56 これも一つのゴールイン
合わせて七人くらいだろうか。皆でワイワイとパイを食べる。
気持ちがいいほど食欲旺盛で「あの大きなパイはボク達が来なかったらどうしていたんだろう」という疑問をかき消してくれる。
そして同じ釜の仲というものだろうか、自分の分のパイを食べ切った、ある男の子がボクを見て好奇の目を光らせていた。
男の子といっても、ボクとそう年齢は変わらない。
カスを口の端に付けているのが気になった。
「ところでお前誰?ねーちゃんが連れて来たから新入り?」
ボクが答える前に別の子供がもう一人、彼の後ろからピョコリと現れて話を割った。
今度は女の子だ。
「ええ、違うでしょ~。この子は明らかにアンタと違って身なりも品も良いよ~?エミリー様と難しいお話もしていたし」
「なんだと、身なりはともかく俺の品がないだって!?」
「だってホントだし~。口元にカス付いたまんまだし~」
喧嘩になろうとしたところでパーラが割って入り止めていた。
そして『エミリー先生の弟子』というボクの身分を伝えようとすると、エミリー先生はニマリと笑ってそれを遮る。
彼女は手招きしてボクの肩に右手を乗せて、左手を周りへ広げた。
先端がよく見えるよう、手の平を広げながら
「ああ、紹介しようか。
彼はアダマス君。見た目通り良い生まれの人で、私の『婚約者』だ!」
大きな一言は直ぐに室内中に隙間も残さず広まり、勿論その場に居た子供たちの頭へも入っていったようだ。
ただ理解が追いつかないのか、軽い沈黙が空間を支配した。
そして第一に声を発したのは七人……いや、パーラを含めて八人の子供の内のどれでもない。
そのアーモンドアイを丸くしたシャルであった。
「え、何時の間にそこまで話が進んでおったのじゃ!?」
いやいや、ボクも知らないぞ。
エミリー先生に視線をやると、彼女は任せろとばかりにウインクする。少し安心したが、直後ゾワリと嫌な予感がこみ上げた。
そして予感は当たったらしい。
「ん~っとね、私が14の時だから……七年くらい前かな。ほら、その約束に婚約指輪貰ったし」
彼女は左手の薬指に嵌められた玩具の指輪をシャルにも周りの子達にも見えるよう、よく見せた。
恋愛事に無頓着な癖に、いざ身近な人物がそういう事に関わり出すと急に面白がるのは貴族のサロンも下町の子供たちも変わらないらしい。
沈黙の反動であるかのようにワアと騒ぎ出した子供たち。彼等は両手を無意味に羽ばたかせてエミリー先生に聞いていた。
「エミリー様、結婚するの~?」
「玉の輿?ねえ、コレは伝説の『玉の輿』ってやつ?」
「いやいやいや。エミリー様は下手な貴族よりずっと金持ちだぞ」
「そうかあ、じゃあまさか……身体狙い!?」
男も女もゴクリと息を呑んでボクを見た。
少し軽蔑するような視線を感じるが、豊かな想像の翼を羽ばたかせないで欲しい。取り敢えず、言い訳くらいさせてくれ。
「はあ……まあ確かにエミリー先生の身体は魅力的だけどね。
ボクだってエミリー先生に負けないくらいのお金持ちなんだ。それならエミリー先生に似たような体格の人を普通に買うって」
そう言うと少しだけ誤解が溶けたのか周りのキツい目線が少し柔らいだ。
まあ、完全に嘘でもないけどね。スケベ大好きだし。
それはそれとして、だ。
「その指輪ってそんなエピソードになぞられた品じゃあないでしょう。
確かに当時のボクは5歳で、深く考えるような年齢ではありませんでしたが、自分の意思で結婚を決定できるかくらい理解していた筈ですよ?」
エミリー先生に会ったのはどういった理由だったっけな。
確か、たまには外を見てみましょうと、ハンナさんによって市へ連れられた事があった。
そこで行商人の手伝いを熱心にしている、エミリー先生に興味を持ったからだったような気がする。
何をしているのか聞いてみると、教えるという事が好きなエミリー先生は、ボクに面白そうに教えてくれて、そのまんま仲良くなった……と、いうのが主な経緯だったのだとを朧気な知識の中から繋ぎ合わせて求めてみる。
だから、仮に理解していなくても当時貴族号を持っていなかったエミリー先生とは結婚できない訳で、しようとするならハンナさんが止めに入る筈だ。
思っているとエミリー先生は袖の羽根で泣き真似をした。
「シクシク。先生は悲しいぞ~。
私が出発しようとするその日、私に指輪を渡して『ボクはエミリーとずっと勉強を教えて欲しいんだ。忘れちゃやだよ、忘れないようにこの指輪をずっと持っていてね。だから……また今度ね!』なんて言われちゃったら、勘違いしちゃうって」
ヒラヒラと彼女は左手を動かす。魔力灯の光に反射し、指輪の赤がチカチカ光る。
なるほど。確かに今思うと、そう受け取られても仕方ないか。
ていうか当時のボク、そんな事言っていたのか。
恥ずかしっ!
そして読心術が、エミリー先生の言に誇張が無い事を、ボクへ伝えると余計に羞恥心を掻き立てられる。頑張れボクの無表情。
気付くと周りの子供たちはハラハラした様子でボクを見ていた。
溜息一つ吐く。
ボクは最後に母性と性欲が混ざってしまったという彼女に確認だけ取った。
「因みに、此処の子達には手出ししてませんよね?」
「クフフ、そこら辺は平気だよ。私はアダマス君一筋だから」
「そうですか。まあ、責任はとりましょう。七年越しになってしまいましたが、これからもよろしくお願いしますね。エミリー先生」
彼女は前かがみになる。
なのでボクは、彼女の弾力のある唇へ軽く接吻を交わした。周りが「オオッ」と騒ぐのがどうも落ち着かない。
まあ、ボクとしても彼女が言い出さなければその内ハッキリ言い出すつもりではあったし、これはこれで一つの形かな。
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