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彩眼の次男〜感情が色で見える次男副団長が、恋も政変も全部見えてしまって巻き込まれる〜  作者: まるちーるだ
二章 冬の宮廷、家出の姫君 ~兄上、これって宮廷loveでしょうか?~ 

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百二節 抱き締める腕

Side 朝比奈 昌澄


目の前で、黒い槍が灰のように崩れていきました。


兄上の手が光さんへ届き、

簪がその胸へ突き立てられ、

絡みついていた黒い鎖が、役目を終えたようにさらさらと零れ落ちていく。


その光景を見て、息を呑んでいたのは私だけではありませんでした。


綾人さんも。

千歳さんも。

澪さんも。

陸さんも。

第一騎士団の面々も。


その場にいた誰もが、ただ黙って見つめておりました。


兄上と光さんが抱き合ったまま、少しずつ『呪術』が静まっていく。


黒い火が消える。

胸元を這っていた禍々しい靄が薄れる。

身体を支えていた異形の杭が、一本、また一本と灰になって崩れていく。


あれほど凶悪だったものが、まるで最初から存在しなかったかのように、静かに消えていくのです。


その姿は、どこか奇跡じみておりました。


けれど――


次の瞬間。


どさっ、と。

二人が抱き合ったまま、その場へ倒れ込んだのです。


「兄上!」


「光!」


「お嬢!」


私と澪さんと陸さんは、ほとんど同時に駆け出しておりました。


雪混じりの湿った地面へ膝をつく。

まず確認するのは呼吸です。


兄上も、光さんも、意識はありませんでした。

けれど、胸は上下している。

脈も、ある。


生きている。


その事実に、全身から力が抜けそうになりました。


「……っ、はぁ……」


思わず大きく息を吐くと、すぐ目についたのは兄上の腕でした。


倒れた拍子にもなお、兄上の腕は光さんを抱き寄せたまま離れていない。

しかも、その接触した場所から、自然に青い魔力が流れております。


「……あ」


思わず、まじまじと見てしまいました。


兄上は気を失っているのです。

意識的に魔法を使える状態ではないはずです。

それなのに、まるで呼吸をするように、当然のように、光さんへ治癒魔法が流れ続けている。


傷の縁が、少しずつ閉じていく。

黒の残滓に焼かれた部分が、淡い青に撫でられるように癒えていく。


「……兄上」


呟きながら、私は妙に感心してしまいました。


気絶してなお、想い人を治そうとするとは。

本当に、どういう精神構造をしているのでしょうか。


いえ、知ってはおりますよ。

兄上が光さんに対して、とんでもなく重い感情を抱いていることくらいは。

ですが、まさか無意識下でもここまでとは思いませんでした。


その時、少し離れたところから、綾人さんが苦笑混じりに言いました。


「清澄が気ぃ失って倒れたとこ、初めて見たわ」


その言葉に、私は思わず兄上の横顔を見ます。


白の軍服は長距離転移の負荷で少し乱れ、

そのまま異形の槍の間を掻い潜って、

さらに簪を起動させて、

ようやく今、糸が切れたように倒れたのです。


「喜哉から大規模転移、そのあとあの槍の中を潜り抜けて、あそこまで平然としていたのですからね……」


自分でも、少し呆れたような声になりました。


「むしろ、精神力で立っていたのかと」


本当に、兄上は大概です。


やはりすごいですね、兄上。


そう、改めて思った瞬間でした。


「昌澄……!」


いきなり澪さんが、がばっと抱きついてきました。


「うわっ!?」


勢いのまま胸元へ飛び込まれ、私はそのまま後ろへ倒れます。

背中が湿った地面へ沈み、その上へ澪さんが覆いかぶさる形になりました。


事故です。

ええ、事故なのですが。


傍から見れば、完全によろしくない体勢でした。


しかもその――存在感が、妙によろしくない方向へ働いております。


「昌澄、本当にありがとう……!」


澪さんの声は少し掠れていて、腕に込められた力も、思った以上に強い。

いつもの軽口混じりではなく、本気で安堵して、本気で礼を言ってくださっているのだと分かりました。


さらに、涙声の陸さんまで駆け寄ってきて、私の肩を掴みます。


「ほんとに、昌澄……! お嬢、助かった……っ!」


「ちょ、陸さん、近いです、近いです!」


状況はますます混沌としてまいりました。


その瞬間でした。


すう、と。

ひどく静かな色が、横から差し込んできたのです。


嫌な予感がして視線を向ければ、案の定、千歳さんがこちらを見ておりました。


深草色の瞳。

その奥に浮かぶ色は、深い緑。


けれど、いつもの穏やかな緑とは違います。


少しだけ濁った黄緑。

