58 ふたりの父親
帰る時はすんなりと帰れた。
シャルとどんな会話をしていたのかはよく覚えてはいないが、それが感情任せなのに嚙み合っていて、だからこそ楽しかったのはよく覚えている。
瞼亜を閉じればその時のシャルの笑顔と無数の星が浮かぶ光景を、何時でも反復できるようになる。
そんな帰り道だったのだ。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま。お嬢様」
気付けば聞き覚えのある柔らかい声が浴びせられていた。
ハンナさんがボク等二人の前に立っていたのだ。
どうやら楽しいお喋りを過ごしているあっという間の時間に終点たる外門まで辿り着いてしまっていたらしく、その迎えとの事。
なんで帰ってくる丁度のタイミングが分かったのだと聞こうと思ったのだが、ハンナさんは昔からそういう人だった。
それに、もしかしたらずっと門の前で待っていてくれていただけなのかも知れない。
そう思うと申し訳ない気分になり、敢えて深くは聞かないようにした。
「ただいま、ハンナさん」
「うふふ。良い顔をいていらっしゃる。何か発見でもありましたかね」
「うーん、発見というか……ちょっと実際に外を歩いてみて変わらなきゃいけないとは思ったかなあ」
「あらあら。それは立派な発見ですわあ」
流すように会話をしつつ、騎士を象ったドアノックをが回された。
注意深く見た事は無かったんだけど、このドアノックってかなり細かい細工なんだなあ。それに、柵門も自分の脳内のイメージより大分大きい。
普段上から見るだけじゃ気付けなかったよ。
外門から主通路へ渡りそこを三人で歩く。
そうして館の中に戻ってきた訳だが、ボクは直接自分の部屋へは足取りを進めなかった。
シャルは首を傾げ、ボクはなんとない口調で返す。
「どうしたのじゃ、お兄様。お兄様のお部屋で一緒にゴロゴロせんのかや?」
「う~ん、ボクって一応今回のデートさ。領地の視察と市場調査って事になってるから父上にちょっと連絡しなきゃいけないんだよね。
だからちょっと先行って待ってて欲しいな」
「ああ、そういえば言ってたの。分かったのじゃ」
そこに待ったをかけたのはハンナさんだ。
「ああ、それでしたら少々お嬢様を借りますわね」
「え、なんか用かや?」
「はい。朝に作った栞のついでに、用意させて頂いたものがございます」
「ふうむ……」
不安そうにボクへ視線が渡る。
離ればなれの状態で、ボク以外の人と二人きりになるのが不安らしい。
「大丈夫だよ。なんか気になったら後でボクに言ってくれればね」
「そ、そうじゃの……では、行ってくるのじゃ!」
そうしてハンナさんに連れられるシャルを見送った。
さて、ボクもちょっと行こうか。あんな事を言ったけど、実際はちょっと違う。
一世一代の大勝負だ。
◆
一方、領主の部屋の領主の席にて。
腕を後ろへ回たゴートは、天井にぶら下がる小さなシャンデリアを眺めていた。
魔灯の煌めきが網膜に映る。
何も考えていないように見えて、やはり何も考えていない彼の脳裏を、直感として過ぎるものがある。
それは、シャルを猶子にする切っ掛けの『シャルロットの母親の葬式』に学生時代の友人として呼ばれた日の事であった。
原因不明の病だったらしい。未知の遺伝病の一種とも言われていた。
ある日突然倒れて、あっという間に衰弱していき、そのまま還らぬ人となったそうだ。
治療にはフランケンシュタイン家全ての技術を以て手をつくしたものの駄目だったらしいから相当だ。
客人をもてなす宴は案外普通だった印象を受けている。
寧ろ、その時のバルザックは教科書通りの礼節に則って、何時もより『ちゃんとした』貴族をしていたものだ。
(ああ、ありゃ感情を殺しているな)
普段のバルザックを知っているゴートは感じ、この後に色々あるんだなとは直ぐに思い至った。なんせ自分だけ後で個室に来いとも言われているからだ。
そうして、大きく豪華なシャンデリアが吊り下げられた個室に招待されたのである。
個室といってもバスケットボール場程度には広いが、そこには妻も子供も使用人すら居ない。
只々ポツンと中央のテーブルに、ソファーに座ったゴートとバルザックが向かい合っているだけである。
