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彩眼の次男〜感情が色で見える次男副団長が、恋も政変も全部見えてしまって巻き込まれる〜  作者: まるちーるだ
二章 冬の宮廷、家出の姫君 ~兄上、これって宮廷loveでしょうか?~ 

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九十九節 三十分の猶予

Side 朝比奈 昌澄


燃え盛る業火が、魔の森の冷え切った空気を一瞬で塗り替えました。


赤でも、橙でもありません。

秋の終わり、枯葉をまとめて焼いた時のような、静かで、それでいて逃げ場のない火。


その炎の中心に立つ男を見た瞬間、私は思わず息を呑みました。


紅茶色の髪。

業火の瞳。

迷いなく前へ出る、春の国第一騎士団団長――秋里 綾人。


この魔の森で、魔獣たちに最も恐れられている人間がいるとしたら、間違いなくこの人でしょう。


そして、その綾人さんの少し後ろ。

もう一人、小柄な影が見えた瞬間――胸の奥で張りつめていた何かが、ようやく少しだけ緩みました。


栗毛色の髪。

深草色の瞳。

第一騎士団副団長、瞬木 千歳さん。


助かった。


その言葉が、胸の奥で小さくこぼれそうになりました。


春の国最強と呼ばれる魔剣士部隊。

その第一騎士団が、今、ここにいる。


「お前、冬の国で任務じゃ……」


焼け残った魔獣を見下ろしたまま、綾人さんが怪訝そうに眉を寄せます。


「緊急事態です!」


自分でも驚くほど鋭い声が出ました。


「兄上を、こちらへ呼んでください! 時間がありません!」


その言葉に、先に反応したのは綾人さんではなく、千歳さんでした。


「今、清澄団長は西のスタンピード制圧で、こっちにはいないよ?」


その一言で、全身から一気に血の気が引きました。


兄上が、いない。


最悪です。


――いいえ。


違います。

最悪だと立ち止まっている時間すら、もう残されていませんでした。


「伝令魔法は!? 無線でも構いません! 兄上と連絡を取らせてください!」


私の言葉に、第一騎士団の伝令魔法士が即座に前へ出ます。

淡い光で編まれた鳥型の魔法が、ぴい、と鋭い音を立てて空へ飛びました。


細い回線が、見えない空の向こうへ伸びていく。


繋がれ。

どうか、繋がってください。


そう願った、その瞬間でした。


ドンッ、と。

嫌な音が、私の背中越しに響いたのです。


振り返る。


光さんが、黒い炎に包まれていました。


「っ、陸さん!」


考えるより早く転移魔法を展開し、私は陸さんの身体を、光さんから引き剥がすように転移させます。


次の瞬間、私の目の前で『呪術』が再び息を吹き返しました。


黒い炎が、音もなく光さんの身体を這い上がる。

その内側から、見覚えのある禍々しいものが、ゆっくりとせり上がってきます。


肩甲骨のあたりから一本。

脇腹の横からさらに一本。

胸を貫くように、細く鋭い杭が、じわり、じわりと肉を押し裂いていく。


しかも、それは前に一時的に治めた時と同じです。


外へ向かわない。

人を喰おうとしない。


いいえ、前の時よりも苛烈です。

まず最初に、自分自身へ刃を向ける。


光さんは、また自分の身体を杭で打ち据えて、外へ呪術を漏らさないようにしているのです。


「っ……!」


春の国の騎士たちが、一斉に息を呑みました。


綾人さんも。

千歳さんも。

他の騎士たちも。


目の前の異様な光景に、言葉を失っております。


「なんだ、あれ……」


綾人さんの掠れた声が、低く落ちました。


私は唇を噛み、込み上げたものを無理やり喉の奥へ押し込みます。


「……香さんを庇って受けた『呪術』です」


視線を逸らさず、言いました。


「アレを解くには、兄上が必要なんです」


ギリリ、と奥歯を噛み締めた、その時でした。


ゆらり、と。

陸さんが立ち上がったのです。


同じように、澪さんも。


二人とも、顔色はひどいものでした。

けれど、その目だけが、不思議なほど静かでした。


「もう、ダメだね」


澪さんが、ぽつりと呟きます。


陸さんが、崩れかけるように眠る光さんを見て、小さく笑いました。


「ごめんね、お嬢」


その瞬間、二人の魔力が一気に高まりました。


ぞわり、と空気が震える。

春の国の騎士たちが、反射的に剣を構えます。


当然です。


目の前には、禍々しい呪術に侵された冬の国の姫と、それを囲む『闇の素養持ち』たち。

何も知らなければ、警戒して当然でしょう。


けれど、澪さんはそんな視線も意に介さず、ゆっくりと綾人さんへ笑いかけました。


