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101 この商人は誰の手によるもの?

 緊急ならば仕方ない。


 ボクとしてはもう少しジャムシドの家でシャルを撫でまわしたりアセナをモフったり、エミリー先生とイチャついていたかった。

 やれやれと全速で馬を飛ばして、代官屋敷のある町までとんぼ返りする。


 ここまで急ぐとなると二人乗りは危なくて、ボクとアセナでそれぞれ馬に乗る。

 その後ろをシャルとエミリーといった珍しい組み合わせでウルゾンJに乗り込み、自慢のスピードでついて来るという形になった。


 アセナは馬に乗るとなると直ぐ、キリリとした表情に戻って手綱を取った。

 馬乳酒ってアルコール濃度1%くらいだもんね、やっぱ酔っていなかったよこの人。


 行きと微妙に違うこの景色は、本来なら楽しめる筈なのだが、こうも仕事に絡み過ぎると楽しめない。

 頬袋を作りながら町に入ると、ヴァン氏をはじめとしたルパ族の面々が何かを取り囲んでいるのが見えた。

 気弱そうな青年、そして彼の部下と思われる人達が二人だった。

 青年の年齢はエミリー先生より少し年上といったところか。彼は申し訳なさそうな、同時に落ち着かなそうな様子で地面に座らされている。


 ボクは馬を止めると、高い位置からお堅いご挨拶。返事をするのはヴァン氏だ。


「アダマス・フォン・ラッキーダスト。伝令により参った。で、その人は?」

「おお、これはお早いお付きで有り難い。

こやつは侯爵殿承認の商人を名乗り我が町に『ホワイトジャック』を持ち込もうとした男です。裁定をば、次期当主殿」


 ボクは軽く頷くと馬から降りる。


「ヒッ!」


 足が地面に着いた途端、商人は怯えた様子で目を見開いた。

 なにか後ろめたい事でもあるのかな?ボクは読心術を使って調べてみた。


 結果は、意識がボク達の後ろに集中。

 ウルゾンJが停車して、蒸気を背中から排出し続けている。

 こいつは一本取られたね、そりゃ怖い。


 ウルゾンJから見て外の音はラッパの様な形をした聴音器が拾ってくれるので、巨大な鉄の塊でも声は届くはず。

 ボクは自分なりに大きな声を上げた。普段大声を上げていないから喉が辛い。


「エミリー先生っ!シャル!出てきてーっ!」

「は~い。でも良いのかい?」

「はい。取り敢えず正常な状態で無ければ正常な答えを引き出すことも出来ないのです」


 車両の扉をパカリと開いて頭を出すエミリー先生に、結局は感情の推移しか読めない読心術の盲点を語ると納得してくれたようで、シャルと二人でボクの傍まで歩いてきた。

 シャルはキョロキョロと不安そうにしていたので、ボクに肩を寄せさせる。


 その間にエミリー先生はバインダーを取り出していた。

 この場において彼女は『書記官』になる。


「さて、それじゃ裁定しましょーかね。承認証見せて」

「はいっ!此方になりまひゅっ!」


 商人は慌てながら懐から丸められた羊皮紙を取り出すと、ボクへ直接渡そうとする。

 だからボクはこれを受け取らない。アセナに視線を送ると彼女は「分かってるよ」と言いたげに呆れた表情で、差し出されている書類を脇から奪う。


「あっ……」

「お前は若いから今までこういう機会少なかったと思う。だから言っといてやるけど、一番偉い奴には直接はダメだからな。

特に懐から直接だなんて、銃でも隠し持ってると思われて、その場で殺されても文句言えねえぞ」

「殺っ⁉すみませんでしたっ!」

「ん。分かればよろし~」


 明らかに年上な青年に土下座されるアセナは、馬にもたれ掛かりながら太々しく羊皮紙の紐を解いて流し読みした後にボクへ手渡し。

 こうしてはじめて許可証に触れる事が出来る訳だ。うん、この形式なら作った事あるし、簡単に真偽を確認出来る。


 ハンナさんに教わった確認のポイントとして先ず、用紙と文面と筆跡とサインと印章。これは問題なし。

 ただ、最後の『警察と領主又は代行による裁定が重複した場合、領主又は代行を優先する』って条文があるのはなんだろ?当たり前にも見えるけどなあ。

