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彩眼の次男〜感情が色で見える次男副団長が、恋も政変も全部見えてしまって巻き込まれる〜  作者: まるちーるだ
二章 冬の宮廷、家出の姫君 ~兄上、これって宮廷loveでしょうか?~ 

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エピローグ 春を結ぶ抱擁


Side 朝比奈 昌澄


祝賀の音楽が、少しずつ遠ざかっていく。


誰も彼もが平和に酔いしれ、楽しげに笑っていた。

先ほどまで大広間を満たしていた歓声も、盃を打ち鳴らす音も、今は幾重もの回廊を隔てた向こうで、華やかな余韻となって揺れている。


祝宴は、まだ続いている。


冬の国の帝都は、今夜ばかりは眠らぬのでしょう。

長く凍り付いていた国が、ようやく春の国と手を結んだのです。


それも、ただの停戦ではありません。

花嫁を交わして結ばれた、確かな同盟。


祝いの酒も、歌も、舞も、今夜は尽きることがないはずでした。


けれど、その喧騒から少し離れたこの回廊だけは、妙に静かです。


冬の国の宮廷、その奥。

磨き上げられた黒曜石の床へ、回廊の外から差し込む夕陽の名残が薄く伸びている。

昼間の華やかさが嘘のように、今はただ、夜気を含んだ風が緩やかに吹き抜けるばかりでした。


私は、その角でそっと足を止めます。


「昌澄くん、疲れた?」


すっと隣へ来たのは、今回エスコートをした“婚約者”の千歳さんでした。

水色のドレスが、やわらかな夜気によく似合っております。


差し出されたのは、果実水らしきグラスでした。


「ありがとうございます。流石に疲れました」


苦笑して受け取れば、千歳さんも小さく笑います。


先ほどまで私は、一条家や鷹司家、おまけに篠宮家といった、お世話になった……と言っていいのか少々悩ましい方々に囲まれ、かなりの量の酒を飲まされておりました。


ですから、この水は実にありがたい。


「みんな、幸せそうだったね?」


「はい。綺麗な色が輝いておりました」


そう言いながら、私は視線の先を見ました。


人払いされたその先。

小さな中庭に面した廊下で、二人の花嫁が向かい合っております。


黒髪の花嫁――一条 光。

紅茶色の髪の花嫁――秋里 香。

そして、その二人の間に立つのは、黒髪の弟――一条 満さんでした。


「光さんと香さん……に、満さんまで」


思わず口にすれば、二人の花嫁は顔を見合わせて、ふっと笑います。

そして満さんが、それぞれの髪へ何かを差し込みました。


ちゃり、と。

静かな回廊に、小さく、心地よい音が響きます。


「やっぱり姉さんにはクリスタルがいいと思った。香姉さんは黒。もう絶対、黒」


そう言って笑う満さんを見ていると、こちらまで少し嬉しくなってしまいました。


弟が、姉たちを飾っている。

それだけのことなのに、妙に胸へ沁みます。


光さんは、自分の髪へ差された飾りをそっと指で確かめてから、少しだけ目を細めました。


「……綺麗ね」


「だろ?」


満さんは得意げに笑います。


香さんもまた、黒の飾りへそっと触れ、ふわりと笑いました。


「満が選んでくれたなら、間違いないわね」


「当然。だって今日は、姉さんたちが一番綺麗じゃないと困るし」


その言い方が、あまりにも素直で。

思わず、隣の千歳さんと顔を見合わせてしまいます。


「香、もし正光陛下に泣かされたら、すぐに満へ言うのよ?」


光さんがそう言えば、満さんが肩を竦めました。


「姉さん、俺より多分、春の国の『綾人さん』に言う方が効果抜群だよ」


「いや、満。そこは義貞兄さんと澪と友貞も巻き込んで――」


「姉さん、心配しなくても大丈夫。困ったら、すぐに一条の家に逃げ込むから」


くすっと笑う香さんに、光さんもまた、くすりと笑いました。


「あ、姉さんも、困ったら綾人兄さんのところに逃げ込めばいいんだよ。絶対、助けてくれるから!」


香さんの言葉に、光さんは少しだけ困ったように笑います。


「綾人さんは、清澄さんの方が大事そうだからね……助けてもらうなら、千歳さんの方かもしれない」


あながち否定できず、私は少々困りました。

隣を見れば、千歳さんまで「確かに」などと小さく頷いております。


その時でした。


「千歳さんって、昌澄さんの奥さん?」


満さんのその一言に、私は盛大に果実水を噴き出してしまいました。


その音に気づいたのか、三人の視線が一斉にこちらへ向きます。


「昌澄さん! ちなみに、その方が『千歳さん』ですか?」


満さんは人懐こい笑顔のままこちらへ歩いてくると、さっと私と千歳さんを、光さんと香さんの前へ連れていきました。


「初めまして、一条 満と申します。姉たちがお世話になりました。あと、これからも姉をくれぐれもお願いします!」


そう言いながら、満さんはぎゅっと千歳さんの手を握ります。

千歳さんの「うわ、イケメン」は、聞かなかったことにしておこうと思いました。


「初めまして、瞬木 千歳です。光さんにお世話になったのは、私の方で……!」


和やかな笑いが、小さく重なります。


その空気が、なんだか嬉しくて。

