100 良い所でお邪魔虫が入るのはラブコメの鉄則
祝・100話で御座います♪((‹( 'ω' )›))♪
静寂が空間を支配した。
抱き合ったエミリー先生の事をもっと知りたくて、彼女の顔を見れば何やら考え事をしている風に見えた。
知りたくないと言えば大いに嘘になるが、向こうが言いたくないなら無茶に聞くべきでもない。
仮にボクが、知る必要がある事であっても、それを語るタイミングくらいエミリー先生なら解る筈だ。ボクは彼女の賢さを誰より信じているから。
「ねぇ、これは隠していた事なんだけど……」
ほら言った。エミリー先生は何かをボクに伝えようとしていたんだ。
ところが、そうしたボクの思惑は外れる事になる。
「あ~、ゴホンゴホン」
意識外から彼女の言葉を覆う咳払いがあったのだ。
発言元は常人枠のジャムシドである。
「お二人さんよ、お熱いのは良いんだ。
ただ、場所をもうちょい選んでくれねえかな。公式じゃないとは言え、ここって会議場なんだし」
「あ……すみません」
何故か敬語でボクから離れるエミリー先生。
それを見て口を入れるのはセリンである。
「ええ~、良いじゃんジャムシド。好きな人と一緒に居れて、仲が良いに越した事はないよ?」
「だけど場所を弁えろって話をだな……」
途中でアセナが身を乗り出して勢いよく手を上げる。
「オイーッス!アタシ、提案!なら皆でおっぱじめて、違和感なくしちゃえばいいと思いまーす!」
「なんだそのピンク色の会議室は!酔っ払いは黙ってろ!」
アセナの口に大量の草が突っ込まれる。
取り出す場所からして、アセナが暴走する事を予測した上で予め用意しておいたらしい。
錬金術の授業で習った、代表的な酔い覚ましや解毒などに使われる薬草である。
イカヅチ草と呼ばれるヨモギ属の一種で、形に特徴があるから毒草と間違える事もなく、比較的何処でも生えるのでサバイバルや野戦、冒険者の活動などで便利な植物なのだが、物凄く苦いのが欠点だ。
あの騒がしかったアセナが口を押さえて悲鳴にならない悲鳴を上げて蹲ったところで、ジャムシドは手を二回叩いた。
「さて。エミリーに敵意がねえってのはよ~っく解った」
彼は立ち上がると出入り口まで歩いていく。
カーテンのように出入り口に使われる布を開いて幕屋の外と中を繋げた。
「なっ!そうだろお前ら?」
外に居たのは、ジャムシドの部下だろう沢山のルパ族達。
どうも覗き見していたらしい。しかし彼らは、それを恥じようとしない。
少しは焦らないのかと思っていると、アセナがボクに寄りかかって、大きな獣耳を動かしてみせた。
酔いが覚めているのかいないのかは微妙なところだが、顔色が悪いのは確かだった。
「ウチらは耳が利くからね。布一枚で遮るだなんて何も防いでないに等しいよ」
「え、じゃあやっぱこの会談は外でやった方が良かったんじゃ……」
「『それだと皆に囲まれてエミリーは本音を言わないかも知れない』……って、連中は自分に言い聞かせているのさ」
「言い聞かせる?」
「そ。つまりは言い訳だあ。
そんで本音は、エミリーの目の前に立つのが怖いだけ~。
あっはっは、良い男が揃いも揃って女一人の前に立てないとか情けねえ~」
言って彼女はゲラゲラ笑う。
やっぱ酔っているのだろうか。
そう思って心を読んでみるとそうでもないのが分かる。
彼女の中にはどんより波打つ薄暗い感情があった。強欲と後悔が混ざった感情だ。
まるで、『己の』罪を告白し懺悔する罪人の気持ちである。
少し深めに考えていると、盗み聞きしている連中が睨んできたのでアセナはわざとらしく口を閉じた。それでも目で笑うのは忘れない。
「あ、その……」
そこで声を上げたのは件のエミリー先生。
彼女は何時の間にやら立ち上がり、外の野次馬達へ視線を向き、言葉を発する。
「こんな私だけど、どうか信じて欲しい。私も君達を理解する努力は欠かさないつもりだから。だから、『仲間』として認めて欲しいんだ。
そりゃ、今はこうして薄っぺらい言葉でしか示せないよ。
だけど私がアダマス君を愛する気持ちに偽りはないのは解った筈だ。なら、アダマス君の不利益になる事なんて出来ないに決まっているじゃないか」
野次馬達は理で圧されて頷く。
だが、その表情は安心したようだった。
ずっとエミリーの恨みを気にしながら暮らしていくなんて嫌だもんだ。それでも簡単に意見が纏まらない事に、治める事の難しさを感じる。
物的証拠があれば、納得し易いものなんだが。
そうした事をしみじみ感じていると、野次馬達が揃って目線を脇へ動かす。
なんだと思えば答えは直ぐに現象としてやって来た。
急いで迫る蹄の音が迫ってきたのだ。
「伝令っ!伝令―!」
声色は慌てていたが、言葉の形は聞き取りやすくて目的を忘れていない。
中々鍛えられた伝令だ。
ジャムシドは口を大きく開いた。
彼は厳ついので、気の弱い人だったらそれだけですくみ上ってしまうだろう。
「なんだぁ!取り込み中だぞ」
「はっ、申し訳ありません。しかし、ヴァン様から緊急での言伝です」
「……ふうん。言ってみろ」
ヴァン氏からという事は、ボク達が話し合いをしている事を、暗黙の了解ながら知った上での伝令である。
彼は腰に手を当てて聞く体勢を取った。
ボク達も近くによって聞き耳を立てる。
「出入の商人が大量の麻薬を所持しているのを取り押さえました」
「麻薬だと?まさかっ!」
「はい。我々にとって忘れる事の出来ない、あの悪名高き『ホワイトジャック』です」
深刻に発せられた一言。
その名前を聞いただけでエミリー先生とアセナは一瞬で反応した。
後で知った話だが、アルゴスが風俗業を営んでいた頃、心と身体が壊れた嬢を催眠術にでもかけたかのように操って無理矢理『再利用』する為に使われていた麻薬だという。
ああ、もう。
皆が手を取り合おうとしている時に、どうしてこう厄介事ってのは舞い降りるかな。
読んで頂きありがとう御座います。
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