接触3
背後の仰木縁の気配が動揺したのに対し、松平勝康は興味深そうに、自身の顎に手をやった。
「オレは内閣特務高等治安局に所属する、本名を抹消された人間です。『特高』内では7番の席次を与えられています」
「7番? ……貴方が、『特高』の2枚あるジョーカーの、1枚だと?」
仰木縁が信じられなさそうに誰何の声をあげるが……松平勝康はそれを聞いても、口角を吊り上げるのみ。
「あまり、驚いていませんね、勝康様」
「それはそうであろう。一応、貴様と同じようなACTを、貴様と同じ名を持つ柳とやらが使っていたが、ACTの起動のスムーズさ、消耗を避けるための工夫、相手の呼吸の掴み方……兵としての練度がまるで違うわ。
貴様がここで自身の正体を明かしたのは、賢明であったぞ。さもなくば、これを貴様の首に放っていたからな」
!
松平勝康の鞘から、こい口を切る音が微かに漏れた刹那。
オレは背筋に強烈な悪寒を感じ、直感で上体を右に思い切り傾ける。
ヒュッ、と何かが擦過する音を、オレの鼓膜が辛うじて捉えた。
「呼吸を掴ませてやったとはいえ、よく避けた。腕一本で己を謀っていた罪を許そうと思ったが、有能な奴は好ましい。貴様の罪は、この一刀を持って清算してやろう。
善い、話を続けることを許すぞ、『特高』の小間使い」
……服の左袖が、微かに切られていた。
ここから松平勝康との距離は5メートル以上あり、どうやっても一足で詰められる距離では無い。加えて、彼があそこから一歩も動いていないのは明らか。
松平で『康』の諱を受けているのは伊達では無い、か。
松平勝康が鞘に愛刀を納めたのを確認し、オレは口火を切った。
「オレが松平に潜入した理由は松平公康様の容体を知るためです……万一、容体が良くないようであれば、裏から松平を支援せよとの密命を内閣から受けています」
「ほう……『特高』は織田や羽柴より、松平を与しやすいと判断したか」
双眸に剣呑な光が宿り、名状しがたい気配がその背から立ち昇る。
「逆ですね。公康様が倒れれば、織田と羽柴は好機と見て、手を組んででも、松平を潰そうとするくらいには警戒しているでしょう。そんな内戦のような状況になっては、国益と言う観点から考えた場合、内閣は容認出来ません。それ故の、公康様の内偵です」
オレの発言に松平勝康は片眉を上げつつ、名状しがたい気配を霧散させた。
「2カ月以上前の状況を元に考えれば、半々だと感じましたが……」
「貴様の洞察通りだ、小間使い。父上は今、病に臥せられている」
……ウソでは無いな。
問題は、その情報を何の見返りも無しにオレに開示したことだが……
「さて、貴様はこの情報を、どうする、うん?」
品定めするかのように、傲然とこちらを見下ろす松平勝康。
「まずは、説得に使います」そう言って、オレは初めて松平勝康から視線を切り、背後の仰木縁を見上げた。「と、言う訳だ。松平に、アンタの妹をどうこうする余裕は無かったんだよ」
「そんな言葉だけで、信じろと? 現にあの娘は」
「そう。仰木加奈は殺されている。でも、おかしいだろ? 殺せば人質としては使えないし、A捜に所属するアンタを敵に回す。アンタを敵に回せば、他のA捜のメンバーや警察関連の面子も敵に回しかねない。害ばかりで、利が無いじゃないか。こんなバカげたことを、眼前の人が所属する組織が、許すと思うか?」
白鷺凛や『秦啓一』を観察するために、酒井玲於奈は仰木加奈の『人形』を用いて接近しようとしていたが……他に、いくらだって2人を観察する方法はあったはずだ。
なのに、事実が判明すれば敵が増えるだけの案を採用したのは何故だ?
時間軸を観察することで『人形』の正体が暴かれることは無いと確信していた……有り得んな。実際に、仰木縁は妹の遺体が『人形』だった事実を暴いた。
白鷺凛がアカシックレコードに繋がったことまでは、『秦啓一』達と会うまでは、酒井玲於奈も把握出来ていなかったことを考えれば、全ての出来事を把握できる訳ではないだろうし、あの酒井玲於奈が自身の能力を過大評価しているとも考えにくい。
オレでさえ、A捜の面子は仰木縁を含め、2人しか特定できていないくらいには謎の多い連中。A捜の実績と動向、諸々の情報を鑑みれば、最低でも5人はいるはずなのに、だ。
そんな奴等を敵に回す可能性を、あの『酒井玲於奈』が容認するか?
仰木縁は険しい形相でオレを見下ろしつつ、こちらを興味深そうに観察する松平勝康を視線だけで見る。
……微かに、細い息が吐かれた。
「しない、でしょうね」
両目を閉じ、その銀髪を掻き上げる。
「でも、だとしたら誰があの娘を殺したという訳? 織田や羽柴の陰謀だと言うのなら、証拠を」
オレは仰木縁の発言を遮る形で首をゆっくり横に振った。
「さっき言ったろ。アンタを敵に回しても、利なんかどこにも無いんだ。きっちり調べた訳じゃないから断言は出来んが、織田や羽柴だって馬鹿ではない。松平を潰すために二者が偽装した可能性はあるが、アンタに真実がバレるリスクだって当然ある。松平が気付いて、あんたを説得する可能性を考えれば、分の悪い賭けだ」
「じゃあ、どこの誰があんな真似を……っ!」
「A捜と言うのは、たわけの集まりなのか?」
発言を遮った松平勝康が、呆れたように自身の頭に左手をやった。
仰木縁が睨むのもどこ吹く風、と言わんばかりに続ける。
「そうであろう? 亜種の端女、貴様を敵に回す利が三氏族には無いと、この小間使いは言ったのだぞ? であれば、答えは明白ではないか。貴様を敵とすることで利益が最も得られる者が、貴様の求める仇であろうが」
「だから! それが誰だと」
「斯様なことまで己が知る訳がなかろう、たわけ」
「酒井玲於奈」
呟きに、松平勝康と仰木縁の目がこちらへ同時に向いた。