「やあ、『綾人兄ちゃん』」


ひどく穏やかな声でした。


「安心して。春の国への禍根は残さない」


その笑顔は、笑顔なのに、どうしようもなく悲しそうでした。


次の瞬間、澪さんが静かに告げます。


「篠宮 澪の名を持って命ず。『呪術』を封印せよ」


同時に、陸さんの足元へ魔法陣が広がりました。


黒く、重い陣。

ただ壊すためではなく、閉じ込めるための術式。


「……なんで、光は、何のために、生まれたんだろう」


その声に、胸の奥がひどく痛みました。


見れば、澪さんも陸さんも、目から涙を零していました。


二人の青は、どんどん深くなっていく。

澄んだ青が、悲しみの底で黒く澱んでいく。


その光景が、あまりにも苦しくて。

私は、何も言えませんでした。


その時です。


ふと、私の横へ小さな影が並びました。


栗毛色の髪。

深草色の瞳。


瞬木 千歳さんでした。


「ねえ、昌澄くん」


「……なんでしょう」


喉が乾いていました。

うまく声が出ません。


千歳さんは、結界の中でもなお自分へ杭を打ち込む光さんを見つめたまま、静かに聞いてきます。


「清澄団長なら、あの状態の光さんを救えるの?」


その問いに、私は一瞬だけ目を伏せました。


ええ。

救えます。


兄上なら。


でも。


「……ええ。ですが、もう、間に合いません」


答えた瞬間、唇の内側を噛んでしまいました。

じわりと鉄の味が広がる。


千歳さんは、その返答にふっと笑いました。


「どのぐらい必要? 時間」


「三十分、あれば……たぶん」


自分でも、ひどく曖昧な答えだと思いました。

けれど今は、それしか言えません。


それでも千歳さんは、迷いなく頷いたのです。


「分かったよ」


その言葉が落ちた瞬間、不思議なほど空気が静まりました。


千歳さんが、ゆっくりと歩き出す。


驚いたように、澪さんが振り向きます。


「千歳?」


「なんかお久しぶりですね」


千歳さんは、相変わらずの飄々とした口調で、少しだけ笑いました。


「ちょっとだけですけど、時間を作りますよ」


そう言って展開した魔法陣の色を見た瞬間、私は息を呑みました。


灰色。


くすんだ銀ではありません。

乾いた灰。

燃え尽きたあとに残る、冷たい時間の色。


その上へ、無数の歪んだ時計がふわふわと浮かび上がっていきます。


大きい時計。

小さい時計。

針の折れたもの。

逆回転しているもの。

文字盤のないものまである。


その光景を見た瞬間、はっとしました。


そうだ。


千歳さんの血統魔法は――。


「『三十分、巻き戻れ!』」


千歳さんの声が、森の空気を真っ直ぐに切り裂きました。


ギュウンッ!!


まるで巨大な歯車が無理やり逆回転したみたいな音が、周囲一帯へ響き渡ります。


次の瞬間、灰色の時計たちが、一斉に光さんへ吸い込まれていきました。


しゅる、しゅる、と。

巻き戻されるように。


黒い槍のような触手が、一本、また一本と、身体の中へ吸い込まれていく。

肩を貫いていた杭が消える。

脇腹を裂いていた黒がほどける。

胸元を覆っていた呪いの色が、少しずつ、けれど確かに薄まっていく。


傷が治るのではありません。


進行が、戻っている。


呪術が再暴走する、その直前まで。


「千歳さん!」


光さんの身体から黒が退いていくのを見届けた瞬間、千歳さんの膝が、がくりと崩れました。


私は咄嗟に駆け、その小さすぎる身体を抱き止めます。


軽い。


こんな細い身体で、今の魔法を使ったのですか。


触れた肩口は冷たく、指先からはまだ灰色の魔力の残滓がこぼれていました。

まるで、この人自身の時間まで少し削ってしまったみたいに。


「千歳さん!」


呼びかけると、千歳さんは苦しそうに息をしながらも、笑いました。


「ちょっとだけ、時間……作った、から……」


その深草色の瞳が、かすかに揺れます。


「あとは、清澄くん(・・)を……」


そこで、ふっと力が抜けました。


笑顔のまま、千歳さんが気を失います。


その瞬間――


『伝令なんて、どうしたのです、綾人』


響いた声に、私は弾かれたように振り返りました。


鳥型の伝令魔法の先。

薄く空へ伸びた回線の向こうから、聞き慣れた、落ち着いた声が届いています。


――兄上だ。


肺の奥に溜まっていた冷たいものが、ようやく、ほんの少しだけほどけました。


三十分。


短すぎます。

けれど、絶望しかなかった時間へ、ようやく手がかかったのです。


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