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フェイカー  作者: 那上畑 潤
If you can not stand, I……
81/117

何者3

「本来であれば、加藤由利の警戒心が解けた頃合いを見計らい、大墨がオレの記憶と人格を回復させる手筈だったのだが」


「センセ。大墨の行方について心当たりは?」


「オレの方がむしろ聞きたいくらいだ。最近まで記憶の回復すらできず、自分は高校1年生の転入生だと、完全に思い込んでいたんだぞ。おかげで、秦啓一の父母になりきっている三島と木村も、会話の違和感から信用できんと判断してしまったからな……まぁ、あのハプニングがあったおかげで白鷺凜に接近できたし、加藤由利に疑われながらも、未だに欺けているんだがな。ただ、2人を介してお前たちに連絡を取ると、不自然になってしまうのは、明らかにデメリットだな」


 事実は大きく異なるが、真実を話す訳にはいかない。


「そのことなんですけど、お2人とも自分たちがどんなミスをして疑われたのか、全く想像できないってぼやいていましたよ。下手すると降格されるかもしれないって」


 肩を竦めて呟くこの富和田の目的が、本当にオレの安否確認だけなのか。


 そもそも、オレが松平上層部から潜入工作を命じられたのは、『奇跡』を求めているリライターがこの高校内にいる、という情報をつかんだからだ。


 この身に何らかの『奇跡』が行使された結果、偽装では無く、全く別人の人格が宿ってしまったのではないかという疑念を、松平上層部が持つ可能性はどのくらいだ?


「あの時のオレは、秦啓一の、周囲からの評判や素行をモデルに性格を組み立て、大墨がACTで人格の改変をした訳だからな。今となっては、オレ自身どうして、アイツ等が偽物だと見抜けたのかわからん。直感、としか説明できんぞ」

「とりあえず、何か2人に対してフォローして下さいよ。こんなことで降格なんてことになったら、センセ、まず間違いなく恨まれますよ」

「面倒だな」


 そんなことを考えている時間が惜しく、つい舌打ちしてしまう。


 が、三島と木村に、オレの周辺をうろつかれるのはマズイ。白鷺凛や津田香に、疑念を持たれかねん。


 白鷺凛はすでにオレが『変わった』と明言しており、津田香もその動向を見る限り、疑いを持っている可能性を否定出来ない。


 ……酒井玲於奈に、松平に仲介してもらうか。


 もちろん『本物』にではなく、マスケラの方の酒井玲於奈である。


 彼女と接触するのはまだ良いのだが、松平内部の情報をやりとりした場合、『秦啓一』として振る舞えば、ほぼ彼女に全てを委ねる必要がある。


 何故なら、『秦啓一』は『平成』という異なる時間軸の人間であるが故に、三氏族の上層部がどういう意図で動いているのか想像することは出来ても、実感として感じ取ることなどは不可能に近いからだ。


 マスケラもその点はわかっているから、こちらの意見を聞くことはあっても、基本的には任せて欲しい、と訴えてくるだろう。


 そして『秦啓一』も愚かではないから、基本的にはマスケラに松平の対策は任せるはず。


 なのに、そこでオレが強硬に自身の意見を言えば、マスケラにあらぬ疑いを抱かせかねない……


 問題なのは、マスケラはあくまで『酒井玲於奈』の影武者役であり、情報の扱いは得手とは言えない事だ。


 彼女だけに任せては、伏魔殿と評しても過小評価である松平上層部に対し、効果的な情報戦・電子戦は期待できない。


 オレが『秦啓一』ではない、とバレるだけであれば、まだ良い。


 最悪の可能性は、別の時間軸の存在がこの身体に宿ってしまったことに気付かれること。


 もし、異なる時間軸の『秦啓一』がオレの肉体に、一時的とはいえ定着した事実が明るみに出れば、『封殺対象』となるのは想像に難くない。


 そうなれば、『秦啓一』が守った存在は情報の秘匿を名目に、白鷺凛はもちろん、加藤由利も、津田香も、槇原康太も、本名不詳のマスケラも……皆殺しだ。


 どうすれば、松平上層部を欺きつつ、白鷺凛達をも納得させられる?


「センセ?」


 ダメだ……どう楽観的に見積もっても、1カ月で破綻する。


 いっそ、ここで『秦啓一』を誰かに始末させたと誤認させ、オレはどこかに身を潜めては―いや、白鷺凛がアカシックレコードに再接続してしまう可能性はゼロではない。


 その時に『秦啓一』が殺された、と知ってしまったら……これは、あくまで最終手段だ。

『秦啓一』め、とんでもない置き土産を残してくれたものだ。

 もし、もし……奴が生きていたなら、一体どんな策を講じた?

 それがどれだけ無茶な状況に見えても、命を懸けてまで守った者達の命がかかっている以上、奴なら、諦めることだけはしないはず。


 …………


「あの~、センセ?」

「……やる、しかないな」


 ほぇ? と間抜け面を晒す富和田に正対する。


「ついでに、三島と木村のフォローもしておくか。明日、お会いしたいと公康様に伝えてくれ」

「って、センセっ! そんな急なアポ入れられたって、公康様がお会いになる訳がないじゃないですか! そもそも」


 オレは眉を跳ね上げ、威圧的に問いを発した。


「オレが潜入前に、『奇跡』に関わる重要情報は最優先で報告するようにと言われていたのは、お前も知っていたと思うが?」


 富和田は黙り込むものの、すぐに首を横にブンブンと振って抗弁する。


「た、確かに最優先で報告するようにと言われていましたけど」

「富和田」


 本名か偽名かもわからぬ苗字だけを短く呼び、オレは機械的に話し掛けた。


「オレは自我を取り戻したものの、周囲の警戒から必要な情報を公康様にお渡しすることが出来ないでいたが、幸いにもこうしてお前が接触してくれたことで、そのチャンスがやってきた。

 しかし、ここでお前が公康様への取次をしないのは、どういうことだ?」


 淡々としたオレの指摘に、富和田の顔色が一気に蒼褪めた。


「い、いや、センセっ! そういう意味じゃなくて! あたしは」

「まさかとは思うが、大墨を消したのは、貴様か?」


 そんな訳がないのは、重々承知している。

 が、何としても松平上層部の面子と直接会わなければ、事態の打開が出来そうにない。

 そして、そんな機会など、『奇跡』に関連する情報のやり取りしかない。


「そもそも、オレの現在の状況が、誰かを介して情報を渡せるほど生温い環境下だと思っているのか? ましてや、お渡しする情報は『奇跡』に関連するものだぞ。そう思うのなら、お前が公康様にその旨を上奏しろ。そんなことをすればまず間違いなく、お前の首が物理的に飛ぶがな」


 殺気を乗せた言の葉に、青を通り越し、チアノーゼじみた紫の顔色になってきた富和田はただ無言で何度も頷く。


「他に何も言うことが無いのなら、急げ。時間が惜しい」


 その一言がダメ押しになったのか、富和田は何も言わずに背を向け走り出す。


 ……厄介なことになったな。


 知らず、オレは富和田が走り去った方角を見つめながら、心中のみで毒づいた。

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