大きなシャンデリアが寂しさを更に強調する。
まるで、独りぼっちの箱庭だった。
バルザックの顔色は良くない。先程の宴では無理をしていたのだろう、大分ストレスが溜まっている様子だった。
彼自身が淹れたのであろう、不味い茶を飲み交わし、「身分差が混ざる格式ばった会話が嫌で個室に移した」だの他愛ない雑談をして、題に入る。
「それでバルザック、これからはシャルロットちゃんに少しは愛情を注いでくれるのかな?」
ゴートはキツい眼でバルザックを見る。
娘が産まれたと聞き、前々から小耳に挟んではいたのだが、その内容は酷いもので愕然としたものだ。
他家の方針とはいえ、出来る範囲でなんとか出来ないものかと手紙は送っていたのだが、改善される気配もない。
それでも諦めずどうにかしたかったのは、目の前の男と友達だったからか、自分が一人の父親だからだろうか。
「いや……出来ない」
「は?」
「と、いうより私にはどう娘に向き合って良いか分からなくなってしまったんだ。
だからゴート。最も信頼できる友人として、君に娘を預かって欲しいんだ」
「ふうん」
「「……」」
一拍。そして沈黙が訪れる。
「そうかそうか……って、ざけんじゃねえぞコラ!」
ゴートは直情のままに殴り飛ばしていた。
バルザックの頬に拳がめり込み、ソファがひっくり返って身体が少し吹き飛ぶ。
「てめえそれでも父親か!
バカ野郎とは思っていたけど、ここまでの大馬鹿野郎だとは思わなかった。失望したぞ!」
するとバルザックがムクリと起き上がり、口から垂れた血を豪華な服の袖で拭う。
「ああそうとも!私は大馬鹿野郎だ」
奥歯が折れて口内も少し切れた為か、血は止まらなかった。
それを理解すると、構うものかとそのまま血を唾液と一緒に飛ばしながら叫んだ。
血がまるで彼の『生命』そのもののように。
「理想通りの妻を作ってみたら日に日に人形にしか見えなくなった!
しかし大馬鹿者の私は予測範囲外の行動を取られるのが怖くて結局人形のまま縛り付けていたんだ!
だと言うのにっ!不安要素しかない子供は作るときたものだ。笑わせるよな!ホントに笑い話にしかならんっ‼」
今まで押し殺していた感情を勢いよく吐露していく。
「愛情を注ごうにも私の信じる物なんて、積み重ねてきたデータくらいだ!
ならばデータ通りのものを注ぐのが愛情でしかないっ!シャルロットも実績のあるミュール辺境伯のメイドに預けるのが最良と結論付けた!君の手紙を読んでいて、内心は間違っていると感じつつだ!
だというのに、それが覆されてしまったんだ!
データ通りに作った筈なのに私が間違っていた事が証明されてしまったんだ……。
完璧に作った筈なのに、崩壊現象を起こしてしまっていた……」
バルザックはトボトボとした足取りでソファーに戻り、不味い茶を一気に飲んだ。
口から流れる血が消えている。
どうも薬膳茶としての能力は高かったらしく、ゴートは「バルザックらしいな」と思って話を真っすぐ聞いた。
「するとどうだ。私は、私の愛を信じ切れなくなってしまった。
妻と瓜二つ。しかも本物の感情を持つシャルロットを見ると、どう接して良いか分からなくなる。
なんかな、不完全に作ってしまった自分に愛される資格がある筈ないのだと刻み込まれてしまったんだ。
そんな娘に人間としての『愛情』を注げる自信がない」
ゴートは一言。
「……怖いんだな、娘と向き合うのが」
「ああソレだ。私では口に出来なかった言葉をありがとう」
バルザックの片目から一滴の涙が零れた。
彼は弱々しい、しかし精一杯の力でゴートの両肩を掴む。
「だから、頼む……お願いします……。
どんなに失望されても良いし、批難してもいい。
でも、私は自分を信じ切れない間違った愛情を、愛しの娘に注ぎたくなんか無いんだ」
ゴートは彼を抱き寄せて背中を叩いた。
「そうかい……。それが、今のお前の愛し方なのかもな。
ならばこのオルゴート、確かに頼まれたよ」
「ああ、ありがとう。本当にありがとう……」
シャンデリアの光の下。
そこには確かに友情というデータで表現出来ない絆が存在していた。
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