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彩眼の次男〜感情が色で見える次男副団長が、恋も政変も全部見えてしまって巻き込まれる〜  作者: まるちーるだ
二章 冬の宮廷、家出の姫君 ~兄上、これって宮廷loveでしょうか?~ 

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百節 届かぬはずの距離


Side 朝比奈 昌澄


『伝令なんて、どうしたのです、綾人』


聞き慣れた声が、細い魔力の回線を通して耳へ届いた瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩みました。


兄上だ。


間違いなく、兄上の声でした。


「兄上! すぐにこちらへ! 光さんを助けるには兄上が必要なんです!」


自分でも驚くほど鋭い声が出ました。

けれど、もう取り繕っている余裕などありません。


目の前では、千歳さんが灰色の魔力の残滓を纏ったまま、私の腕の中で気を失っております。

澪さんと陸さんは、なおも光さんの周囲へ封じの魔法を重ね続けている。

その内側では、巻き戻されたはずの『呪術』が、また黒い火みたいに燻っておりました。


もう、時間などありません。


『切羽詰まっているのは分かるけれども』


回線の向こうで、兄上の声音はいつも通り穏やかでした。


『今、私がいるのは喜哉だ』


その一言で、頭が急速に冷えました。


喜哉。


春の国の西。

ここ、魔の森の春の国側入口から見ても、直線距離で五百キロはあるでしょう。


無理です。


普通なら。


転移魔法で繋げられる距離ではありません。

しかもこちらは、魔力の狂う魔の森の近く。

ただでさえ座標がぶれやすい。

無理に繋げれば、兄上ごと森へ、最悪、魔獣の巣へ叩き落とす危険すらあります。


喉の奥が、ひどく冷たくなりました。


せっかく、声が届いたのに。

せっかく、ここまで来たのに。

せっかく、希望が見えたのに。


――間に合わない。


そう思いかけた、その時です。


胸元へ押し込んでいたものが、服越しに指へ触れました。


黒い簪。


そして、そのすぐ奥。

紫苑さんから渡された、小さなペンダント。


私は、はっと息を呑みます。


母が、紫苑さんへ投げて渡した護り。

父の魔力の癖を色濃く残す、不埒な位置確認付き魔道具。


「……位置情報」


気づいた瞬間、思考が一気に繋がりました。


父の残した位置確認魔法。

母の魔力がないと追えぬよう、歪に組まれていた回路。

けれど、今の私なら――。


「兄上!」


回線へ向かって、私はほとんど叫ぶように声を重ねました。


「正確な位置情報と、私が半分繋いだ転移魔法を信じてくださいますか!?」


『位置情報?』


「細かい説明は後です! ですが、兄上に、こちらへ来ていただかないと駄目なんです!」


一瞬だけ、回線の向こうが静まりました。


長い沈黙ではありません。

けれど、私にはその一拍がやけに長く感じられます。


そして、次の瞬間。


『……お前が言うならやるよ』


兄上の返答は、驚くほどあっさりとしておりました。


『どうすればいいんだい?』


胸の奥で、何かが熱くなるのを感じます。


信じてくれた。


細かな理屈も聞かず、

危険かどうかの確認すら後回しで、

ただ私が必要だと言ったから、来ると決めてくださった。


やはり、兄上はそういう方です。


「魔力を……私の魔力を検知してください」


私は千歳さんの身体を、近くの騎士へ託しました。

そして胸元から、ペンダントを引き抜きます。


ひやり、と冷たい金属。

その中に、父の古い魔力の痕跡が眠っているのが分かります。


意識を集中する。


必要なのは、全部ではありません。

守りではない。

今欲しいのは、そこへ組み込まれた『位置確認』の術式だけです。


私は指先で回路をなぞるようにして、魔道具の内側から必要な術式だけを引き剥がしました。


防御の層は、捨てる。

追尾だけを残す。

干渉しやすい外縁から順に剥がしていけばいい。


淡い光の線が、空中へ浮かび上がります。


円。

座標。

追尾。

検知。

照準。


父の魔法陣は相変わらず美しく、そして無駄に細かい。

こんなものを咄嗟に人へ投げつける母も大概ですが、渡される前提でここまで作り込む父も父です。


「今です、兄上。私の魔力を探ってください」


そう言いながら、私は位置確認の術式へ自分の魔力を一気に注ぎ込みました。


鮮やかな青が、魔法陣を満たしていく。


父の残した癖を。

母へ向けて作られた古い痕跡を。

圧倒的な私の魔力で、今ここにいる『私』の色へ塗り替える。


きらきらと、青い線が脈を打ちます。


その上へ、さらに転移魔法を重ねました。


一から作るのではない。

開くのでもない。

こちらから半分だけ伸ばすのです。


喜哉の方向へ。

兄上のいる場所へ。

細くてもいい。脆くてもいい。とにかく、繋げ。


伸びろ。

進め。

届いてください。


魔力を絞るたび、指先が焼けるようでした。

術式の縁が、じりじりと焦げつくように軋む。


けれど止めません。


止めたら終わりです。


伸ばし続ける。

押し出す。

無理やりにでも、喜哉の座標へ食い込ませる。


その時でした。


ふっと。

似た質の魔力が、向こう側から触れたのです。


青。


私とよく似ていて、

けれどもっと深く、もっと落ち着いた、兄上の魔力。


細い線だったはずの転移魔法が、その瞬間、一気に輪郭を得ました。


結合した。


「流石です、兄上……!」


思わず、笑いそうになるのを堪えながら呟きます。


そこから先は、一気でした。


繋がった回線を、今度はこちらから強引に引き寄せる。

兄上の魔力を、術式ごとこちらへ引っ張る。


自分の魔力が、じりじりと削れていくのが分かりました。

肺の奥が熱い。

指先は痺れ、視界の端が白く揺れる。


でも、もうすぐです。


あと少し。

あと少しだけ、保ってください。


魔法陣の青が、眩しいほど濃くなった瞬間――


すっと、その上へ影が落ちました。


ひらり、と白が揺れる。


騎士団長にのみ許された、白のマント。

雨上がりの薄暗い森の光の中で、それだけが不思議なほど鮮やかに見えました。


銀に近い白金の髪。

澄んだ青の目。

見慣れた、見間違えようのない姿。


「兄上」


その姿を認識した瞬間、胸の奥から安堵がこぼれました。


本当に、来てくださった。


無理を通して。

距離も理屈も捻じ曲げて。

私の求めに応じて、ここまで来てくださった。


朝比奈 清澄は、転移の残滓を纏ったまま、静かにこちらを見ました。


白の軍服は長距離転移の衝撃で裾が僅かに乱れていたものの、その立ち姿には少しの揺らぎもありません。

ただ、その目だけが、私の後ろ――黒く燻る『呪術』に侵された光さんへ向いて、ひどく鋭く細められました。


ひゅう、と風が通り抜けるのが分かりました。


兄上は、眠ったまま杭に打たれ、黒い火を胸に燻らせる光さんの姿を、黙って見つめます。


その沈黙のあとで。


「どういう状況ですか?」


兄上の色が、そこで初めて、どす黒い赤へと染まり上がりました。


ええ、その色は明確な怒りを示しておりました。


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