極秘にならなかった私闘
直径3キロほどはある円形状の闘技場には観客席があるが、オレと仰木縁が互いの主張を賭けて戦闘を『極秘』に行うので、ここにはオレと仰木縁、そして『互いの主張』の根幹部分に関わっている白鷺凛と加藤由利の4名しかいない―はずだったのだが……
「オッズは3対1、3対1で仰木講師が有利っ! あと10分で締め切るぞぉ!」
「ACT調理部名物、スイートポテトはいかがですかぁ!」
「ACT分析部としてデータ化して販売すれば、秦啓一と対戦する1年生は実技試験対策で購入する可能性が高い。ここでしっかり来年分の予算を確保するそっ、お前たち!」
闘技場には観客席がある。
あるのだが、そこには多数の生徒が賭け事を行っていたり、飲食物の売り子をしていたり、カメラやノートパソコンを携えてデータ収集に勤しんでいたりと実に忙しない。
観客席の最上段ではACT調理部が実演でスイートポテトを空気中から生成するという、マジシャンじみた、しかし無駄に超高等なテクニックを披露しているが……本当に奴は高校生か? 飲食可能な物質を空気中から生成するだけでも一苦労なのに、人だかりが出来るほどの味に調えるのは……
「アンタ、何見てんの? 小腹でも空いている訳?」
加藤由利の、若干呆れた声音によって現実に引き戻されたオレは右手で頭を抑えつつ、軽く首を横に振った。
「どうしてこんなに人がいる?」
「コレもアンタの小細工だったんじゃないの?」
加藤由利がこう問い返してきた、ということは……この観客を集めたのは誰だ?
視線だけで仰木縁を追うと、彼女は準備体操をすることもなく、集まった生徒達に向けて呑気に手を振り返している。
そんな仰木縁の出で立ちは、生徒が実技試験の際に使用するカーボンナノチューブ製のプロテクトスーツを着用していることで、腰までの伸ばした銀髪がカーボンの黒と見事なコントラストを成立させている。それに加えて長身、かつスタイルも良いモノだから、生徒が情報収集のためにカメラやビデオを使用しているものの、そのレンズの先が仰木縁に釘付けになっているのも、一部だがある。
普通に考えれば、オレが敗北した時の証人として、生徒を活用することは充分考えられるので、仰木縁の可能性が高いと思ったのだが……
「だけど、本当に大丈夫なんでしょうね? アンタ、これで負けたりしたら」
「負けても構わんさ。提供する情報は3割と言ったが、真実を提供する、などとは一言も言った覚えは無い」
発言に、加藤由利は一瞬呆けたように口をあんぐりと開き―次いで、険しい面持ちでオレを睨みつけた。
「最低ね、アンタ。3割しか言わないと言ったのも、色々と細工までしたのも、万全の対策をして負けた、って相手に印象付けるためだけの偽装工作だったのね……! そこまでして、ウソを言う訳が無い、って印象付けるためのフェイク」
「戦わずして勝つのが最上なのだから、戦っている時点でそこまでの賞賛を受けられる策ではないのだが」
「誰が褒めてるってのよ! ……この卑怯者」
「それに、貴様は一つ間違えている。オレは確かに卑怯者だが、負けるために策を施したつもりはない。
オレが勝って、仰木縁をこの件から手を引かせる事が最上だからな。積極的に負ける理由などどこにも無い」
発言に、加藤由利が眼を丸くしたのが視界の端に見えたがそれを無視し、グローブを装着。
試験時には教師陣がいるガラス張りの部屋に目を向けると、見覚えの無い人物が5名程おり、机の上にはカメラやノートパソコンといった電子機器が鎮座していた。
制服の右襟には東京国立第2ACT高等部の徽章があるが、一般生徒の左襟には何もない。が、この生徒達には高校の徽章とは別のエンブレムが左襟に存在する。確か、生徒会のエンブレムがアレだったか。
皆が機材のチェックや段取りの確認をしている中、オレの視線に気付いた女子生徒は……なんだ、オレに視線を向けられていると気付いた途端、他の生徒を盾代わりにして、露骨にオレからの視線を避けた。