その下に、薄い桜色。

さらに、うっすら拗ねた灰。


――ああ、これは。

彩眼で見てはいけない類の、ひどく分かりやすい感情です。


しかも、その後ろでは第一騎士団の皆さまが、やけにそわそわしておられました。


どうやら、また妙な空気になっているらしいですね。


「千歳さん!?」


慌てて叫びました。


「違いますって!! 澪さんは既婚者ですし、そういう意味ではありません!!」


一瞬、場がしんと静まり返りました。


そして千歳さんが、すっと首を傾げます。


「知っているけど?」


「……っ」


正論でした。


そうです。

千歳さんは澪さんを知っております。

同じ病室で一緒に静養した仲でしたね。


知らない相手への警戒ではなく、

知っている相手だからこそ、

“そこは別に問題にしていない”

という、ひどく落ち着いた返しでした。


しかも、その時の千歳さんの色がまたいけません。


深草色の奥に、ふわ、と薄い桜色が差しました。

ですがそれは可愛らしい色ではなく、

“ちょっと面白くない”

“でも怒るほどではない”

“けれど、こっちはちゃんと気づいているからね?”

という、大変困る色でした。


そして千歳さんは、にこりと笑います。


「ふぅん。男の人って、やっぱり胸が大きい方がいいんだ?」


その声音は、ひどく柔らかいものでした。


ですが、彩眼に映った色は、

拗ねた桜色と、

じりじり焼けるような薄い橙と、

冷静を装う深草色が、綺麗に三層になっておりました。


言葉にすれば軽口です。

けれど、色は全然軽くありません。


背後で第一騎士団の皆さまが、一斉に「あっ」という顔をなさったのが分かりました。

どうやら、また余計な理解をされたようです。


「ち、違いますからね!?」


全力で否定しました。

しましたが、澪さんはまだ私の上から退いてくださらないのです。


「だって今、力抜いたらそのまま座り込みそうなんだけど……」


ぐず、と鼻を鳴らしながらそう言われると、無理にどかすわけにもいきません。


ええ、分かりますよ?

分かりますけれども。


この状況で、

澪さんが上に乗っていて、

陸さんが肩を掴んでいて、

それを千歳さんと第一騎士団の皆さまが見ている、

という私の立場は、一体何なのでしょうか。


「昌澄くん」


千歳さんが、静かな声で呼びました。


「はい……」


「別に、澪さんに抱きつかれたことを怒ってるわけじゃないよ?」


そう言いながら、千歳さんはにこりと笑います。


「でも、私の前でそんなに必死に否定されると、ちょっと面白くないかな」


「……っ」


その瞬間、第一騎士団の皆さまが一斉に視線を逸らしました。

聞いてはいけないものを聞いた、みたいな空気です。

……どうして皆さま、そんなに見守る気満々なのですか。


澪さんはようやく顔を上げ、

千歳さんを見て、

それから私を見て、

妙に納得したような顔で小さく笑います。


「……ああ、なるほど」


「何がですか!?」


「ううん、何でもない」


絶対に何か分かっておられますよね?


その横で、陸さんが空気を読んだのか読んでいないのか、しみじみと呟きました。


「お嬢が助かって、兄貴も助かって、昌澄が千歳さんにそういう顔されてるなら、今日はわりといい日かもねぇ」


「よくありません!!」


即答しました。


すると千歳さんが、ふっと笑います。


今度の色は、ようやく少しだけ柔らかい緑でした。

拗ねた桜色も、灰も、まだ残ってはおりますけれど、先ほどよりはずっと穏やかです。


そのあと、不意に、その色から余計なざらつきが少しだけ薄れました。


「……まあ、無事でよかったよ」


その一言だけが、静かに落ちました。


私は一瞬、言葉を失います。


からかわれているだけではない。

怒っているだけでもない。

本当に、無事でいてくれてよかったと、そう思ってくださっていたのだと、その色だけで分かってしまいました。


だから余計に、胸の奥が変に熱くなります。


「……千歳さん」


「なに?」


「その、あとで、ちゃんと説明します」


そう言えば、千歳さんは少しだけ目を細めました。


「うん。ちゃんと聞く」


その返答に、背後でまた第一騎士団の皆さまが、ひそひそとざわつきます。

……本当に、何の会議をしておられるのですか。


ですが。


兄上も、光さんも、生きている。

呪術も、消えた。

張りつめきっていた空気の中へ、ようやく少しだけ、人間らしい温度が戻ってきた。


そのことだけは、確かでした。


だから、まあ。

このぐらいのざわめきは――かなり高くつきましたが、受け入れるしかないのでしょう。


たぶん。


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