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優しい魔王サマ  作者: いつき
オマケ・短編
40/40

それは砂糖よりも甘く 2

「ユキノ、あのな。お前の仮装、すごく目立ってたぞ?」

「えぇっ」

 驚きの声をあげて、後ろのジルを振りかえる。変わらずの天使顔があったが、そこに浮かぶのはわずかばかりの呆れだった。何も、そこまでバカにした表情しなくても!

「その、あまり場の空気に溶け込めてないというか、本気すぎるというか。その目立つ格好で一目散に奥へ行ってたら、怪しくは思うだろ。サクラのところにお前が見えないと余計」

 目立ってたか? いや、目立っていたかもしれない。周りは可愛らしい格好の女性ばかりだったし、被り物はわたしか包帯人間さんかだ。

 身長を高くしたとはいえ、男性というには少し低かったかもしれない。つまりはバレバレだったというわけか。すごくいい仮装だと思ったんだけどなぁ。

「今日は人間が、俺たちを真似る日だとか」

「あー、そうね。そういう見方もできる」

 ただ集まって、楽しく過ごすことが目的だったのだが、この際何も言わないことにする。変なことは言わないに限る。墓穴を掘りそうだったし、変なことに興味を持たれても困る。

 ……trick or treatとかは特に知らせたくなかった。

 そんなことを考えているこちらの気も知らず、ジルは止められないのをいいことに、何気ない手つきで肩や脇腹を撫で始めた。他意はなさそうな触り方だと言えば聞こえはいいが、正直セクハラか何かにしか感じない。

 そんなジルの後ろから延びていた手を、自分の腹の位置で固定した。ぺったりとした、厚みもない代わりに筋肉もない腹は、触り心地がいいのかジルの手は意外に抵抗もなくそこへ絡み付いた。触り心地……確かにふにふにしてるけど。

「で、ユキノはお菓子をくれないのか?」

「へっ?」

 両手はしっかり固定していても、ジルのじゃれつきが治るわけではないらしい。自由な顔は好き勝手に動き、髪やうなじ、スーツに隠れた背中などにいたずらを仕掛け始める。

 さらさらとした柔らかい髪の感触や、小さく笑いながら落とされる口づけ、スーツごしの甘噛みなどなど、ここが更衣室であることを忘れたかのような甘え方だった。恋人にしているというよりも、子供がしてくるような。悪気がない分、タチが悪い。

「いたずらか、お菓子か。そうだろ?」

「知ってたの?」

 最近、少しずつこちらの世界の知識を増やし始めていると思ったら、行事のことも調べていたらしい。勤勉なのはいいかもしれないが、この人はこんな顔をしていても魔王だし、一応一国の王だ。本当に、見た目からは想像できないが、色々怖そうなのを従えてたりする。怒ったら怖いことは知ってるつもりだけど。

 その王様が、世界を越え、平凡な少女にじゃれつきながら他愛もない行事に参加する。何か変じゃないか??

 やることは山のようにあるはずだし、あちらの人間側との話し合いだってしなくてはいけないだろう。それなのに、ここでハロウィン?

「ジル、帰らなくていいの?」

「……いい」

 わたしの質問に気まずげな沈黙は長く続かず、ジルは小さく返事をして抱き締める力を強くした。ぐっと腹筋のないわたしは唸りながら、前に回された手の甲を撫でた。平凡で特別な才能がないわたしは、こんなことしかできないが、しないよりはマシだろうと思った。慰める、とかではなく、ただここに自分がいるという事実を知らせたくなったのだ。

「お菓子あげるから、帰って仕事してね」

 肩口に埋められていたジルの頭を撫でて、まるで言い聞かせるように言葉を出した。落ち着かせるように髪をすけば、彼は小さなため息をついて小さく首を振った。我がままを言い出した子供に、どう接するべきだろう。

 そんな苦い気持ちになるが、なすすべもなくそのまま動きを止めた。それからジルが顔をあげるまでじっとしていれば、ジルは腹から手を離し、わたしの体をくるりと反転させた。その動きは妙に早くて、抵抗する暇なんてなかった。

「お菓子は、いらない」

「えっ?」

「イタズラは、これだ」

 向き合った瞬間、壁に押し付けられて無理矢理唇を奪われた。驚いて咄嗟に身をよじるが、その抵抗も一瞬で押さえつけられる。いつものジルらしからぬ、少しだけ乱暴な口づけで、何だか背筋がぞくっとするようなやり方だった。抵抗をやめてジルの背中にすがりつき、必死に崩れまいとする。それなのにあっという間に膝が笑いだし、ジルに腰を掬われた。そんなことをするくらいなら、今すぐにでも放してほしいのに、唇はいまだ拘束されたままだった。好き勝手に貪られ、翻弄され、酸欠で頭が白くかすむ頃になって、ようやく解放された。息が荒く、身体中が酸素不足を訴えている。吸えなかった酸素を取り戻すように何度も息を吸い、そのまま膝を折って、ジルに完全に体重を預けた。

「い、たずらって」

「相変わらずの甘さだった」

 ちろり、とジルが舌で口の端を舐める。彼の唇を濡らしたものが何か分かって目をそらした。きっとわたしの唇も光っているはずだ、二人の唾液で。

 もうそれだけで背中が震えて、体が熱くなった。口づけでつけられた火は小さく燃え始め、わたしの体を侵食していく。ぼんやりとした頭でも、自分の体が熱を持つのが分かって恥ずかしかった。

