっ、確かに昌澄は『僕に一番似ている』ね」
その言葉にゲンナリした。
私は知っている。
この男が、当時の第三騎士団の春野団長を口説き落とすために、どれだけ仕組んだか。
正直に言えば、あまりに逃げ場を無くす手腕に、震え上がった。
あの恐怖を体感したが故に、妻と仲良くなったような……考えるをやめよう。
朝比奈 青澄が私たち夫婦のキューピットだった、などという事実は、できれば一生認めたくない悪夢である。
娘よ……お前の選んだ男はとんでもない男だと思うぞ。
超絶執着が強い、激重だ。
……この男の、息子だ。
なんて内心で思いながら、差し入れられた超高級ショートケーキで現実逃避をするのだった。




