無茶
「なぁ白鷺さん、俺は、君に言いたいことがある」
「そうだね。私も、白鷺さんに言いたいことがある」
「……何でしょうか、秦さん、仰木先生」
たった今、病院の診察室から出てきた白鷺凛の左腕は、ギプスこそ巻かれていないものの、三角巾で吊るされていた。
そんな彼女を、オレと仰木縁は2人揃って、肩幅くらいに足を広げ、腕を組んで仁王立ちして待ち構えていた。
オレと仰木縁の後ろには加藤由利もいるが、彼女は諦観に満ちた面持ちで、白鷺凛に向けて首を横に振っただけ。
「君は、何を考えて俺と仰木さんの戦いに割って入ったんだ?!」
「そうだよ白鷺さん! 打撲で済んだから良いようなものの、下手をすれば骨折、それも開放骨折とか粉砕骨折とかの重度のダメージを負った可能性もあるのよ!」
仰木縁からすれば、オレは最愛の妹を奪った、松平に属するスパイの疑いがある人間。骨の一本くらい折っても良い、という考えで拳をふるったのだろう。
もっともオレは、腕の上から内臓辺りに一撃をわざと受けつつ、偽装工作によって内臓損傷を装い、数カ月の入院までもっていくことで仰木縁を退職に追い込む腹積もりだったが。
四つの目に見据えられた白鷺凛は、しかしそれでもその鉄面皮を動かすことなく、淡々とした様子で口を開いた。
「秦さんに、怪我をしてほしくなかっただけですが、それが何か?」
…………は?
一瞬、思考が停まってしまった。
つまり、何だ? 白鷺凛は秦啓一に怪我をして欲しくないという、たったそれだけの理由でオレの策を挫き、代償として今、腕を三角巾で吊っている、とそう言うのか?
やってられん、という表情を見せる訳にはいかなかったので、オレは懸命に怒りを堪え、顔を右手で覆った。
「……はぁ、わかった。今回は私の負けよ、白鷺さん。貴方の提案通り、半分だけ要求を呑むことで妥協するわ」
「待て! アンタはそれで良いかもしれんが、俺は」
「秦さん」
表情は微動だにしていない。加えて、口調も普段通り。
だが眼の輝き方なのか、あるいは気配なのか、白鷺凛が怒っていることは理解できた。
「もう少し、自分を大事にして下さい」
ため息をつくのをどうにか堪え「次からは善処する」と答えると、仰木縁と視線が合った。
向こうも、何か含むところがあったのだろう。オレと視線が合うと、あちらも堪えていたのだろう、全く同じタイミングでため息が出てしまった。
そんな俺達を見て、白鷺凛は無表情ながらも小首を傾げ、不思議そうに見て―
「無茶を、したわね」
「あの程度、無茶のうちに入るか」
秦啓一の行動基準から考えれば、アイツが大事な人間を守るためであれば、重傷を負う一撃をわざともらうくらいのことはするだろうから、無茶でも何でもなかろうよ。
そう思って、声をかけてきた加藤由利に返答したのだが、彼女はこれに返答することはなく、こちらを無表情で見つめていたのが印象的だった。




