81 我が商会でプライドは取り扱っておりません
晴天の元、商業区の通りには人だかりが出来ていた。
一般的なイメージの商業地区といえば、蚤の市のように大きな声を張り上げて客寄せなんかをしていたりするものではないだろうか。
とはいえ、この辺りはあくまで商会同士や銀行相手の取引が主な通りだ。
なので今の様に外でざわめきが起こる事は珍しい。
原因は人だかりの中心にあるものだった。
そこいらの商会が本社に使う二階建ての建物より大きく、正面のみが布に隠された図体。
見える下半身は圧まるで機関車のような沢山の車輪を持ち、長く、だが少し潰れている、独特の圧があった。エミリー先生曰く「この下半身は戦車というものに似ている。大砲は付いていないがね」との事らしいがよく分らない。
竜のような爪を持つ金属の腕に、背中に背負った巨大なボイラー。
機関車が最新技術のこの時代にとって、このロボットは明らかに未来過ぎて異端と言う他なく、これを囲む大体が不安の表情を浮かべていた。
そこに貴族の正装に着替えたボクが足を踏み入れる。
エミリー先生が予め用意してくれたものだ。
後ろでは同様にドレス姿になったシャルやアセナなどが続く。
シャルははじめてボクと会った時の可愛らしい薄桃色のドレス。
そしてアセナは、遊牧民特有のオリエンタルな刺繍が入った赤いドレスだった。
重ね着したワンピース状の衣装の上に、丈の長い黒いベストの様なものを着ている。アセナの実家の衣装だそうで、尻尾を出せる様に後ろにはスリットが入っていた。
普段の彼女からは考えられないような厚着で、何故か本人は気恥ずかしそうである。
エミリー先生はもっと動きづらそうな恰好だけど、まあ何時も通りの格好だし良いだろう。
特に困ったような表情はしていないしね。
ボクはロボット【ウルゾンJ】の下半身に履帯から足をかけて傾斜装甲を階段のように登り、周りの注目を浴びる。
頭には三角帽子、上半身はロングコート。腰には煌びやかなサーベルを佩いでいる。古い水兵の格好だ。
武器とかナイフの方が好きなんだけどな。
この格好は、かつて初期のラッキーダスト領には大真珠湖を根城としていた湖賊が居たので、それと争っていた時代の名残だ。
ぶっちゃけ暑苦しいし重くて野暮ったい。
しかしこの場に居る大衆を納得させるには、やらなければいけない修羅の道なのである。
くるりと身体を翻すと、周には背中にでかでかと刺繍された我が家の紋章が見えて周りの視線が一斉に集まった。
此処に居るのは大手の商人ばかり。
そりゃウチの紋章くらい分かるよね。
そしてボクはエミリー先生から貰った薬をコートの懐から飲みだして一口飲んだ後、喉元を指でトントンと叩く。
ワ・レ・ワ・レ・ハ、ウチュ~ジン、ダッ。これは冗談お約束。
「あー、諸君。ボクはラッキーダスト家次期当主、アダマス・フォン・ラッキーダストである」
声色とは比べ物にならない大きな声が風に乗って全体に響いた。古典的だがその汎用性の高さから今も使われ続ける拡声魔術だ。
これを発展させれば父上の配下であろう、錬金術街で会ったフードの男性のような事も出来るのだろうが、肺や喉等への負担や波長の調整など色々複雑な理由があって常人の出来る事ではない。
出来るとしたら、それは一種の怪物だ。
それはそれとして、ボクが気を引き付けている間にアセナがウルゾンJの肩に乗るのを確認。
ラッキーダストの名前に静まる者たちにボクは大きな言葉を紡いでいく。
「これはウルゾンJ。
我がラッキーダスト家がパノプテス商会の協力の元に作成した、試作型の新型移動装置である」
タイミングを合わせてアセナが胴体の布を取り払った。
すると、胸に当たる部分にボクのコートと同じ紋章がペイントされていた。
周りは「おお」と感心する。
ただひとり、隅で此方を見るケルマは面白くなさそうだった。
ウルゾンJの所有権についてだが、これはウチの物になっている。
設計図の件で最終的に何も出来なくて父上に泣きついてきた時にそういう契約にしていたからだ。
そこへ材料費、エミリー先生の派遣費用や商会支社の賃貸費、更に税金などが加わり、可愛そうになるくらいのとんでもない額をケルマ……と、いうかパノプテス商会が払っている。
一応ウルゾンJの安全性が認められれば幾らでも取り戻せる算段ではあると思うけどね。レンタルの優先権とかは持ってるらしいし。
それまでは幾ら大商会でも冷や飯ぐらいだろうなあ。
そんな理由は、表ざたになっていないものの、当事者という事なのでケルマは『今の顔』を皆の前に晒して挨拶しなければいけない。
前に出てウルゾンJの前に立つ彼を見た商人連中は仰天した。
彼の顔に対してだ。
左頬に赤い手の平の跡が刻まれ、大きく腫れていた。
ニヒルな笑いを浮かべ、頬を抑える。
「ああ皆、驚くなら同情が欲しいかな。
実は此処に来る前に眼美しいお嬢さんを口説いたら振られてしまってね」
「……え、ええと。あはは?こうでしょうか」
「そうそう、笑い話にでもなってくれれば良いさ」
乾いた笑いが全体を包んだ。
本当は単なる事実なのだが、周りは交易で成り上がった者故の危険な橋の副作用と考え大きな声を上げない。
そうして頷くケルマは、何処か空虚な感情を引き摺りながら、思い出したようにボクと同じ拡声の薬を飲んだ。
「さてはて、冗談は置いておきまして。
これより我が商会が得たオーパーツの設計図。それを現代の技術で再現した機体の説明を行います」
そうしてはじまる、エミリー先生の説明書を大袈裟にして、ボクん家を背景にした自尊心の無い営業トーク。
ボクは聞き流しているけど、彼的には此処で出来る限り期待を集めておかないと大赤字なのである。
その笑顔には必死さが感じられた。
距離は近い筈なのにボク達には遠い物に見える。
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