欠けた月 ~粗悪なイミテーション~
公園の近くにあった自販機の『あったか~い』ココアのボタンを押し、続けてお茶のボタンを押す。
やや気の抜けた音を伴いながら排出されたそれを、右の袖を伸ばしてカバー代わりにした状態で掌に乗せ、人気の無いベンチに向かう。
ベンチには、銀髪に表情が隠れてはいるが、項垂れているであろう仰木縁が座っていた。
「そら。これでも飲んで、少し頭に栄養を回せ」
声を聞いて、ようやくオレが戻ってきたことに気付いたのか、仰木縁は慌てたように両手でココアの缶をキャッチ。
オレもお茶のプルタブを開け、喉を潤しつつ、しかし仰木縁と視線は合わせぬよう、立ったまま語りかけた。
「で、アンタはこれからどうするつもりだ? あくまでオレが怪しいと思うなら、ここで相手になるが」
さすがにそれは無いだろうと思い、冗談めかして話し掛けたのだが、返事が無い。
「おい?」
「さぞ滑稽だったでしょうね、今の私は」
オレは天を仰いで、ため息をついた。
「正直に答えてもいいのか?」
「……いえ、聞かなかったことに」
「羨ましい」
オレの呟きに、怪訝そうに顔を上げた音が聞こえた。
「誤解しないで貰いたいのだが、嘲っている訳でも、何かの算段を立てている訳でもない。純粋な、オレの感想だ。
もうどうやっても妹を取り返すことは出来ないのをわかっていながら、その仇を取るためだけに脇目も振らず、視野狭窄と言っても良い状態になってしまうほど大事にされていたお前の妹が、ひどく羨ましい。
そして、そこまで妹を大事に思えるお前が、どうしようもなく愚かだと思うと同時に、ひどく、妬ましい。
オレが死んだ所で誰も悲しむことはないし、今のお前のように、喪ってしまったことで、己を見失ってしまうほどに大事な人間などいないからな」
『特高』の番号持ちとして重宝されることはあっても、人を探り、人に潜み、人を狩り続けてきたオレが死んで悲しむ人間など、どこにいる?
『特高』の指示に従わなければ、生きていけなかった?
恐らくその通りで、だが間違いだ。
何故なら、オレは『秦啓一』のように、己の命をかけてまで行動を起こさなかった。
己の自由を取り戻そう、という考えを思いつきすらしなかった。
その考えを思いつかなかった時点でオレには不可能な事柄で、しかし『秦啓一』ならば、と疑問に思ってしまう程度には……そう、奴ならば、何らかの可能性を、オレが過ごした環境下・状況下でも見出したのではないか、と……どうしようもない空想だ。
オレは再度ため息をつき、仰木縁の隣に腰掛けた。
「自業自得と言わば言え。その通りだからな」
仰木縁に目を向けると、ひどく不愉快そうに顔を歪めていた。
「実習室で貴方に会った時に、私が言ったこと、覚えているかしら」
「実習室での出来事の、何を指して言っているのかがわからんのだが」
「お酒飲みながらの会話よ。『三氏族のスパイって、もっとこう、人間味の無い人格だと思っていたわ』って、私、言わなかったかしら?」
ああ、アレか。教師が校内で授業時間外とはいえ、酒をガブガブ飲むという、あまりにもどうしようもない光景に呆れてしまったアレか。
「オレは『特高』の二重スパイだった訳だが、それほど大差無かったな。松平のスパイは―つまりオレもだが―『秦啓一』本人とその父親と母親を殺し、成り代わっている」
発言に仰木縁は苛正しそうにその銀髪を乱暴に掻き上げた。
「ええ、ええ、そうでしょうね。その点に関しては私の推測通り、この上なく極悪非道なことをやっていたのよね、貴方は。
だからこそ、その『秦啓一』本人になりきって、恐らくは彼に関わりがあったのであろう人々を、『秦啓一』本人を殺した貴方が守ろうとしているなんて……どういうこと?