戦の最中には到底ありえなかったこの光景を、私は少しだけ眩しい気持ちで見つめておりました。


そうして会話が続いた、その時です。


ちょうど同じタイミングで、二人の花嫁が抱き上げられました。


香さんは正光陛下に。

光さんは兄上に。


「そろそろ部屋行くぞ」


正光陛下のその言葉に、香さんがぼん、と見事に顔を赤くします。


「帰りたくなったら、いつでも帰してやる。……まあ、遅かったら迎えに行くけどな。でも、もういつでも行き来できる国になったんだ。だから悲しむな」


その言葉に、香さんは何も言わず、ただ正光陛下の胸へ抱きつきました。

その胸元で光る濃紺の魔石が、夜を閉じ込めたみたいに美しく見えます。


「じゃあな、光。お前も幸せにな」


「ええ、陛下。私の妹を、どうかよろしくお願いします」


「ははっ。それは意地でもそうする。あと、朝比奈――俺の大事な軍師だ。丁重に頼むな」


「言われなくとも、そのつもりです」


そう答えた兄上も、次に私と千歳さんへ視線を向けました。


「そういうわけで、我々もお暇するよ」


兄上はそのまま光さんを抱いたまま、祝宴とは反対側へ歩いていきます。

光さんの胸に光る青い薔薇の魔石は、夜を吸い込むように、少しだけ色を深めておりました。


二人の背が、回廊の向こうへ消えていく。

残された夜気だけが、やけに静かでした。


本当に、ここまで来たのです。


香さんも。

光さんも。

兄上も。

正光陛下も。


みんな、ようやく、ちゃんと幸せになれる場所へ辿り着いた。


そのことが、今さらみたいに胸へ満ちてきます。


そして。


私はそっと、自分の掌へ魔力を集めました。


くるくると回りながら形を作っていくのは、青い魔石。

ブルースターの花弁を繋いだような、小さな球体。

ペンダントトップにもできそうな、繊細な形へ少しずつ整えていきます。


ええ。

練習したのです。


出来る限り、好いものを贈りたくて。

何度も失敗して。

笑われるくらいには、何度も。


けれど、今ここで言わなければ、一生言えない気がしました。


私は一度だけ、そっと息を止めます。


心臓がうるさい。


今さらです。

今さらなのですが、やはり緊張はするものですね。


「瞬木 千歳さん」


私が呼ぶと、千歳さんがこちらを見ました。


少しだけ驚いたような顔。

けれど、その瞳にはもう、逃げる色はありません。


「……はい」


私は、その返事を聞いてから、改めて掌の魔石を見ました。


いまでは春の国でも、魔石を贈る求婚は珍しくなくなっております。

それでも、この瞬間だけは、昔からずっと知っていた言葉すら、少し違って聞こえました。


それでも。


「私と、結婚してください」


言葉は、不思議なくらいまっすぐ出ました。


千歳さんの顔が、見る間に赤く染まっていきます。


千歳さんは驚きながらも、差し出した魔石を大切そうに受け取ってくれました。


その指先が、ほんの少し震えております。


「ごめんね。私、まだ、魔石を作るの、上手じゃなくて」


そう言いながらも、千歳さんは自分の掌へ魔力を集めました。


灰色の魔石が、静かに形を取っていきます。

燃え尽きた灰のようでいて、どこか柔らかい、彼女らしい色。


少し歪で。

でも、綺麗で。

ちゃんと、千歳さんの魔力でできたものだと分かる形でした。


その魔石を、千歳さんは私へ差し出します。


「ありがとう、朝比奈 昌澄さん」


それから、少しだけ照れたように笑って。


「私のお婿さんになってください」


その瞬間。


私が千歳さんを抱き上げてしまったのは、仕方のないことだったと思います。


「きゃっ……!」


「すみません、でも無理です。これは無理です。嬉しすぎます」


「昌澄くん、正直すぎる……」


「ええ、今だけは取り繕えません」


抱き上げた腕の中で、千歳さんが困ったように、それでも嬉しそうに笑いました。

その笑顔を見た瞬間、胸の奥へ、どうしようもなく温かなものが広がります。


夜風が、火照った頬をさらっていく。


私は、ようやくそこで大きく息を吐きました。


長かったのです。

本当に、長かった。


その道のりが血に塗れていたことも、

笑えぬほど多くの人が傷ついたことも、

決して消えるものではありません。


失われたものが、元通りになるわけでもない。


それでも。


それでもなお、ここへ辿り着いたのなら。


あの日々は、きっと無意味ではなかったのでしょう。


誰もがこの日を、きっと大きな名前で呼ぶのだと思います。

『同盟が結ばれた日』だの、

『冬の国と春の国が和した日』だのと。


けれど、私にとっては少し違う。


これは――


ようやく、姉妹が幸せになれた日。

ようやく、恋人たちが手を取り合えた日。


そして。


長く凍り付いていた冬に、ちゃんと春が届いた日です。


あの日、私は長く凍り付いた『冬の闇』を見ました。

そして今日。


ようやくその闇は、終わりを告げたのです。


これにて、本編完結です。

お付き合いいただきありがとうございました!

番外編も書くつもりですが、ここまでお付き合いありがとうございました!

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