 取り敢えず最後に、懐から愛用の万年筆を取り出して印章のある部分に触れさせて少し魔力を流した。


「ラッキーダストの血脈よ、形を成せ」


 印章に使われるインク。

 その中に存在する魔力因子とボクの身体の中にある遺伝子情報。それら二つが万年筆という魔骨に反応して、万年筆の紋章が光り出した。

 この手の魔骨は、かつて魔法の杖なんて呼び方もされていたね。


「ん。どうやら本物の承認証らしいね」


 とはいえ、彼が麻薬を持ち込んだ事に変わりなく、無実が証明された訳でもないので書類はまだシャルに渡しておいた。困った顔をしているが、なあにこれも経験さ。

 さあ、これから裁判だ。


 ところでルパ族は迫害の歴史がある為、町は人里離れに存在し、物資で税を収め自給自足を営んでいる。

 とはいえ完全に商人と関係がない訳ではない。

 確かに行商人の様な者達とは取引しないが、目の前の青年のように侯爵から許可を貰った者とは取引を行っている。

 特に主食である小麦が人気なんだとか。


 先ずは彼の荷馬車を確認。

 それなりの大きさのものが三台ある。本来商品を覆う幌は乱暴に剥がされていて、荷台いっぱいに詰め込また葉っぱが見える。


「アセナ、あれが件の麻薬で正しいのかな?」

「ああ、まだ精製前だが間違いねえ。見た目、そして鼻が本物って教えてくれる。

此処でバレて幌を破かれていたのも臭いでバレたからだろうな」


 これはアセナの能力や個人としての好き嫌いという訳で、話を振ったというだけではない。

 アセナはボクの寵姫として父上から荘園の一部……つまりルパの町と周辺の経営権が与えられている。

 それはこの土地に関してのみ裁判権を持つという事だった。

 故に彼女からの意見は『貴族同様の支配階級のもの』として、大きく信頼のおける公式な物として認められる。


 なので此処でアセナの意見を通したまま雑に処理しても良いのだが、一応商人にも聞いておく。


「ふーん。幌を破られた経緯はそうなの?」

「はいっ。間違いありません」


 彼は裏返った、高めの声を上げて慌てて首を縦に振った。

 読心した結果は『真実』。

 まあ、この状況じゃ嘘を付く方が難しいか。さて、それで気になっていた事を聞く。


「なんで麻薬なんて持ち込んだの?そんな大層な人に見えないけどなあ。

返答次第じゃ罪を軽くする事も出来るよ」

「……実はその荷物、此処に持ち込む為に持ち込んだ訳ではないのです」

「ふうん。もしかして、別の取引先とかかな?」

「私はミュール方面から来たのですが、先日侯爵様から頂いた承認証を使い、此処で取引してから領都の取引先に行こうかなと」

「ふむふむ。それで、取引先っていうのは何処かな?」

「ええっ⁉言えませんよ。お客さんの情報ですよ!」


 おお~、流石若くして父上から承認証を貰った商人だけある。

 良い実直っぷりだ。


「だが、これは領主代行による裁判だ。

言わなかった場合は承認証を作る時の経歴から君の取引先を閲覧出来るし、どちらにせよ取引先が麻薬を求めている事に変わらない。

今のままならまだ、単なる運び屋で終われるぞ。これが麻薬だと知ってしまった今も尚庇うのなら、それは共犯者だ。

若い君を此処まで取り立ててくれた取引先には義理があるのだろうが、『友人』を切り離す勇気も必要なんだ」


 言われて商人は苦い顔をする。

 ボクの二倍は生きているだろうが知った事ではない。

 大切なボクの町で、麻薬をのさばらせてたまるものか。


 彼はとうとう重い口を開く。


「パ……パノプテス商会です」


 それはボクの事をかつて『友人』と呼んでいた人間の商会だった。

 切り離しておいて正解だったなあ。

 ただし周りのルパ族は騒めき、視線がエミリー先生に集中する。


 ああ、そういえば今のエミリー先生はウルゾンJ開発の為パノプテス商会で働いてるんだった。

 前もって「ルパの町に来ます」って情報が届いているなら、それくらい全体に伝わっているよね。

読んで頂きありがとう御座います。


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