↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/666

80 あんま親しくない関係なのに、突然重いプレゼントを渡されて口説かれても困る

 やる事が無くなってから待機用のベンチで待つのみとなったアセナは、ボゥと瞼を半分閉じると目に痛みを覚えていた。

 擦ると指には赤い毛が一本付いている。

 アダマスに長いとよく褒められた睫毛なのに、少し鬱陶しかった。


 溜息を付いて上を向き、ふと昔を瞼の裏側で思い出す。


◆


 七年ほど前。

 自国の勢力争いに敗れ、放浪の身となっていたルパ族をパノプテス家が受け入れた時だ。


 はじめは幼いながら、純粋に幸福だと素直に喜んだ。

 これでみんな揃って過酷な旅の途中で欠ける心配もなく温かい暮らしが出来るんだと思った。


 しかし現実とは思い通りにいかないものだ。


 受け入れから暫く、族長だった父の側近の白髭を蓄えた男が、定期的な報告をしに訪れていた。

 保護下にあるというのに彼は旅の時と変わらずボロ切れのマントに身を包んでいる。


 思い描いた温かい部屋にアセナ一人のみが座り、彼と向かい合っていた。


「血の匂いが濃い。そしてまた、怪我が増えたね」

「姫には心配をかけてばかりで……誠、面目ありませぬ」


 首を横に振る彼の狼の耳は、半分が欠けて眼の片方が包帯で覆われていた。

 対しアセナは優し気な微笑みを浮かべる。


「ううん。こんな事に簡単に引っかかったアタシも悪いんだ。皆の精神状態も限界だったし。

それにしても、完全に奇襲の爺やに一太刀入れるなんて、今回の相手は優秀な戦士だったんだな」

「いえ。それが戦士ではないのです。なんと行商人でした」

「へえ?だったら元は名のある冒険者だったのかも知れないな。

失礼な考えかも知れないけれど、実際に会ってみたかったものだ」


 そこで男は益々顔を曇らせ、険しい表情を浮かべた。

 何事かとアセナは片眉を上げる。男は懐に手を入れ、少し使い古されたハンカチに包まれた一つの球体を取り出した。大きさはビー玉ほど。

 それは照明に当てられ金属光沢を放ち、どこか機械染みていた。


「それは?」

「はい。最近、当主様の客人と接触する機会がありまして、渡されたものであります」


 当主様とはパノプテス家当主であるアルゴスの事だ。


「このハンカチに染み込んだ臭いを持つ者が、お嬢様の元にやってきたら、この『義眼』を渡すようにと。

オーパーツの一種らしく、神経の接続などは触手が伸びて自動的に行ってくれるそうです」

「騙されたばかりだというのに胡散臭い話だね。で、それとさっきの話で何の関係があるんだい」

「実は……先ほど言った凄腕の行商人の娘の臭いが、正にこのハンカチの臭いなのです」

「……マジ?」


 アセナは少し青い顔でハンカチを受け取ると、軽く臭いを嗅いだ。

 何か陰謀染みたものを感じる。


 ルパ族に与えられた仕事は確かに『山賊』という汚れ仕事だが、実は続きがある。

 『特殊な因子を持つ魔力』を持った女を嗅ぎ当て、拉致するというものだ。


 暫く彼女が此処に居て思った事がある。

 ルパ族が酷使されているのは、本当は『特殊な因子の魔力を持つ女から子宮を取り出す事』であって『風俗業で富を得る事』でないという事だ。

 寧ろ風俗業は副産物に過ぎないと、根拠は無いが考え始めていた。

 特にアルゴスが「風俗業で子供を産まない為だ」と言って、子宮を無理矢理摘出している事に引っかかっるものがある。

 そこに魔力の選別は必要ない。


 そしてハンカチの臭いは、件の因子がベットリと染み付いていたものだった。


「これは、勢力争いをしていたあの頃と似た感じするね。

間違いなく裏で此処と何かが争っている。取り敢えず、待つだけ待ってみようか。

上手くいけば逃げられるかもしれない。

これからやって来る若い娘を親の仇のアタシ達が利用するのは物凄い汚点だけどね」

「ハハッ!」


 子宮を摘出されて、右眼を奪われた黒髪のメイドがやってきたのは直ぐ後の事である。

 彼女の名前を、エミリーといった。


◆


「アセナ。ねえ、アセナ……」

「んあ?」


 応接室の扉の前。

 腕を組んで腰掛けるアセナは目を瞑っていて、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。

 まるで悪夢を見ているかのようである。


 ボクは彼女の頬に手を触れて傷つけないように声をかけていた。

 自分でも何時声をかけていたのか分からない程、自然な動作だった。


「ああ、アダマスか。悪いわるい。待ってる間に寝ちまったようだ」


 目尻を擦るアセナの言葉は明らかに嘘である。

 その後、ボクの後ろに立ち義眼を光らすエミリー先生を見て少し視線を逸らした。

 ボクは更に一歩踏み込み、シャルがやっているように彼女の膝へ座る。


 こうすればボクを見るだけで良いんだ。


「良いよ。それより、そっちの話は纏まったのかな?」


 話題転換の質問。

 聞かれたアセナは一拍置いてボクの身体を後ろから抱く。次に元気な表情を作った。


「ああ、迷惑を謝るついでにケルマの野郎に告られた。

『寵姫の待遇で貰っている金よりずっと金も出せる。ルパ族の仲間たちにも独立した最高の土地を与える。私と結婚してくれ』ってな」

「は~。それで、どう返したんだい?」


 彼女は手の平をボクに見せて指をニギニギと開閉させてみせる。

 先程よりも何処かすっきりした目付きをしていた。


「突き出された金を投げ返して平手ではっ倒してやったよ。

『金と物だけあればどうにか出来ると思って口説いているのかい。アタシの愛も安く見られたもんだ』って言ってな」


 危ない事をカラカラ言ってのけた。

 ま、良いか。アセナは元気になったみたいだし。


 因みにボクが【寵姫】の筈のアセナと本格的に身体の関係を持ったのは、去年の一回のみだ。

 更にアセナは必要以上に権力も賃金も貰っていないし、ルパ族も小さな町に集まっているだけで富も権力も求めてはいなかったりする。


「っていうかなんだい、その顔は。少しはアタシが寝取られる心配くらいしろっての」

「ん。別に心配してなかった訳じゃないよ。

でも、それよりもアセナを信じる気持ちが強かっただけさ」


 言うと彼女は顔を綻ばせてボクをより強く抱き寄せた。

 なのでボクは頭を彼女の身体に擦り付けるのだった。ぐりぐりと。


 ボクを撫でるその手は、少し冷たかったが、じんわりと内側が温かかった。


読んで頂きありがとう御座います。


宜しければ下の評価欄をポチリとお願いします。励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。