621 しあわせ家族計画
「実のトコ、今のフォウって何時殺されるか分からんのよ」
アセナはそう言った。
暗部でありルパ族族長の彼女は、今回の事件についてボクの知らない事を沢山知っているのだ。
お風呂場。
女神像の抱える水瓶からドボドボとお湯が注がれる。
彼女はボクを後ろから抱いて、お湯にのんびり浸かる。
そんななんとなくな行為の最中の事であった。
ボクは顔を上げてアセナを見た。
「と、いうと?」
「人っていうのは上手くいかないと原因を探すものさ。
で、今回負けたのは怪しい女の口車に乗ったフォウのせいだっていう声が多い」
「実際その通りなのでは?」
「まあなあ。
でも、そんな口車が無ければ戦もしてない、流されていただけの連中がよく言うよ。
結果論に理屈をつけるなってんだ」
アセナの眼はドライだった。
色々と恨みはあるけど、それらが一周してバカバカしいと呆れている時の眼だ。
「で、アイツは自分を守れないから暗部に守られながら領主館で生活をするって話になった訳だ。
ほとぼりが冷めて、ついでにある程度此方の社会を学んだら適当な理由を付けて王に戻す予定だそうだ」
「もしかして、結構長い目線の話?」
「まあ、年単位の話だしなあ。
生き死にに関する恨みを払拭するのは難しいもんだ」
そう言って彼女はボクの頭をクシャクシャと撫でた。
癖の付いた髪はお湯でも直ぐに戻るが、そういうところを気に入っているらしく何度でも撫でてくる。
「そういえば、タカラの死体はどうなったのかな」
「火葬した遺灰を大平原に埋める事になったよ。
場所はリン族の、フォウとタカラがはじめて会った場所だってね」
「ヤクモからは何も言われなかったの?」
「びっくりするくらい何も無かったな」
アセナはボクの身体をひょいと持ち上げると、髪を洗う為に洗い場へ。
ニュルとシャンプーを手の平に出し、ボクの髪を洗いはじめる。
何時もはボクが召使の如く洗う立場なのだが、今日はボクが現れる側らしい。
「アイツ等は良くも悪くも今だけを楽しむ享楽的な思想なんだよな。
楽しむだけ楽しんで、死体は道端にでも放っておけって感じでさ。
まあ、そういう世界で生まれたのだから向こうにしちゃそれが普通なんだろうけどさ」
戦争の最中は、明日が来るとは限らない。
だから今を精一杯楽しむ。
正論ではあるが、極限まで達するとああいう怪物が生まれるのかあ。
「だから全部フォウが決めた。
でも、まだ大平原に行けないからずっと手元に遺灰を置いている」
「あれ?埋めたんじゃないの?」
「あっはっは、引っ掛かった。まだ予定の段階さね」
「ああ~、確かに意味が二つ取れるやつだ。
ワザとだね」
「うん。言葉遊び大好きだし」
彼女はシャワーを使って、ボクの髪の泡を流し始める。
自分の尻尾でも扱うような、丁寧な動作だった。
後から聞いた話であるが、獣人の女が尻尾を大切に手入れするのは、このように夫の髪を綺麗に洗えるアピールという意味合いもあるそうだ。
尻尾は常に外に出ているので、尻尾を綺麗にしている女はモテるという事だな。
髪にフェチを感じる部族なんだなあ。
「そんな訳で、タカラの墓を作る為に脱出できるよう頑張っている最中さ」
「でも、父上に脱出させる気は無いんだよね」
「だな。だから先ずはそれに気付き、何か別の方法をプレゼンしなければいけない。
それも『王様』に最低限求められる能力さね」
この回りくどい勉強方法。
ボクの領主教育に似ているなあ。
もしかしたら来年ボクが旧都の代官になる時に、一緒に付いて来る展開もあるかも知れない。
個人的にはイヤだけど。
「それで、トレカの件はどうしたんだい。
ビーム砲の直撃で灰も残らなかったそうだけど」
「あれは大使館建設予定地に、立派な石碑を建てておいたね。
ヴァン爺が監修して作った、大平原の流儀に則った立派な物さ。
そういう宗教的施設を絡めた方が大使館を壊されるって懸念も少なくなる。
政治と宗教はあまり絡める物じゃないけど、感情で動く人民達には丁度いいものさ」
ボクは泡の付いた手でアセナの尻尾を撫でた。
ペットを宥めるように。
ペットとはイヤな言い方であるが、ぶっちゃけ彼女は自ら効果のない首輪を付けていたりボクからそういう扱いを受ける事を好意的に思っている節がある。
性癖なのだ。
「それだと戦士である彼の行動に触発されて、大使館が蜂起を起こすのでは?」
「一応、『古き存在として王国に爪を向ける最後の一人となる事を望んだ』とは書いておいたから大丈夫とは思うんだけどねえ。
真実ではあるし」
「ふうん……。で、それはアセナの政治的判断のみかい?」
「分かっている癖に」
「だね」
彼女はタオルを使い、ボクの身体を隅々まで泡立てていく。
「後、ついでにトレ子の方は?」
「死体はミイラ化させて保存になったよ。
辺境伯との交渉に、侯爵様が使うそうだ。
あの人が身内に甘かった責任を問い詰めなければいけないし、トレ子自身の身内に死体を如何にするかの交渉もする。
長い話になりそうだから、その内アダマスに引き継がれるだろうなあ」
彼女はニシシお歯を見せて笑うが、ボクはげんなりと口に無い筈の苦味を感じた。
「めんどくさ……」
「まあ、これは義務であり権利さ。
アタシら獣人は、どんなに不満があっても交渉の場に立つことは許されない。
だからアダマス、お前がアタシ達の為に働いてくれることを期待しているよ。
因みにそれを『可哀想』だなんて思うなよ。
此方の土地に住まわせて貰っている立場なんだから支配者として当然の判断だし、余計な配慮は侮辱になる」
正面の鏡を見ると、アセナの顔は母性的ながらも金の眼に強い意思を含んでいた。
これからも獣人に関する事でトラブルはあるだろう。
そういう時、矢面に立ってくれるのが彼女なのだろう。
ずっとそれが続くのだろう。
そして彼女とボクの子供達が、この領地を支えていく。
獣人で異民族の子なので貴族にはなれないが、これからは貴族ではなく資本の時代だ。
アセナが社長をしている新聞社のように、これからどんどん会社は作られるし、幹部になる人手は必要になってくる。
ああ、ルパ族の次期族長も必要なのか。
いっぱい作らなきゃなあ……。
彼女の頬を、手の平でペトリと触れる。
温かくて、まるで皮膚がくっついたようだった。
ずっと一緒だよ。
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