勝負あり
加藤由利の合図と共にACTの改変式を起―速いっ!
5メートルはあった距離が、たった2歩で詰められる。
右半身を捩じり、腰を入れた体勢から掌底が、オレの顎目掛けて放たれるが、この速度差では、今からではどう足掻いてもかわせない。
掌底を放たれた対象が、幻では無かったなら、という注釈がつくが。
攻撃を仕掛けた対象が幻だと気付いた仰木縁は、背後を顧みることなく、即座に勘だけで後方へ回し蹴りを放つが、それは空を切った。
単純な蹴りだけで、風圧がこちらまで届きそうな、極悪な脚力。
これだけ近接戦闘能力に違いのある相手に、策も無く接近戦を挑むのは考え無しと謗られよう。
闘技場の端近くにまで『絶対領域』―秦啓一が『砂上の楼閣』と呼んでいたACT―を用いて距離を取ったが、10メートルの距離があっても、油断は出来ない。
まったく……仰木縁の情報を得ていなければ、初撃で勝負がついていたかもしれないな。
さて、オレの用いるACTは『絶対領域』と『幻影』のみ。
接近しなければ、相手を制することは敵わない、が……仰木縁が踏み込んだ闘技場の石畳に目を落とせば、一部にヒビが入っているのがわかる。
恐らくは、彼女がオレへ接敵した際の踏み込みで生じたものだろう。
肉体の加速率は、『絶対領域』の中で観察した限りでは、ざっと見積もって10倍。
ただし、高度な身体制御に必須な、高速運動時の肉体に及ぶ負荷や衝撃、疲労などの除去をACTで行っているのであれば、石畳の陥没などあり得ない。
トラップを主体としたプランAが実行できない上に、近接戦闘能力にも大きな隔たりがあり、さらには、現在のオレは『秦啓一』であるため、『絶対領域』の使用方法も、相手の攻撃からの回避と不意をつくための攻撃くらいにしか使えない。
『絶対領域』の本来の使い方をしてしまえば、僅か数日で、どうやって秦啓一は己のACTを実戦レベルまで高めたのかと、加藤由利以外の面子に探られかねん。
と、なると……プランBを遂行するしかないか。
「なるほど。貴女のACTは身体制御ですか」
仰木縁は無言。
肯定も否定もしないが、彼女がこの戦闘中だけでも、そのACTについてオレが間違った解釈をしている、と誤解してくれれば勝機を手繰り寄せられる。
恐らくは『亜種』の強靭な肉体をもってして、はじめて可能となるACT。あるいは、ACTを使わない素の身体能力、という可能性もあるが、どちらでも構わん。
オレのやる事に、変わりはない。
OBにあらかじめ入力されていた『幻影』を発動させ、右手には長さ50センチほどのアルミ警棒を手に、仰木縁を囲むように幻を出現させる。
無論、本体の俺は『幻影』の効果の一つである光学迷彩を用い、不可視化した状態で、足音と息を殺して接敵。
オレが仰木縁から見て左後方7メートル辺りに移動した時点で、8体の幻を前後左右から突っ込ませ、即座に『絶対領域』のACTを左腕のOBに入力。
が、これを幻だと看破しているのだろう、腰を落とした状態で仰木縁は目を閉じたまま微動だにしない。視覚をあてにせず、聴覚でこちらの位置を探る気だ。
通常なら、ここで『絶対領域』の起動と意図的な終了を駆使し、残像を形成することで『幻影』と錯覚させる『絶対領域』本来の運用を行い、隙があれば懐に潜り込む、無ければ複数の方向からの射撃で様子を探るのだが……しかたない。
オレは物理法則改変のフィールドに包まれた状態で、仰木縁に突撃をかける。
オレを中心とした、半径3メートルに仰木縁を入れなければ、どれだけ大きな足音をたてたところで、大きな時間差のあるこの領域内では察知されない。
ただしそれは、あくまで仰木縁を、オレから見て半径3メートルに入れなければ、だ。
仰木縁から見て、左後方7メートルの地点から疾走をはじめたオレに対し、残り2メートルほどでこちらの襲撃を察知した彼女は、その身体能力をフルに活用し、膝のバネだけでこちらの視界の外である後方へ跳躍。
オレは右半身を捻りつつ右腕で顎と上半身をガードし、肉と何かが衝突する異音が背後から聞こえた……が、想定していた衝撃は右半身に来ない。
「お二人とも。勝負はつきましたので、ここまでです」
仰木縁の掌底は、両腕を交差させるクロスアームブロックで防がれていた。
眼前には汎用型のOBで、ありったけの力を注いで肉体制御を行使し、オレ達の間に割って入ったであろう白鷺凛。
その腕には、恐らくは炭素繊維が混ぜられたであろう、黒い、軽量の盾らしきものが装着され、盾の周辺には、試験時の緊急避難用として発動することもある電磁場のシールドが形成されていた。




