57 月が綺麗ですね
錬金術店を月光が照らす。出て来たばかりの光はぼんやりとしたものだ。
店の前には子供たちが横一列になって、手を振っていた。
「またねーっ、シャルちゃん!」「元気でねー」
「おお、また遊ぶのじゃ!」
錬金術店を去るボク等……特にシャルに対して子供たちが惜しむように別れの言葉が飛んできている。
あの後、揉みくちゃにされつつも生来の明るさでシャルは沢山の友達が出来たのである。
同世代の友達だったのでボクも嬉しい。
しかし、その裏でモヤモヤとした感情が心の奥にあった。
察したのか、道案内のエミリー先生がボクの方へ顔を覗かせ、聞く。
「浮かない顔をしているね」
「……はい。なんか偽善者になった気がして」
パーラがボクの事を『エミリーの弟子』と紹介する前に、エミリー先生が言葉を遮った事に内心感謝してしまう自分が居た。
「偽善者?君がかい?」
「はい。
錬金術士としての信用を得るだけなら、何も学園都市に入学する必要はない。
此方で機関車の監督をしているエミリー先生の教育を受けた者として、ラッキーダスト家で運営している工場なんかに就職させる事は、ボクでも十分可能な範囲なのです。
でも……」
その直後、エミリー先生の人差し指がボクの口の縦に立てられる事によって止められる。
彼女はにこやかに「シー」っと囁いた。
「クフフ、そうかい。でも、だとしたら私だって共犯で、偽善者で、君に感謝しなければいけないな。
何故なら私はその分、本格的な講師として自由を裂かれる事になるのだから。
それでは此処に研究所を作ってのんびりしている意味なんてないじゃないか。それなのに子供を引き取る方が責任のない偽善じゃないかな。
まあ、辞める気はないけど」
読まれていたか。
ついでにエミリー先生と一緒に居られる時間が減ってしまうとか、あの子供たちにエミリー先生が取られてしまうのではとも、小さな事を考えてしまっていた訳だが、そこら辺は口に出さないようにしておいた。
彼女は腕を後ろに回して腰で組んで、上を見る。
「大丈夫だよ、あの子たちは『施し』を受けて喜ぶような人種でもないから。
だからこっそりと、パーラちゃんにアダマス君の事を言わないよう言っておいたしね」
「そうですか、助かります……そして、すみません。
自分でもあの発言は軽率でした。弟子になりたいって人が大量に押し寄せるかも知れないっていうのに」
ボクは下を向く。
なのに足元の光景が記憶に残らない。よく考えられない状態だったからだ。
エミリー先生はボクの頭に手を置いて、ゆっくりと上に向かせた。
彼女の艶やかな黒髪が月光に栄える。
ボクは自身の心の、絵も知れぬ何かが鼓動のように動くを感じた。
「だ~か~ら~、難しく考えない。悪い癖だぞ」
「え、ああ、すみません。あの……」
「なんだい?」
「月が、綺麗ですね」
「……そうだね」
互いに並んで月を見上げる。
周りは此処に住む人種の都合なのか、意外と静かなものであった。
そんな中で、ふと何かを思い出したかのようなシャルが声を出す。
「なーなー、お兄様。エミリー先生。
そういえばこの錬金術士街って、明らかに武闘派でない錬金術士が荒くれ者と物凄い近い位置に住んでる構図になる訳じゃが、その辺大丈夫なのかの」
「ふーん、シャルちゃんはどう思うかな」
「むう。パーラみたいなのに依頼を出して護衛してもらう……とかかの?」
「なるほど。
でも、それだと冒険者でもないから規則に縛られていない護衛が裏切ったり、マッチポンプなんかで不当に金額の水増しなんかをされないかな?」
「むむっ、確かにっ……実際の所どうなのじゃ」
ギブアップか。まあ、分からないものは仕方ない。
此処はボクが答えようか。
「『あの時』のローブを被っていた男の人みたいな、現地民に潜んだ警察がいっぱい居るのさ。治安の悪さ的に、結構な精鋭がね」
「ああ、成る程の。でも、それじゃったら、そのコストを別の事に使った方が良いんじゃないかや?例えば、路地裏やスラムなんかの環境を良くしたりとか」
おや。珍しくシャルが面白い意見を言ったね。
あの子供たちに関わった事で不満なんかを聞いた影響かな。良い傾向だけど、ちょっと甘いな。
「もう少し時間が経って、スラムの住人達も新しい時代の常識に適応出来るようになれば良いんだけどね。今の民度じゃちょっと難しいかな」
「そうなのかや?」
「そ。入れ物を作っても人種が合わないって事さ。
だったら初めからスラムとして作り、信用に足りる精鋭からの報告に合わせて、人の心の変化からゆっくり開発計画を進めていった方が無理はない」
「ほへ~、なるほどなのじゃ」
そんな事が出来るのかと問われれば、それはもう人を信じろとしか言えない。
でも、ボクは遠い未来ではないと信じている。
だって此処にはエミリー先生が居るし、パーラも居るし、ボクをこれから支えてくれるシャルだっている。
「さ、着いたよ。ここからは駅前の市の通りだ。
真っすぐ帰るんだよ」
「はい、有難う御座います。先生」「また今度なのじゃ!」
太い通りに入ると、魔力灯によって照らされる沢山の屋台がチラホラ並んでいるのが見えた。
こんな時間だというのに、やっている店があるのは結構元気なものだ。
おや、アレは仕事帰りの商人かな?
彼らは『おでん』という名前の煮物を、屋台で酒の肴に食べていた。
読んで頂きありがとう御座います