補習
白一色に染め上げられた部屋というものは、存外落ち着かない。ましてや部屋には窓がなく、唯一あるドアのみが外と繋がるたった一つの経路、とくれば閉塞感すら覚えてしまう。
しかしオレの記憶では、ACT実習室はそれ自体がACTの改変補助の役割を果たすため、ACTの自学自習に必要な机と椅子に、OBと生体コード、自身の状態を訓練しながら知覚するため、実戦を想定した、各種計測器が備わったバイザー付きのヘルメット、ノートパソコンに各種備品、あとはエアコンくらいしかなかったはず。
冷蔵庫などというものは、無かったはずだ。
仮に、仮にあったとしてもだ。
未成年である学生が使う実習室の冷蔵庫に、酒が入っているのはどう考えてもおかしい。
眼前の銀髪の女は、机の上に置いてあるノートPCを脇に寄せた状態で、缶ビールを3本机の中央に置き、うち1本を、喉をゴクゴクと鳴らしながら豪快に飲み、美味いんだなぁコレがぁ、などとほざきやがった。
「ん? どうしたの、そんなジロジロ見て?」
「ここ、学校ですよ。何考えているんですか?」
「何を考えているって、そりゃこれからの授業計画を考えているに決まっているでしょ」
「酒を飲みながら?」
「何かおかしい?」
先程の一気飲みで飲み干したのか、2本目の缶ビールのプルタブに手をかけた状態でこちらを見やる仰木縁は、この学校の教師……で良いんだよな?
情報が、何か間違っていただろうかと改めて考え直す。
しかしいくら考えても、ここが高校であり、『補習中』だから厳密には勤務時間外と言い張る事が出来るかもしれんが、そんな戯言が通るとは思えない。
「勤務時間中に酒を飲むなんて、そんなに川崎から追い出して欲しいのか?」
仰木縁のあまりにも隙だらけな在り様に、『秦啓一』としての振る舞いすら忘れ、気付けばオレは机に頬杖を突いた状態で問い返していた。
この事実を教頭辺りにでも暴露すれば、間違いなく問題に―仰木縁は2杯目の缶ビールを呷りながら、何かをオレに差し出した。
『亜種証明手帳』?
これが何だと言うのだ? 無言で仰木縁を見やるが、2杯目を飲みながら、
「私、定期的にアルコールを摂取しないとぶっ倒れちゃうのよ」
は? 何フザケタことを、
「3ページ目にあるでしょ。およそ12時間おきに、アルコール度数5の飲料を、1リットル以上飲むことって」
手帳を受け取って、開く。
『亜種証明手帳』なるものの存在は知っていたが、実物を見るのははじめてだ。
3年前に撮影した写真は、今現在の仰木縁と変わり映えしない。記載されている身長と体重も、目測通りと考えて良いだろう。
ページをめくっていけば、これまでの居住地の移り変わりが記載されており……確かに、3ページ目の先頭に『アルコールを吸収・分解することで必要な栄養素を一部摂取しているため、およそ12時間おきにアルコール度数5の飲料を、1リットル以上飲むことが望ましい』とある。
「そう言う訳で、お酒を校内で飲むことは、校長先生にも教頭先生にも許可は得ているんだよ」
……マジか。
秦啓一としての振る舞いを考える事もなく、オレは思わず頭を抱えた。
どう考えたって、未成年が学ぶ教育現場でアルコールをグビグビ飲んでいるのはマズイ。
例えそれが法的に許可され、校長や教頭の認可があったとしてもだ。
プルタブを開けた2缶目ではなく、まだ未開封の、気温差で汗をかきはじめた3缶目を左手に持ち、こちらへ差し出す。
「君も飲む?」
「誰が飲むか! オレは学生だぞ!」
「ウソおっしゃい。あんな狡猾で、自分の命も危険に晒す作戦を立てられる学生が、日本国内にいる訳がないでしょう」
白鷺さんが止めてくれなかったらどうなっていたか、とぼやくが、ぼやきたいのはオレの方だ。
酒を飲みたいとは全く思わん上に、補習初日からアルコールをグビグビ飲む大人と1対1で何を話せと?
「でも、意外ね。私が学校でアルコールを飲んでいるのを見て、演技じゃなくて、本気で『どうしようもない奴だ』って思っているみたい。三氏族のスパイって、もっとこう、人間味の無い人格だと思っていたわ」
……頭を抱えながら、気付く。
確かに、そうだ。
以前のオレであれば、こんなこと、考えもしなかったはず。
演技で頭を抱えることはすれども、伏せられた顔に嫌悪や呆れといった感情などなく、次の一手をただ模索していた。
が、今はその気付きを表に出す訳にはいかない。
オレは顔を上げ、恨めしそうな面持ちを作り、ため息をついた。
「まだ、そんなことを言っているんですか……そもそもの事の発端がその誤解から生じているんですが、どうすれば信じて貰えますかね?」
「どう考えても、君が一番怪しいでしょう。と言うか、君があまりにもまともそうに見えるから、この魑魅魍魎とした学校の中では、逆に浮いて見えるわよ?
君の言ったことが、事実だったとしても、秦啓一はもう成り代わられた後。こんな魔窟の中で、まともな人間が一月も生きていられる訳が無い」
……事実なだけに、演技でついたはずのため息が、真実味を増してしてしまうな。




