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フェイカー  作者: 那上畑 潤
If you can not stand, I……
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情報戦

 まずはそれぞれの性格や特性を知るために一人ずつ個人面談を行いたい、とACT実習室での二者面談が行われたのは、オレにとって好都合―とはとても思えん。


 本来であれば11組から始めるはずの面談を、人数の都合で12組から行う、と仰木縁は言っていたが……こちらが策を立てる前に情報を引き出そうという考えだろう。


「秦くーん、仰木先生がきてくれってー」

「OK。工藤さん、ありがと」


 差し込む夕日を遮るために右手をかざしつつ、ソバカスと丸顔が相まって、愛嬌のある面立ちをしている委員長の工藤佳苗に礼を言い、席を立つ。


 ACTの能力は決して高くないが―その振る舞いが、演技である可能性もある相手。気を抜いて接するのは、危険だ。


 鞄を担ぐよう右肩に下げ、工藤佳苗が帰ったのを確認してから無人の教室を外から見やる。


 ……今は工藤佳苗ではなく、仰木縁だったな。


「相手が秦啓一ではなく、オレであったことは、仰木縁にとって幸運だったのか、はたまた不運だったのか」


 赤く染まった教室は、際限無く膨張する影と闇に包まれ始めていた。




 完全防音であるACT実習室内には、エアコンがフル稼働している機械音と、仰木縁の眼前にあるノートPCのモーター音が静かに存在を主張している。


 室内は相変わらず、漂白されているのではないかと思えるほどの白さ具合で、外の様子を伺うための窓も無いため殺風景極まりない。


「実習室内で面談をするということは、盗聴を警戒されてのことですか?」

「まぁ、そうだね。他の子達の面談は盗聴されても困る話は何もないけど、君は、そうもいかないだろうから」


 椅子に座った仰木縁は座ってちょうだい、と対面の椅子への着席を促す。


「それとも、どこかのスパイである君は無防備に椅子に座るなんて、怖くて嫌かな」


 ……まぁ、そう考えても不思議ではないな。

 加藤由利でさえ、秦啓一をスパイだと考え、不意打ちまでしたのだ。

 そもそも、この東京国立第二ACT高校に、二学期から転入しただけならばまだしも、織田派の中で将来有望なリライターである白鷺凛の、書類上の『彼氏』。

 そんな秦啓一に成り代われば、松平や羽柴の者にとって、絶好の情報源となるのは想像に難くないし、事実、松平はオレを用いてこのプランを実行した。


 松平上層部の誤算は、オレが『特高』から派遣された二重スパイであったことと、本物の酒井玲於奈が、上層部にも情報を与えず、異なる時間軸の存在である秦啓一を、オレの身に宿らせる手筈を整えていたことだろう。


 そうとでも考えなければ、秦啓一の幼馴染である本名不詳のマスケラをうまく誘導し、ああも容易く秦啓一を、この正化の世と、東京国立第2ACT高校に定着させられまい。

 本物の『酒井玲於奈』を発見できれば、何が目的なのか問い詰めたいと『特高』や松平の上層部は考えるだろうが、オレは正直どうでも良い。自身の命の方がずっと大事だからだ。


 普通は、そう考えるはず。そう、オレの考えは至って普通のはずだ。


 ならば何故、秦啓一は己の命も顧みずに……


「……意外だね。この程度の探り、牽制にもならないと思っていたんだけど」


 仰木縁の声によって現実へと引き戻されたオレは、訝し気に目を細める彼女に対し、頭をかきながら勧められた椅子に座った。


「いや、そうじゃなくてですね……数日前、それで加藤さんから手痛い目にあわされたんですよ。背後から、ガッツリやられて。

 だから、俺がどこかのスパイではない、一介の高校生である『秦啓一』であることをどうやって証明したら良いのかな、って考えていたんですよ。加藤さんが、俺は正真正銘の秦啓一である、って言っても仰木さんは信用しないでしょう?」


 血液型の件は病院での各種データを含め、マスケラの手によって改竄済み。改竄については、能力的には加藤由利が適任だったのだろうが―アイツに協力して貰っている案件は多いし、厄介な件もあるからな。


 だからこの線からは、オレが『秦啓一』ではないことは、バレないはず。

 仰木縁はオレから視線を離し、腕組みをして天井を見据えた。


「加藤さん―葬式に出席していた、あの娘ね。彼女が、貴方が正真正銘の秦啓一であると言えば、他の人は信用してしまうような人物なのかしら?」


「アカシックレコードの観測を元に予測、予知を活用したACTを行うリライターです。信じられないなら加藤さんのことを調べる—いや、じゃんけんをしてみても面白いかもしれませんね。

 5回もじゃんけんしたら、多分、1回も勝てなくなりますから」


 予測・予知の他には、催眠めいたACTを用いていたが、そこまで言う義理は無い。

 ただ、正直に言うとコイツと加藤由利は極力接触させたくない。

 加藤由利がいつボロを出すか、わかったものではないからな。

 短く息をついて仰木縁が銀髪を掻き上げた瞬間を見計らい、オレも言の刃で切り出した。


「俺からすれば、その年でACTの特殊犯罪捜査課の警視にまでなった貴方が、妹の死だけを理由に、高校の臨時講師を務める訳は無いと睨んでいるんですが」

「……と、言うと?」

「つい数日前、死にかけていますんで。三氏族がああでもないこうでもない、とまた蠢いているのではと勘ぐっているんですよ」


 正面から見据え、こちらはアンタを疑っているという感情を、言葉でも、態度でも露骨に表した。

 オレ個人としては、潜入工作員が何をやっているんだ、と問い詰めたくなる叱責モノの発言と態度だが、一般人であれば、これが牽制に成り得る、と考えてもおかしくはない。


 なおかつ秦啓一であれば、自身を標的とすることで、白鷺凛や加藤由利に矛先が向かないように、という思惑も含んで、こんな感じの発言をするだろう。


 まったくもって、面倒極まりない。これから先に起こるであろう事態を想像し、自然とため息がこぼれてしまうほどに。


 この稚拙な発言によって仰木縁の視線は、こちらを見ているようでその先を見ているような、僅かなズレが生じているようにオレには感じられた。


 これは演技なのか。


 それとも、眼前の生徒はたまたまこの時期に高校へ転入し、たまたま白鷺凛の『書類上の恋人』になってしまった、不運極まりない一生徒に過ぎないのか。


 そんな僅かな迷いが、眼前の亜種の視線に出ている。


 突然の妹の死によって、焦りだけでは無く、負の感情をその臓腑に溜め込むだけにとどまらず、骨の髄に刻み込んでしまったか。


 ……理由の断定は、現時点では避けるべき。ただ、未だ本領発揮ならず、と考えておいた方が良いだろう。


 この程度の心理戦、容易く捌けないようであれば、A捜の名が泣く。


 そうだろう、仰木縁?

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