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彩眼の次男〜感情が色で見える次男副団長が、恋も政変も全部見えてしまって巻き込まれる〜  作者: まるちーるだ
二章 冬の宮廷、家出の姫君 ~兄上、これって宮廷loveでしょうか?~ 

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百一節 届いた手


Side 朝比奈 清澄


言われるがまま転移してきて、真っ先に目へ飛び込んできたのは、黒い異形の槍に貫かれながら、それでもなお息をしている想い人の姿だった。


胸の真ん中に、かろうじて青く光るのは、私が贈った薔薇型の人造魔石。

その表面には、今にも砕けそうなほど、黒い魔力の亀裂が走っている。


喉の奥が、ひどく冷えた。


けれど、それを表へ出している暇はない。


「詳しい説明は省きます。兄上、この簪で、光さんを刺してください」


昌澄の声は真剣そのものだった。

浮かんでいる色は、青と金。

真実と、絶対的な信頼。


その言葉に、私は手渡された簪へ視線を落とす。


大きな黒い魔石。

それを取り囲むように連なる、八つの小さな黒い魔石。

美しいはずの造形なのに、今は飾りではなく、何かを封じるための呪具のようにも見えた。


「……身体を刺せばいい、ということではないのだろうね?」


問い返すと、昌澄はほんの一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言った。


「……心臓です」


心臓。


その言葉だけが、ひどく静かに耳へ残った。


あまりにもあっさりと、恐ろしいことを告げられた気がした。


私は思わず、もう一度、光へ視線を戻す。


地へ倒れているわけではない。

かといって、自分の足で立っているわけでもなかった。


背から生えた黒い槍が、まるで檻の骨組みのように彼女の身体を支え、半ば無理やり起こしているのだ。

肩の後ろから伸びた杭が背を吊り、

脇腹を貫く槍が傾いた身体を止め、

胸元から覗く黒が、なおもじわじわとその肉を押し裂いている。


まるで、壊れた人形を、呪いそのものが立たせているみたいだった。


それでも滴る赤が、まだ彼女が生きていることだけを伝えていた。


「助かるのですね?」


確認せずにはいられなかった。


「ええ。冬の国で、同じ術式で一人助かっています」


前例がある。

ならば、迷う理由はない。


……いや。

ない、わけではない。


心臓だ。

愛しい人の心臓へ、自分の手で簪を突き立てる。

そんなことに、痛みがないはずがない。


それでも私は、ひとつだけ静かに息を吸った。


助けるためだ。

それ以外の意味など、要らない。


「時間がないね。分かった」


そう答えて、一歩、踏み出す。


その瞬間だった。


ヒュン、と頬を掠めるように黒い槍が飛んできた。


反射的に身をずらす。

続けざまに、二本、三本。

肩、喉、腹、脚――狙ってくる場所はすべて急所だった。


その太刀筋に、覚えがある。


無駄がない。

鋭い。

迷いがない。


けれど、致命の一点だけは、どれもわずかに外れていた。


まるで、近づかないでくださいと。

そう言っているようにしか見えなかった。


「……光さん」


思わず、その名が漏れる。


拒まれているのではない。

これ以上近づけば、自分ごと壊してしまうと、彼女自身が必死に止めているのだ。


ならば、なおさら行くしかない。


槍の合間へ身を滑らせる。

心臓すれすれ。

首の頸動脈。

槍の狙いを上手くかわしながら、呼吸を合わせるように間合いを詰める。


その顔が、ようやく手の届く距離に来る。


青白い頬。

苦しげに浅い呼吸。

黒い槍に貫かれ、なおも壊れまいとしている身体。


こんな姿にしたくなどなかった。

こんなところまで追い詰めたくなどなかった。


けれど、今ここで躊躇えば、この人は本当に自分を終わらせてしまう。


だから私は、迷うことなく、その胸へ簪を突き立てた。


肉を裂く感触は、あまりにも小さかった。


次の瞬間、簪の中心にある大きな魔石が、内側から光を放つ。

続いて、八つの小さな魔石も一斉に応じるように輝いた。


同時に、眠っていたはずの光の瞼が、微かに震える。


「……っ」


黄金の瞳が、ゆっくりと開いた。


焦点の合わぬその目が、揺れる。

痛みではない。

驚きでもない。


もっと深いところで、信じられないものを見る目だった。


死ぬつもりだったのだ、と分かった。


このまま自分が壊れて、

全部を終わらせて、

誰にももう触れさせず、

それでいいと、どこかで諦めていた目だった。


助かることなど。

もう一度会えることなど。

奇跡が起こることなど。


最初から、想像していなかったのだ。


その目が、私を映す。

その顔を見て、笑ってしまった。


「奪いに行く前に、来てくださいましたね」


私の言葉が落ちた瞬間、彼女の目から涙があふれた。


それは、今ここで思いついた言葉ではない。

私が手紙に書いた一文だ。


あの時は、少しでも彼女を安心させたくて書いた。


貴女がやるべきことが終わるまで待ちます、と。

その後でいいから私の所に来てください、と。

でも待たせすぎるなら、貴女を奪いに行きます、と。


彼女は泣きながら微笑んだ。


「遅くて、ごめんなさい」


その一言に、胸の奥がひどく痛んだ。


この人は、覚えていてくれたのだ。

忘れずに、胸のどこかへ抱えていてくれたのだ。


しかも、それを口にしたのは、もうすべてを諦めかけた、最期の寸前だった。


「ええ」


そう返した自分の声が、少し掠れていた。


「少しばかり、待ちきれませんでした」


その瞬間、簪から伸びる鎖が形を変えた。


細く繊細だった魔力の鎖は、一気に太く、重く、拘束具のような姿へ変貌する。

それが生き物みたいにうねりながら、光の胴を、腕を、脚を、そして私ごと巻き込むように絡みついていく。


さらに、小さな魔石が鎖につながれたまま杭へ変わり、地へ、深く深く食い込んだ。


封印。


その意味を、息を呑みながら理解する。


同時に、光の胸に突き立てた大きな魔石へ向かって、黒い呪術が逆流するように吸い込まれていくのが見えた。


成功している。


そう確信した、その瞬間だった。


光の頬を、涙が伝った。


私は思わず、その頬へ手を当てる。

冷たい。

けれど、ちゃんと生きている温度だった。


「大丈夫です」


そう囁くと、光は泣きそうに笑った。


その顔があまりにも痛々しく、あまりにも愛おしくて――

治療のためでも、封印のためでもなく、

今ここで、この人がまだ生きているのだと、どうしても確かめたくなった。


私はそのまま、震える唇へ自分の唇を重ねた。


その一瞬、さらに強く、鎖が私たちを締めつける。

まるで封じ込めるように。

あるいは、二人をひとつの内側へ閉じ込めるように。


けれど、不思議と苦しくはなかった。


抱き締めた腕の中で、光の身体から少しずつ力が抜けていく。

張りつめていたものが、ようやく途切れたのだと分かった。


今まで、この人は死ぬことで全部を終わらせようとしていた。

けれど今、その諦めの先へ、ほんのわずかでも生きる理由が差し込んだのなら。


それだけで、ここへ来た意味はあった。


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