619 ゴールイン
最終コースは小細工無し。
ゴールまでの一直線。
つまり、バイクでは絶対の有利を誇るステージの筈だった。
それなのに、フォウがボクと『並走』していた。
──えっ?
ボクは先ず、そう思った。
「ク……ククク……最後まで楽しもうではないか!アダマス!」
馬が速い。
バイクの速度に迫る程度に、とんでもなく速い。
今までは本気でなかったかといえば、そんな事は無い筈だ。
後ろのアセナは驚いているボクを流し目で見て笑う。
周囲を盛り上がらせる曲を弾く。
「ふふふ、アダマスは何時もツメが甘い」
「なにかボクにミスが?」
「いいや、完璧さ。花丸だと思うね。
しかし馬とは生き物だ。
重要なのは、生き物には限界が無いという事さ。
さて、生き物が気軽に限界を超すにはどうするかな?」
そんな魔法じゃあるまいし……あっ。
気付き、肌の感覚を尖らせる。
やっぱりだ。
ピリピリと魔力特有の波動を感じた。
間違いない、馬が『肉体強化魔術』を使っている。
そしてボクが読心術を使える程感覚が敏感だから分かるのだが、魔力波動は二人分。
フォウと馬の魔力が共鳴しているのだ。
「うおおおおお!」
フォウが叫ぶ。
すると馬もフォウに応えて更なる魔力を放出し、二人分の魔力が溶け合い更なる力を生む。
まるで複数の魔骨を合わせて力を上げる、錬気術の蒸気機関ではないか。
並走の状態から更に『加速』し、バイクを追い抜こうと距離を詰めてきた。
やばい、このままだと抜かれるぞ。
アセナが音を奏でながら、ゆったりと話す。
「人馬一体という言葉がある。
馬術の奥義で、騎手と馬がまるで一つになったかのように息が合い動く状態の事だ。
その境地に辿り着いた時、騎手の魔術を馬がトレースするという事は稀にあるのさ」
「馬術についてある程度学んだけど、そんなの知らない……」
「世の中ってそんなもんさ。
例えばこの国は大平原の壁走りについても研究が浅いし、ワーウルフの体質の認識についてもいい加減だ。
一部の本では『ロングソードは切れ味ではなく、重さで叩き切る武器』なんて出鱈目が飛び交っているくらいだ。
自分の知らない事が身近にあるものなのさ。
つまり外に出て、自分の足で真実を求めるのは大切という事だな」
弦を鳴らし一拍。
「さてさて。
今、新たな知識を得たアダマス少年はどうするつもりかな」
「むむむ、エミリー先生を信じる……いや、待てよ?」
ふと脳裏を、錬金術士街を走っていた時に拾った言葉が過ぎる。
──蒸気の水そのものにも特殊な錬金試薬が……。
その仕組みをボクは知っている。
領都初の巨大ロボットウルゾンJ。
あれもエミリー先生の作品だ。
フレームが魔骨で出来ている他に蒸気管内に術式を刻んでおり、錬金試薬で形成された蒸気そのものを操る事が出来る。
以前にボイラーを止めつつ蒸気だけを動かして機体を動かすなんて芸当もやってみせた。
このバイクもエミリー先生の作品であるなら、やってみる価値はある。
勉強は得意なので、このバイクの構造自体は既に頭に叩き込んである。
大切なのはイメージ。
ボクもこのバイクのパーツの一つであり、バイクもまたボクの身体の一部である。
蒸気管は血管であり、二つの魔力を一つとして動かす。
何気に柔術の訓練でよくやった事だな。
相手と己の身体を一つと捉えて、相手を意図せぬままに動かすのだ。
「うおおおおお!」
魔力放出!
ブオンブオンと、マフラーから強い蒸気が溢れて車体を前に出させる。
身体としてはぎこちないけれど、いけるじゃないか。
隣でフォウがニヤリと笑ったのを感じた。
後は強い力を出せた方が勝つだけだ。
「お兄様―!頑張るのじゃー!」
シャルの叫ぶ声が聞こえた。
今回はアセナとの結婚式なので、正妻である彼女は大手を振ってボクといちゃつく事は出来ない。血筋が良すぎるから、出しゃばるとアセナの存在が霞んでしまうのだ。
それでも一切の嫉妬は無く、影から健気に応援してくれる。
ああ、負けられないなあ。
ボクを信じる人達の為にも。
ボク等は二人とも、正面から叩きつけられる風圧を身体で切り裂きながら全力で走った。
そして──
◆
『レースの勝者は、次期侯爵アダマス・フォン・ラッキーダストである!』
お爺様の声が、伝声器から街中に響いた。
周りも大きく声を上げる。
大袈裟にはしゃいだり、残念がる人々も多数。
そういえば賭けのオッズは、馬社会という事でボクが甘く見られていたんだっけ。
ざまあないな。
シャルもキャッキャと、エミリー先生と喜んでいる。
かわいいな。
それでやっと、ボクはゴールしていたのだと気付く。
ゴール地点を吹っ切った後にブレーキをかけて止まった事は朧気ながら覚えているのだが、その先が夢のようにあやふやだ。
難しく考えれば魔力の使い過ぎなど思い浮かぶが、単に夢中になり過ぎただけと思った。
それだけ夢中になったのだ。
何も失わない、必死になる必要なんてないのに不思議な物だ。
これが、結果よりも過程を楽しむという感触なのだろうか。
フワフワとした感触のまま、手には鞍を持たされた。
持たした本人──アセナは言う。
「ほら、掲げな。
勝者の権利だ。
ていうか、そうでもしないとこの祭りの終わりに格好がつかない」
「あ、ああ。そうだったね」
両手で豪華な鞍を持ち、高々と上に掲げて見せた。
お爺様の声が響く。
『今日は王国史に残る記念すべき日である。
我々とルパ族。
そして新たな獣人諸君とも友人となれた。
今、我々は争いの歴史から大きな一歩を踏み出したのだ。
皆の者よ、この『ゴール』と共に盛大に彼等を祝福しようではないか!』
ワッと押し寄せるような拍手が巻き起こった。
そして隣のアセナが突然キスをしてきた。
ええ、人前で何を突然。
すると彼女は困ったように微笑みを浮かべる。
「なに、鳩が豆鉄砲を喰らった顔しているんだい。
今日は結婚式の最終日だろ。
キスで締めて当然じゃないか」
ああ、そういえばそうだった。
長くなっちゃったなあ。
まあ、ルパ族の結婚式も宴が続くものだし、いっか。
ボクはフウと息をつき、背中をアセナに預けて頭を胸に埋める。
彼女はギュっと抱き締めた。
「あ、因みに今夜は寝かせないから」
そしてボクはこの夜、精をたっぷりと搾り取られる事になる。
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