あの着物の男に言った言葉は全部ウソで、全ては情報を得るためだけにやったこと、三氏族の内情を探るための高等な潜入手段の一つと言われた方が、まだ理解できるわ」
言い様から察するに、仰木縁はそう判断できていないからこそオレに問いを投げかけているのだろう。
右手に持っていた茶に口をつける。
が、お茶独特の渋みも、苦みも、微かな甘味も感じない。
「だから言っているだろう、自業自得だと。そもそもオレは『秦啓一』のように、特定の人物が苦しんでいるから助けよう、などと善人の思考は持っていない。オレに関わりのない人間は、生きていようが死んでいようがどうでも良い」
「……だから、『フェイカー』か。行動だけ真似ても、貴方がこうなりたいと思い描いている人には、絶対になれないわよ」
「そんなことは、誰よりもオレがわかっている」
「……残念だけど、貴方、わかっていないと思うわよ」
仰木縁はココアの缶を握ったまま地面を見つめているように見えたが、そこではない何かを見据えているような調子で続けた。
「『己の命を懸けて奴等を守ろうとしたあの男の生き方と死に様』って、本物の『秦啓一』のことでしょう? 私が知る限り、ごくごく普通の高校生でしかない彼が貴方に殺された時以外で、そんな生死の狭間を彷徨う事態に陥るとは思えないし、どうして秦啓一を殺した貴方が、そんな状況の彼を知っているのかも疑問だし、何より信じ難いのは、平気で人を殺してその当人に成り変われた貴方のような人間の感情を、あの着物の男に啖呵を切るほど動かせたことが信じられ」
「長い。端的に話せ」
『秦啓一』のことを喋らせて、アイツが異なる時間軸の人間であった可能性に思い至ることを恐れたオレは、仰木縁の話を遮る。
「……貴方が守ろうとしている人達は、貴方が本心から守りたいと思っている訳じゃないのでしょう?」
「そうだ。あくまで、行動を真似ているだけだ」
「形から入る、って訳ね。でもその動機を貴方自身で見出せない限り、貴方は『フェイカー』にすらなれないと私は思うわよ。粗悪な『イミテーション』が関の山」
……行動だけ真似ていても、『秦啓一』がどんな己の在り方を見出し、白鷺凛を救おうとしたのか理解出来る訳が無い。
だが、粗悪な『イミテーション』であっても、そこに存在しなくなればマズイ事態になる。
『秦啓一』の消滅が明るみに出れば、危うい均衡の上で成り立っている白鷺凛達の平穏は、呆気なく崩れ去るだろう。その後の混乱は―正直に言えば、興味が無い。
が、そうなった場合、『秦啓一』が周りを疑うことで身を守っていたにもかかわらず。疑心暗鬼に陥った状況下から変わり、己の命を懸けてまで、どうして他者を救おうとしたのか―この機会を逃せば、永劫に答えにたどり着けないのではないか。
そんな、確信に似た焦燥感がオレを焚き付ける。
「それでも、貴方は『フェイカー』であろうとする訳?」
「愚問だ」
「……いいわ。形だけであろうとも、守ろうとしている者達の盾にするなり、『フェイカー』であることが他者にバレないよう隠れ蓑にするなり、私のことは好きになさい。
ただ、あの娘の本当の仇を探す手伝いをして。それが『フェイカー』であろうとする貴方に協力する条件よ」
「そちらが約束を破らぬ限り、順守しよう」
「でも……こういうふうに提案されるのも、貴方の計算の内なんでしょう?」
苦笑したように、仰木縁は欠けた月を見上げてため息をついた。
すいません、ストックが尽きました(汗)
本日より、書き溜めと推敲に入りますが、私用で5月に引っ越しなどのスケジュールが組まれていることもあり、再開時期は未定です。
『フェイカー』の、と書いたのは、以前書き散らかした、ワンエピソード分書き終えているものをUPしようかどうか悩んでいるためです。
しばしお待ちいただければと思います。




