情報戦2
「君とは一度、お酒でも酌み交わしながら腹を割って話したいね」
「俺は未成年ですし、話せることは全て話しているんですがね」
実際には35歳だが、任務でもない限り、自身の身体能力と判断力を鈍らせるアルコールは、可能な限り摂取を避けたい。
「その話せることってのが、君の知っている事柄全てでは無い、という時点で腹を割っていないのと、私にとっては同じなんだけどなぁ」
「誰にだって、話せないこと、話したくないことの十や二十はありますよ」
「……十や二十というのは、ちょっと多過ぎない?」
「多感な年頃なんです。仰木さんだって、ご家族にも言えないことがあるんじゃないですか? 何せA捜の警視。国家の情報機密にも携わる者であれば、俺が危惧している存在と貴方が繋がっている可能性もありますから」
「君から見れば、そうでしょうね。
加奈のように、ずっと前に死んでいたのに、『人形』と入れ替わられたりしていれば、事でしょうしね」
っ!
クソ、さっきの迷いはオレを油断させるためのフェイクか。
ふぅ、と息をついて天井を見上げるその様は隙だらけのように見えるが……あくまでそう見えるだけで、頭の中ではオレからどう情報を引き出すべきか着々と算段を整えているはず。
表情には出さなかったが、オレの驚きは察知されたと考えた方が良い。
……仕方あるまい。
「知っていたんですか」
「把握出来ていなければ、こうやってここに来ていないよ」
「……俺は、いえ、俺達全員、最後まで加奈さんが『人形』であることに気付けませんでした。仰木さんはどうやって気付いたんです?」
酒井玲於奈の『人形』の精度は、本物の人体と寸分変わりないようにオレには思えたし、津田香に槇原康太、マスケラに加藤由利でさえそう判断した。
白鷺凛だけは、友人の死にショックを受けてか『加奈さんが死んだとは、とても思えません』と無表情に呟いていたが……
「簡単だよ。両足の長さが一緒だったから。
加奈はね、子どもの頃に右足を骨折して、微妙に骨が曲がっている分、右足だけ、ほんのちょっと短いんだよ。
だから、両足の長さが均等なんてのは、有り得ない」
酒井玲於奈め……オレ達では気付かぬよう、しかし身内であれば気付く可能性を、わざと残したか。
だが、何故だ? どうしてこんな嫌がらせの極致のような真似を酒井玲於奈はした?
眼前の女は、ACTの実験の末に、亜種となった女。
酒井玲於奈にとって、得難いモルモットと考えてもおかしくない。
いや、秦啓一ならばあらゆる可能性を探るべく、早急な判断はしなかった。
得難いモルモットと言うのはあくまで酒井玲於奈が、この状況を整えた理由の1つであり、真の目的は別にある可能性も考えられる。
……とにかく、落ち着け。眼前の亜種相手に情報戦を行うには、激昂していては手玉に取られる。
つい先程、油断から情報を与えたばかり。これ以上は、渡せん。
大きく鼻から息を吸い、肺の奥からゆっくりと吐き出す。
「両親にはまだこのことは言っていないけど……2人とも、私の伝手を使って、信頼出来る人に身柄を保護して貰っている。君が三氏族に繋がっていないのであれば」
「今の発言で、確信を深めましたよ。貴方を、この事件に近づける訳にはいかない」
「あ、事件だってのは認めてくれるんだ」
茶化すような発言に対し顔をしかめ、オレは背を向けた。
「このまま話し合いを続けても平行線。俺達はACTを学ぶ学校に在籍しているリライターなんですから、ここはACTを用いた戦闘で決めませんか」
「決闘、って訳?」
「貴方が勝ったら、俺は知っていることの……そうですね、3割くらい話しましょう。こちらが勝ったら、貴方はこの高校から出ていく」
「ちょっとちょっと! 君はたった3割話すだけで、それに対して私はこの高校から出ていくなんて、メリットとデメリットが著しく釣り合っていないんだけど?!」
3割と言うのは少ないんじゃない?! と椅子から立ち上がって身を乗り出し、指を3本立ててこちらへ迫る仰木縁。
「状況としては、そんなものでしょう。3割? 充分過ぎますよ。今の貴方は株に例えるなら、もうどうやっても利益はあげられない。仰木加奈―貴方の最愛の妹という、取り返しのつかない損失を負ってしまった以上はね」
傷口を抉るよう、仰木加奈のことをあえて『利益』『損失』とモノの取引のごとく例える。
少しでもオレに対して怒りや憎悪の感情を抱けば、その眼は曇る。
そうすれば、オレが敗北したとしても、仰木縁が真実に辿り着く可能性を下げられる。
「今の貴方に出来ることは、これ以上の損失を防ぐこと、守りに入ることです。ここで敵の正体を暴く攻勢に出ようなんて、大負けした奴が、最後の望みをかけて勝負した結果、破産するようなもの。破産の結果は……貴方を含めた親しい人達、全員の死、という可能性だってあるんですからね。3割で納得出来ないと言うのならそれでも構いません、この話は無かった事に」
「そうさせないために、ここで敵の正体を暴く必要が、ある」
こちらを遮り、見据えた眼が、日本人の標準的な黒瞳ではなく、一瞬、赤みを帯びたように見えた。
「今日はもう遅いですから、時間は明日の放課後にしましょう。場所は―失礼、ノートパソコンを拝借します」マウスを操作し、校内の闘技場でどこに空きがあるか検索をかける。「第2闘技場の第9会場が開いていますから、そこで決着をつけましょう」
「情報は、3割で良い。代わりに、私が貴方に勝ったら、講習という形で3カ月、私との『補習』を毎日受けて」
『補習』の内容次第で、3割からの上乗せを狙う、か……ここが落とし所だろう。
「いいでしょう。ですが、あくまで3割です。万一負けたら、俺の知っていることの3割はお話ししましょう。補習で情報を引き出そうとしても無駄だとは言っておきますが、それこそ無駄でしょう。俺が勝ったら速やかに退職手続きをして川崎から退去し、この件に貴女は一切関わらないんですからね」
後ろを振り返ることなく、退室する。
仰木縁の戦闘能力が、リライターとしての実力がどんなレベルなのかわからない以上、本来であれば対策出来ない。
が、こちらには、アカシックレコードを用いた予知・予測、情報の分析においては、一流と呼べる人材がいる。
問題は、加藤由利がオレに対して、敵意と呼んで良い感情しか持っていない点だ。
さて、どう動かすか。
オレは歩きながら鞄に入れていた通信機を取り出し、加藤由利に向かってある符丁を打った。




