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フェイカー  作者: 那上畑 潤
If you can not stand, I……
86/117

贋作の覚悟

 …………


 オレは目を閉じ―見開くと同時に、覚悟を吐き出した。


「オレには、言えない事がある。それを表に出せば、全てが、無意味になってしまうために!

 どうしても言えと言うなら、その太刀でこの首を切れ!

 無論、タダでくれてやれる程この首、安くは無い。奴が守った者を、守るに必要な命だ……挑むなら、必死の覚悟を固めて来い、松平勝康!」


 裂帛の気合を乗せ、宣戦布告とも受け取られかねない叫びを発したオレは、その場に座したまま松平勝康の瞳を射抜いた。


 しかし松平勝康は納刀された太刀の柄に手をかけることも、こちらに接敵することもなく、ただ不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめるのみ。


 ……松平勝康は、オレの眼光に何を見たのか。


 肌に刺すような冷たい風が、地に落ちていた無数の枯葉と共に奔る。


「今一度問おう、小間使い。その意思、本当に貴様のモノか。

 貴様の記憶と人格を一時的に改変することで、目的の高校へ潜入させた大墨の行方は、未だにわからん。ACTの属性が大きく異なる故、酒井玲於奈本人ではないだろうが……貴様の人格と記憶を改変して目的の高校へ潜入させたのは、大墨ではなく、本当は酒井玲於奈の関係者ではないのか? あるいは、大墨は酒井玲於奈の関係者である可能性は? その意思、その覚悟、本当に貴様のモノなのかな」


 大墨が生きていれば、今現在のオレの記憶が、完全に戻ったのかを検証出来る。


 が、マスケラが大墨を消した以上、それは不可能。


 それどころか、今、松平勝康が指摘した、『本物』の酒井玲於奈の関係者が、オレの記憶や人格にあらかじめ干渉していた可能性も、無い訳ではない。


『時間旅行』が可能な酒井玲於奈であれば、『平成』とやらの知識をかき集め、関係者の力を借り、並行世界から異なる人格を定着させたかのように『秦啓一』を振舞わせることも、不可能では無いだろう。


 自分を取り戻した、と思っていて、実はこの意識も『酒井玲於奈』の創作物なのではないか……


 ……自分が自分ではないのでは、という疑問は、人の生死にさほど興味が無いオレでも、感じたくはなかったが。


「それは些末なことだ。元より、オレはフェイカーとして振る舞っている」


『秦啓一』のフェイカーとして振る舞うことで、奴が守った者を守れるなら―という、この不自然な感情。


 以前までのオレなら、こんな不確かなものに、自身のたった一つしかない命を懸けようなどとは、夢にも思わなかっただろう。


 だからこそ、この意志が何者かの創作物ではないか、という松平勝康の疑問は至極最で、オレ自身、不自然だと考えるが―


「先程の問いに答えよう、松平勝康。この意志が、覚悟が、オレのものではなかったと仮定しよう。

 だからどうしたと言うのだ?

 オレの為すべきと思う事が、何か、変わるのか。

 赤子の頃に拉致されたことで親の顔を知らないどころか、自分の本名すら抹消され、ただただ死にたくないというだけの惰性を引きずる、動く屍のこのオレに、己の命を懸けて奴等を守ろうとしたあの男の生き方と死に様が、尊いと思ったオレのこの思いが、あの男の在り方が、酒井玲於奈によって創り出されたフェイクだったとして……オレの為すべき事が、何か、変わるのか!」


 それが、どうした!

 元よりこの身には理念も想いも無く、伽藍が吹き荒いでいたのみ。

 ならば、この想いが偽りであろうと、それは些末。

 オレを見つめていた松平勝康は、唐突に背を向けた。


「善い、許す! 貴様は、己が利用する価値ある者と認めよう、フェイカー!

 影武者役の酒井玲於奈への対応は、貴様がやるよりこちらでやった方が、辻褄合わせも含め、貴様にとっては都合がよかろう」


 そう告げ、こちらを視線だけで顧みた松平勝康は、オレではなく、仰木縁を見た。


「運が良かったな、亜種の端女。そこのフェイカーの覚悟が足りていなければ、己に殺気を向けていた貴様は、この場で誅していたところだ」

「…………」


 背後の仰木縁は動かないどころか、ここまで言われて発言すらせずに沈黙を守っている。


 疑問に思い、後ろを見ると―暗雲に覆われていた三日月の光を受け、凶悪な光を発する白刃が何の予兆も無く、仰木縁の喉元に突き付けられていた。


「そこな亜種の端女は、貴様に任せるぞフェイカー。何か必要なモノがあれば、影武者役の酒井玲於奈か、己に接触してきた貴様と面識のある下郎共を使い、こちらに伝えよ。下手を打った奴等も、名誉を挽回する機会を与えると説明する故、上手く扱え」


 それだけ言うと着流しの袖の中に腕を入れると、松平公康の『人形』と共に松平勝康は歩み去って行った。

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