82 出撃、ウルゾンJ
ウルゾンJの上半身を背景に、ボク達四人は改めて立っていた。
立っている場所は車両部である。
さりげなくポーズを取って軽く手を上げるのは、この場面が記事になった時にそれらしく映えるようにだ。
その中でエミリー先生は普段とはまた別の、外向きの貞淑な顔を向けて呼びかける。
「それではこれより発車致します。正面の皆様は道を開けて下さいませ」
大袈裟な営業トークの甲斐もあってか、チーズのようにすんなりと人込みは裂けていく。
彼女はそれを見つつ車両部の上に付いたマンホール蓋のようなものに手をかける。
横にズラすと短い螺旋階段が出てきた。どうやら出入り口だったようだ。
手すりと中心の棒は金色で、彫り物もされていて中々お洒落。
階段の踏板に使われている金属板を鳴らす音にボク等は続き、エミリー先生は解説を加える。
「本来の設計図では単なる梯子なんだけどね。ドレスでも降りれるように螺旋階段にしてみたよ。
後、この子の役割は兵器じゃなくて移動装置だから、快適に過ごせるように車両が大きめに作られているね」
「ふ~む。それでも外から見た時より狭く感じるですのじゃ。薄暗くてなんとなくじゃがの」
「クフフ、まあね。車輪が大きいからどうしてもそう見えちゃうんだ」
照明を点けながらエミリー先生は笑った。
照らされたのは、先頭に二つの一人用ソファ。
その後ろには長いソファ。更に後ろには様々なものが置ける収納スペースと、シンプルな造りで構成されていた。
やはりというかソファはエミリー先生の趣味っぽくゴシック調のもので、赤い革が張ってある金縁のものだ。
正面の一人用ソファには、操縦室のように操縦桿や計測器や大量のスイッチなどが取りつけられていて、これが操縦室なのだと分かる。
その子供心を撫でる光景に、ボクは呟く。
「なんかこういうのって見ていてワクワクします」
「くふふ、でしょ?機械は良いぞお!」
ボクは代表として複座に座った。
次いでエミリーも操縦席へ座ると、若干興奮気味に語り出す。
彼女はパチパチと爪を弾くような音を立てて銀のミニレバーを上げる。
その度に色々な種類の計測器が変化して複雑な操作を行っているのだと視覚だけではない何かが感じ取れていた。
格好いいなあ。
つい釘付けになる。
何度も覚えのあるこの状態をなんと呼ぶのだったか。
答えはニョキリと現れた。それは何時の間にやらボクの膝の上に座っていたシャルだった。
「お兄様。エミリー先生に見惚れすぎなのじゃ」
「ああ、それだ」
子供の様に夢中になるエミリー先生は無邪気さと妖艶さと凛々しさのギャップに惹き付けさせるものがある。
その不思議なバランスに美しさを見出し、正に『見惚れ』ていのだろう。
自分ほど自分の事はよく解らないものだ。
これはボクだけの気持ちなので、よく分らないよとシャルは小首を傾げる。
今まで操作に集中していたエミリー先生が察して少しだけ微笑みを交わす。
「何がなのじゃ?」
「なあに、単なる若気の至りさ。気持ちの言語化に悩んでいてね」
「ああ、確かにそういう事ってよくあるの」
納得の感情。
されどモヤモヤを隠し切らない彼女は己の顎を撫でて頷いた。
さて、下から見ている時は気付かなかったが、正面と側面にそれぞれガラスが張っていて、下で商人達が此方を見上げているのがよく見える。
こうした格別の視点から見下ろしていると悪の組織の幹部にでもなった気分だ。
ならばペットの猫を膝に乗せて撫でるのがテンプレといったところ。なのでシャルの頭を撫でる。
とはいうものの、シャルの頭を撫でるのは何時も通りなので、今日はより一層気持ちよくなれるよう努力しながら撫でてみよう。
痛くならないよう、リラックスできるように。ついでに読心術も使って気持ち良くなるポイントも探りながら。
するとシャルがお風呂に使っていた時の様に身体を此方へ委ねて来た。成功だ。
これでプロのマッサージ屋さんでもやれる気がして、謎の自信が付くのだった。
やるつもりはないのでシャル達限定だけど。
「ふう……。後は悪の幹部らしくサングラスでもあると完璧かな」
「それこそ何の話だよ。まあ、あるけどさ」
後ろの長ソファの上。
ドレスが皺になるのも気にせず、寝そべって耳を躍らせながら頬杖をかくのはアセナである。
彼女は此方へ玩具のサングラスを放り投げてきたので、素直に受け取った。
「なんでこんな物が……」
「知らね。アタシの寝てるソファの後ろの収納スペースにあった」
「ふ~ん?」
「ああ、それを入れたのは私だね」
そこで一声上げたのは隣で車両の調整を行っていたエミリー先生だ。
「これからルパの町に行くにつれて途中で何も無いのは退屈だと思ってね。
色々玩具を置いておいたんだ」
「それはそれは。なんというか、ありがとうございます」
「くっふっふ、どういたしまして。でも実際に遊ぶのはもう少し待っててね。
こうも人が多いと、もしかしたら窓から見られる可能性もあるし」
「はい、了解しました」
優しく言われたので次期当主らしい微笑みを作り直して畳んだサングラスを摘まみながらエミリー先生に手を振る。
彼女も彼女でこちらに柔らかい視線を送るだけで、抱き付くような事はしない。
ついでにアセナも姿勢を正した。面倒くさいオーラは抜けていない。
シャルが膝の上で少し不安そうにしていると、ボクは安心させる為に声を落とす。
「これはこれで身長的に見る側からは栄える絵だから、シャルは後ろに行かなくても大丈夫だよ。
下半身が見えないと立派に見える不思議ってやつさ」
「う、うむ。お兄様を困らせていないのなら良いのじゃ」
「ああ。ありがとう」
シャルは赤面する。
それに合わせたかのように計測器の針が動き出した。
溶液に浸さた魔石が石炭のように熱を生み出しているのだ。
「さてアダマス君。折角だし抜き打ちテストだ。
今は魔石からの熱気が煙管を通っている状態な訳だけど、その後はどうなるのかな?」
珍しく教師らしい事を言った。
「えっとですね、高熱の煙管がボイラー内の水を蒸気に変えて蒸気管からピストンエンジンに蒸気を送ります。
……と、なあこんな所ですかね」
教科書通りの内容をエミリー先生に言うと、彼女は頷く。
「まあ、70点って所かな。
蒸気に混ざった魔力が魔骨へ作用する所とか、人型故に複雑化した蒸気管もあれば100点チャンピオンだった」
「むう。だって授業で聞いてないですし」
「くふふ、そうだったね。ごめんよ。それではウルゾンJ、しゅっぱーつ!」
鼓動のような揺動。
背中の煙突から汽笛が上がって、動輪が回る。
石畳の上を履帯が踏みしめ巨体が進む。
この光景は今日の新聞で大きく取り上げられる事になり、今後、広い地域で長く使われる事になるのだった。
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