 逃げ出したいのに足腰は立たず、おまけにジルの体にぴったりと自分の体を張りつけているのに逃げられない。一体なんの嫌がらせだ。これは。いうことを聞かない自分の体が恨めしい。

「お前は相変わらず」

 腰を支えられたまま、スーツの上着をはだけさせられる。着ることはできるが、やはり少し大きかったらしいスーツは、何の抵抗もなく腕から滑り落ち、中から暗い色のシャツが出てきた。

「あちこち甘くて、俺を惑わせる。イタズラしてるのは、お前だろ、ユキノ」

 シャツの襟首をつかみ、彼は首元に顔を埋めた。ワインレッドの濃い髪が目の前で揺れるのに気を取られていると、シャツの中に手が入ってくる。さらっと素肌を長い指が滑った。それから顔を上げた彼と目が合い、その蒼い瞳とまともに視線を絡ませてしまう。

 きらきらとした、温かみを灯した目が好きだった。わたしの存在を丸ごと肯定してくれるような、全て許してくれそうな目で、何もかも委ねたくなってしまう。

「砂糖なんか、不要だな。お菓子よりよっぽどいいと思う」

「わたしは、お菓子でいいと思うよ」

 更衣室で美形天使に襲われるくらいなら。

 お菓子は甘いし、美味しいし、何より食べると気分が浮上する気がする。一時的なものだと分かってはいても、手を出すことは止めない。

 ジルにとって、わたしはそんなものなのかと、ふと思い付いた。思い付いても、それを確かめたいとは正直思わなかった。お菓子の代わり、なんかじゃ満足できそうにない。辛いときしがみついて、つかの間の幸せを手に入れる。根本的な問題解決じゃなく、たった一時のまやかしみたいなもの。

 それがなくなったら寂しいけど、生きていけないものじゃない。

 そんな位置なら、いらなかった。わたしはワガママだから、多分なくなったらいけない位置がほしいんだ。空気みたいな、水みたいな。なくなったら生きていけないものに。すがりついて、求められるものに。本当にわがままで、どうしようもないんだけど。

「ジル、わたしの世界は多分ずっとこっちだけど。一生変えられないかもしれないけど、ジルは水だし空気だよ」

 いつまでたっても、あっちで生きるという決意は固まらないし、あっちへ行く度にわたしの選択は正しいのか考える。だけど、ずっと考えても、やっぱりこの世界が忘れられずにいる。ジルの手も、離す勇気がないくせに。身勝手だけど、今のわたしがそうだった。

 手放せないのに、選べない。

「お菓子じゃないよ」

「お前も、お菓子じゃない。水より、空気より、俺にとっては必要だ」

 水より、空気より必要ってどんな存在なんだろ。

 自分で例えておきながら、ついおかしくなって笑った。対するジルは何故笑われたのか分からないらしく、真面目な顔のまま首を傾げた。

「それは、すごい存在だね」

「言ってるだろ、お前は唯一無二の尊い存在だと。それを聞き流してるお前が悪い」

 もう一度だけ、今度は重なるだけの優しいキスを落として、ジルは優しく笑った。

 愛しくて、守りたくて、ずっと見たくて――だけどいつも傷つけることしかできない笑顔だった。この気持ちを自覚するずっと前から、ただ笑っていてほしいと心から思った表情だった。

「何を選ぼうと、何を掴もうと、失おうと、俺はお前を離す気はない。放してやらない。たとえお前が、どう悩もうが泣こうが、手加減はしない」

 お前がこの世界を取り、俺の手を離すとしても。

 そう言って、ジルはわたしを抱き上げた。どきりとするような、ずきりと痛むような、胸が一杯になって泣きたくなるような、そんな言葉ばかりくれる。わたしは返せないのに。

「俺の気持ちは変わらないんだよ。だから、お前はどんな答えでも出せるし、出さなくてもいい」

 ジル、訂正させて。水でも空気でもなかった。ジルはわたしを形作る、わたしを生かす、進ませる、壊すものだ。わたしを生かしも殺しもする、わたしの核になるものだ。一番真ん中にある、大切なものだ。

「そろそろ戻るか。ノアとサクラも待ってる」

「――うん」

 言いたかったが、ぐっと飲み込んで返事をした。ここで、ジルの言葉に返すものではない気がした。もっとよく考えて、いらない考えを取り除いて、本当に言いたいことだけを取り出して、そして伝えたいと思った。

 あなたは水でも、空気でもない。あなたは砂糖より甘くて、なくては生きていけない人です。わたしを笑わせて、泣かせて、全ての感情を形作らせるものです。

 だから、お菓子よりあなたをください、なんて。

「言わないけど」

「何か言ったか?」

「何でもないよ、早く行こ」

 精製して、たったそれだけにして、いらないものを入れないで。

 いつかきっと、伝えようと思った。ジルよりうまくいくか、分からないけど。

 単純で、安っぽくなくて、温かい言葉。そんな魔法のような言葉は、見つかるだろうか。イタズラだと言われないような、そんな言葉が欲しかった。できれば、甘い言葉が。

毎回、雪乃さんは悩んでいらっしゃいますが、別に答えを出そうが出さまいが、ジルが心変わりしないならいいじゃないか、と思えるようになりました。

結婚までの道のりとか、オマケでちまちま載っけてるやつをきちんと形にしたいと思いました。久々に書くと。

また機会があれば、こっそり更新しときます。

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