嫌な会話
身内を喪った人物に対し、声をかけづらそうに振る舞うものの、オレの本心としては仰木姉妹などどうでもいいので、それが声音や態度に出ていないかだけが気がかりだ。
「ごめんなさい、あちらへ帰る時間も考えないといけなかったわね。
私が聞きたいのは、記憶を喪ってからの、あの子のこと。
記憶を喪って、別人みたいに性格まで変わってしまった、ということは父や母に聞いたのだけれど……半年前から、仕事の関係で私は海外に出ていたから、その辺りのこと、昨日聞いたばかりなの。
貴方達は、加奈と仲が良かったと聞いているし、記憶を喪った後も何度か会っているはず、と母から聞いたわ。
率直に聞くけど、加奈は、どんな感じだった?
オレは頭を掻きながら、どうしたもんかな、と疑問がリアクションに出ているイメージで受け答えた。
「えーと、どんな感じ、というのは?」
「そうね。以前の加奈と、記憶を喪った後の加奈を比べて……うまく言葉に出来ないけど、違和感を覚えなかった?」
白鷺凛は相変わらずのポーカーフェイスで隣に座るオレに視線をよこし、その隣に座る加藤由利の表情に緊迫が洩れてしまう。
やはり加藤由利は秦啓一の心証通り、その能力に反して隠し事に向いていない。むしろ、しっかり準備をした場合であれば、一般人と言って差し支えない秦啓一にすら劣るのではないか。
今のは、一般人にとっては些細な変化だろうが、眼前の女は亜種。加藤由利の微妙な変化は悟られたと考えた方が良いだろう。
さて……
「俺は、そもそも以前の仰木さんとは面識が無いんです。無いんですが」
躊躇うフリをしつつ白鷺凛に視線をやる。言ってもいいのか? と問うように。
「仰木さん。そこから先は、私から説明をさせて頂きます」
眉一つ動かすことなく答える白鷺凛は、出されていたお茶を一口だけ飲み、喉を潤す。
「私達3人の中で、以前の加奈さんと、記憶を喪ってからの加奈さんと接したことがあるのは、私だけです。加藤さんは、記憶を喪う前の加奈さんしか知りませんし、秦さんは逆に、記憶を喪ってからの加奈さんしか知りません。そして、私はどちらの加奈さんも知っていますが……」
言葉を切って、僅かに息をついて目を閉じる。
「その私自身、3年程前に記憶を喪っています。ですので、以前の加奈さんについての記憶は、この3年以内に限定されます」
「ちょっと待って。貴方も記憶喪失になっているの?」
「ええ。記憶を喪う前の私を知る方と、これまで接してきた限りでは……津田さんも槇原さんも、言葉にしたことは一度もありませんが、性格も考え方も、大きく異なるのではないかと思われます」
このまま、ただ情報を与えるのは好ましくない。
しかし、事実を歪めて伝えるのも、妙手とは言い難い。
「えーと……すいません、ちょっと、催してきたんですけど、トイレってどっちでしょうか? 場所がわからないんで、出来れば案内してもらたらなぁ~、と」
出来る限り情けなく見えるよう、視線をキョロキョロと動かし、落ち着かない雰囲気を醸し出す。
「ちょっと離れた場所にあるのよ。ついてきて」
「す、すいません」
立ち上がり、襖を開けた仰木縁についていく。
襖を閉め、スリッパを履いて歩きだす。
葬儀会場の離れにある和室から、歩き始めて1分ほど。
オレと仰木縁は、人気の無い裏手口にやってきていた。
空を見上げれば、地を照らすはずの太陽は雲に覆われており、夏であるにもかかわらず、涼しいと思えるはずの涼風は、オレには涼しいを通り越し肌寒く感じられる。
礼儀正しく見えるよう、背筋を1度しっかりと伸ばし、深々と頭を下げた。
「本当にすいません、色々と察して頂いて」
「いいのよ。こちらこそごめんね。まさか、白鷺さんも記憶を喪っているとは思わなくて」
申し訳ないと思っているのは本心だろうが、白鷺凛の記憶喪失に関しては、どうかな。
「長くなると2人に怪しまれるので、手短にいきます。
俺は、記憶を喪ったあとの加奈さんとしか会っていません。それも1回だけで、今回の事件で記憶が混乱している部分もありますので、そのことをご承知下さい。
加奈さんとの出会いは1度ですが、印象に残っていることで、こんな事がありました。
ファミレスで食事を注文しようとしていたんですが……大きな雷が落ちたんです。ピカッと光ってすぐに爆音がきて、俺は反射的に肩を竦めてビビッていましたし、ファミレスにいた子どもは母親に縋りつくようにして泣いていました。白鷺さんや加奈さんと同年代の女性たちも、大きな悲鳴をあげていました。
でも白鷺さんも、加奈さんも、眉一つ動かさずに、ごくごく普通に会話をしていたんです」
発言に仰木縁は顎に手をやり、考え込む。
「話を聞いた限りだけど……単純に記憶を喪ったにしては、加奈も白鷺さんも、随分と性格が似通っていない?」
「疑いたくなる気持ちは、わかりますが……」
一拍間を置いて、事実です、と俺は目を閉じて小さく呟いた。
目を開いた俺は、その白髪とも銀髪も判断がつかない髪とは相反する色の黒瞳を見据えた。
「つい先日まで、俺は病院で入院していました。原因は、ACTの過剰発動による身体及び、脳への負荷です。白鷺さんには内緒にしていますが、とある事件で連れ去られた彼女を取り戻すために、文字通り、命をかけました」
ウソはついていない。
連れ去ったのは槇原康太で、彼と戦った訳では無く、アカシックレコードと接続されてしまった白鷺凛本人との、茶番と言う名の死闘だったが―秦啓一があの戦いで命をかけたのは、オレと加藤由利が知っている。
「今後も、こんなことが続く可能性があります。奴等の背後にいるのが何者なのかはまだわかっていませんが、最悪の可能性として、三氏族の重鎮も考えられます」
「でしょうね。でもこの職業についた時から、死は覚悟して」
「貴女のご両親や血縁者、親しい人が拷問の末になぶり殺しにされることも覚悟していますか」
指摘に、仰木縁の顔が歪む。
オレにはわからない感情だが、一般的には家族や親しい人間を喪いたくない、と思うらしい。
ただでさえ妹を喪ったばかり。
予想通り、仰木縁は即答できなかった。
「奴等は、標的はもちろん、その周囲の人間を人質にして殺すことも平気で行う連中です。ですから俺は、これ以上貴女に何も話しません。話せば貴女はもちろん、貴女の周囲に被害が及ぶ。加奈さんとは1度しか会っていませんが……もう、あんな犠牲はたくさんだ」
会話はこれで終わり、と言うように小さく息をついて歩き出す。
これっぽっちも思ってもいないことを、さも感じているかのように振る舞わなければならない。
……これだから、誰かに変装しての潜入工作は嫌いなのだ。