盾代わりにされた男子生徒は何があったのかと、自身の後ろに隠れた女子生徒を見てからこちらを見やり―申し訳ない、とでも言いそうな苦笑をこちらに向け、会釈をしてきた。
オレも僅かに頭を下げ、男子生徒に目礼を返す。
「秦君、準備はいいかい?」
闘技場の上からかけられた声に、俺は顔を向けることなく、左腕に装着したOBの動作を確認。
「出来れば、このままずっと準備を続けたい気分ですね」
「こらこら。それじゃせっかく集まってくれた皆に申し訳が立たないでしょう」
「皆は、貴女が集めたんですか?」授業の一環、ACT戦闘の実演とでも言えば、まぁ理由としては、無くはない。
「集めようにも、昨日の今日でどうやって集めるの。今日、ようやく11組の生徒の面談を終えたばかりだよ? 明日は教頭先生から渡された生徒のACTに関する各種データをちゃんと見ないといけないのに……」
おどけた口調から一転、腰に手を当て、ため息をつく様からは『そんな方法があったら教えてくれ』とでも言いたそうに見えるが……これも演技か? そうでないとしたら、この生徒達はどこから情報を得て闘技場に集まった?
「情報を拡散したのは私です、秦さん」
声に、左腕のOBから目を離し、意識して首だけを左に向ける。
「白鷺さんが? どうしたって、また」
「衆人環視下であれば、秦さんがズルをする難易度が上がると思ったからです」
「それって、俺が何か不正をするってこと?」
「仰木さんから、この決闘の目的については伺いましたから。
秦さんは目的のためであれば、手段を選ばないケースがあります。仰木さんが勝った場合の条件を考えると、今回は、そのケースに合致するかと」
不快感を演出すべく眉をしかめたものの、この表情はオレの内心を表してもいた。
1つは、これだけの目があれば、加藤由利に依頼した仕掛けを用いた場合、間違いなく周囲からの非難が避けられない=今回の決闘で勝利しても、仰木縁の川崎退去に支障が生じる可能性が高いこと。
加藤由利に色々と準備させたが、全部無駄になったな。
オレの仕掛けが使えるかは、状況次第だが。
そしてもう1つは、白鷺凛にだけは、事情の『全て』を隠す必要があるからだ。
『全て』を知る加藤由利はもちろん、『オレ』の現状を知らない津田香や槇原康太、本名不詳のマスケラも、一連の事件に関わったことで、白鷺凛がアカシックレコードと接続してしまった事に関連する情報を共有し、それを隠すための共謀は出来る。
だが、白鷺凛にだけはそれすら出来ない。一連の経緯を彼女に話すことは、記憶を呼び起こすことで、秦啓一が封じた白鷺凛の元の人格と能力をも覚醒させる可能性があるからだ。
そうなってしまえば、あの男が、命を懸けた意味が無くなる。
「秦さん。私に、何か隠し事をしていますね」
疑問形では無い断定の口調に、オレは怪訝そうな表情を浮かべる。
「私が誘拐されてから、まだ1週間も経っていませんが……秦さんは、ウソが、上手くなりました。1週間前なら、そんな、何を言っているんだと言うような態度で、ウソはつけなかったはずです」
……チッ。これは、本格的にマズい。こんな時、秦啓一ならば、
「ええ。アタシ達は隠し事をしているわ」
思考が空転しかけた時、声をかけたのは加藤由利。
穏やかな口調に反し、その黒瞳には激情が渦を巻いているのが容易に見て取れる。
「マスケラはどうかわからないけど、彼や津田さん、槇原君がその事情を隠しているのは、どう考えても貴女のためよ」
「では加藤さん、貴方は?」
普段であれば鉱物を思わせる無機的な声に、今は何かを探ろうとする熱を感じる。
だが、加藤由利は答えない。
後を託されたからだ、と答える訳にはいかないし、後を託したその男がもうこの世に存在しない、とわかってはいても、認めたくないが故に。
一瞬、唇を固く噛み締めつつ、加藤由利は背を向けた。




