59 父との対話
ボクの目の前には巨大な扉があった。
チョコレート色で金色のドアノック。そこに佳麗な金の飾りが下品にならない程度のアクセントとして嵌め込まれていた。
領主の部屋への扉である。
何時も書類をなんとなく出しに行く事で慣れていたと思ったこれは、今のボクにとって、想いに立ちはだかる強大な壁に見えた。
それでもひとつ息を吸い、瞼を閉じて、星空を背景に笑うシャルを浮かべる。
─────大丈夫。ボクならやれる。
ちっぽけな勇気を胸に抱き、ラッキーダスト家の紋章である『真珠を抱く騎士』を模ったドアノックへ手をかけ、それで扉を叩く。
カンカンとヤカンを叩くような、扉そのものの色合いに反して軽い音が返ってきた。
「アダマスです。父上に意見がありまして参りました」
「はーい、入って良いよー」
扉の奥から届くのは、これまた重圧に反して軽い調子の声である。
部屋に入ると、向かい合えるようにテーブルを介し会談用の椅子が置かれていた。
それとは別に扉の正面、部屋の上座へ幅広の机が置かれている。
領主の席だ。
そこに頬杖を付いて座るどこか気の抜けた男こそ、ボクとシャルを巡り合わせた張本人のラッキーダスト侯爵……つまりはボクの父上だ。
父上はボクの顔を見た途端、何かを察したのが読心術で解った。ニヤニヤしている。
しかしボクは相手が何を考えているのかは分からない。
ほんと、名前負けの技術だよなあ。
「意見なんて珍しいねえ。それで、俺の政策の何が不満なのかな?」
白々しい。
こういう状況に持ってきたのはそっちだと言いたかった。
それでもボクは父上と向き合う。
思い描くのは今日一日の光景。いい事もあれば悪い事もあった。それでも、シャルと一緒ならどうにかなった。
だから意見する。
「二件御座います。
先ずは、ミュール辺境伯家の関係者とシャルロットを今後引き合わせる事は辞めて頂きたい」
ボクは指を二本立てる。
父上は口端を吊り上げると、続けろと顎をしゃくった。
「今日一日、兄として『妹』に接して出した結論です。
彼女は『実家』に対し心の傷を持っています。猶子として保護すべき立場にあるなら、原因を原因を近付けさせないべきです」
確定ではないが勝算はある。
先ずは父上がシャルが教育係のメイドからの扱いを調べていない筈ないだろうという信頼。
そしてフランケンシュタイン子爵の性格と政治的事情から技術交換以上の関係をウチに望んでいない実情。
故にミュール辺境伯関係者をフランケンシュタイン家を介してウチへ入れようとする動きはそこまででもない筈。
ならば直接『シャルロットは母親筋である』であるという立場を利用し、直接ミュール辺境伯が干渉してくる恐れがあるが、それを止めて貰う。
そこが賭けである。
父上はリラックスした表情から考えられない程の冷たい目付きで此方を見てきた。
これが魑魅魍魎の中を、城も大規模な軍隊も持たずに生き残っている上級貴族の威圧感というものか。
冷や汗が出そうになる。
「へー。その意味、解って言ってるんだよね?次期当主のアダマス少年」
「ミュール辺境伯は国境に領土を持つ事から王国でも屈指の兵力を持ち無碍には出来ません。
しかし、逆に向こうが此方に非があるような場合、相殺する条件でそれは可能となります。
そして、その条件はボクの成果として其方に渡っている筈です」
今日の帰り、メイドに襲われた事を逆手に取る。
父上は口端を上げ、机の引き出しからミュール辺境伯の新式拳銃を取り出してきた。
次期領主。及びその猶子へ教育係を任される程のメイドが銃を向けたのは、実際に怪我までいっていなくても大きなスキャンダルだ。
ミュール辺境伯の弱味を父上に握らせ交渉をさせる。
「……まあ、合格かな。少しはオネダリの仕方が上手くなったじゃないか」
「有難う御座います」
「ただ、ミュール辺境伯の指示でバレないようにシャルロットに近付く者なんかはプライベートな事だから俺の範囲外だ。分かってるね?」
「はい。だからこそ目の届く範囲ではボクが守ってみせますよ。兄ですから」
父上は揶揄うような苦笑いをして、ボクに教えたコインマジックのように小型拳銃を片手で弄び机の引き出しに戻す。
その時、思ったことがあった。
自分で話題を振ってなんだが、言質とかどうするのだろう。あのメイドは卑怯だけど忠誠心だけは本物だから、裁判に持っていっても口は割らないと思うんだよなあ。
そういえばあそこは錬金術士街……エミリー先生に紹介された薬品って声を保存出来るんだったっけ。
つまり、逆に無理矢理口を割らせる手段があるのなら……。
うん。深くは考えないでおこう。もう終わった事だ。
「良い返事で何より。手腕を期待しているよ。それで、もうひとつのオネダリは何かな」
ボクは自然と姿勢を正していた。
「女を下さい」
「へえ、好きものに育ったものだね。何人だ?」
「二人ですね。先ずはエミリー先生を婚約者にしたい」
「ふむ。家庭教師契約の中に愛人を含んでいるから愛妾としての婚約者そのものは簡単だね。
ただ、侯爵と女準男爵では身分が違いすぎるから、絶対に正妻にはなれない。
子供も産めないから側室に今後なれるかも怪しい。それは本人も承知している事なんだな?」
「……はい。それでもです」
「良いだろう。折角の技術者だがくれてやろう。大切にしろよ」
父上は渡すジェスチャーを向けた。
ボクは頷き、口を開く。
「そしてもう一人がシャルロット。
彼女を婚約者として、しかし妹の身分を解消する事なく迎え入れたい」
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