亜種
「いきなり、ごめんなさいね」
「……いえ。この度は、ご愁傷様でした」
畳に敷かれた座布団の上で正座した白鷺凛が、茫洋とした面持ちで頭を下げた。
葬式はこれで全てが終わったのだから、ようやく東京へ戻れると思ったオレに待ち受けていたのは、仰木加奈の姉からの『妹の話を、友達である貴方達の口から聞きたい』という要望であった。
加藤由利に視線を移せば、どうにか悲しみを堪えている、という表情を装っているが、内心はどう思っているか。
仰木縁、26歳。今どきの若者であれば、髪を染めることもあるだろうが、銀髪―いや、白髪なのか? 今一つその辺りハッキリしないが、柔和そうな面立ちや女性の割に高い身長は、全てその、腰まで伸ばした髪の色に引き付けられて印象に残りにくいものの、秦啓一が会った仰木加奈とは、あまり似ていないように思える。
警察の人間でありながら、このような髪の色であることを上司や他の者に咎められないのは、その立場からだろう。
10年程前、警視庁に新設されたACT特殊犯罪捜査課、通称A捜の警視。26歳で警視ということを考えると、通常であればキャリアなのだが、この女はそんな生易しい存在ではない。
『亜種』。人間に近しい存在がACTを用いることで人間に擬態し、昔から存在していたのではないか、という仮説が唱えられ始めたのは、世界大戦が行われていた頃と聞く。
昔話に出てくる雪女のような妖怪や、ヨーロッパの伝承に出てくる吸血鬼や狼男などに代表されるものがそれだが―眼前にいる仰木縁は、その仮説をもとに行われた実験の、被験者である。
『亜種』の中で特に力量が優れている存在は、『亜種27祖』と呼ばれ、実力のあるリライターの間では『万一遭遇したら、絶対に闘うな』と言われるほど恐れられている……眼前の女がそのレベルに達していることはまずなかろうが、万一、それに迫る力を持ったリライターであれば、色々とマズイ。
どの亜種の被験者であるか、その力量がどれくらいかというような詳しいデータまでは、時間が足りずに探れなかったが―軽い調査にもかかわらず、この程度のことを探れたのだ。
なら、高校生の身でありながら、ACTの分析に置いてはエキスパートと言っても良いレベルにある加藤由利は、もっと詳細な情報を握っているだろう。
故に、気が気でないはず。
仰木縁に事の真相がばれてしまえば、立場的にも、能力的にも、妹の仇討を考えておかしくない。
そうなれば、後は泥沼。
この事件を引き起こした張本人である酒井玲於奈は、奴の言葉を信じるなら、すでにこの時間軸から退去済み。
三氏族は、特に酒井玲於奈を擁していた松平は、ことの真相を認めはしないだろう。
何より、これまでのやり口から考えるに、仰木縁の家族を人質にとって口封じを狙う。
いや、そんな生温いことはせず、全てを闇に葬るかもしれん。
どちらにせよ、泥沼。
三氏族の重鎮は高めから眺めるだけの、仰木縁のみにとっての、どうしようもない泥沼。
故に、加藤由利は気が気でないだろう。
何せ、秦啓一から『後を頼む』と言われているのは、彼女だけなのだから。
「貴女が白鷺さんね。妹からカワイイ娘がいる、ってよく聞いてた。そして、そちらが加藤さんね」
「はじめまして……加藤由利です。クラスが一緒になったことはありませんが、加奈とは同期で、ゆーりん、なんてちょっと間の抜けた綽名で呼ばれていました」
猫を被らずに、端的に答えたのは出来る限り誠実に、という奴なりの誠意だろう。
そして、情報は可能な限り与えない、という意思の表れにも思えるが、眼前の人物はそれをどれくらい悟っているのか。
「それで、申し訳ないんだけど、貴方は、槇原君、という人では無いわよね?」
正座したまま頭を下げようとし―足が痺れたフリをして、小さくバランスを崩す。
「あ、足は崩しちゃって! ゴメン、そんなことも気づかないで……」
いえ、こちらこそ、と答えつつ、どうにか正座をしなおして、頭を下げる。
「秦啓一です。今年の8月に、川崎の東京国立第2ACT高等部に転入しました」
言葉を切り、初心な高校生のように見えるよう、一度咳払い。
「ええと、白鷺さんの、その……」
「秦さんは、私の書類上の彼氏になります」
言い淀んでいたのを見て取った白鷺凛が言葉を引き取ると、仰木縁は目を丸くして俺と白鷺凛を見比べる。
秦啓一であれば、間違いなく照れてそっぽを向くだろうから、そのように振る舞うが―35歳の良い男が、こんなことで何故照れるのかがオレにはわからん。
女性との性交渉はおろか、付き合った経験すらないことを考慮すればこういう反応もわからなくはないのだが、その割には女に対して酷くドライな考え方を持っていた。
が、こういう感じで照れたり、女の胸が当たった程度のことで、演技では無く、本当に泡を食っていたのだから余計にわからん。
対照的に白鷺凛は堂々としているから、一見すると、オレと彼女で、主導権を握っているのは彼女だと、誰もが考えるだろうな。
自身の顔が赤くなっているかは少々不安だが、そっぽを向いていれば、例え赤くなっていなくとも誤魔化せるだろう。
そんなこちらの態度を見て、微笑ましいものを見るように小さく笑う仰木縁を見る限り、オレの擬態は今の所、成功している、と考えたいところだ。
白鷺凛も、表情が無い女なので、何を考えているかわかりづらいだろう。
オレ達3人の中で、仰木縁が何かしらの情報を得られる、最も可能性が高い人物は―
「この度は、申し訳ありませんでした」
正座したまま深々と頭を下げる、加藤由利だろう。
それに対し、仰木縁は目を閉じ、首を横に振った。
「貴女が謝ることではないわ」
「ですが……彼女も白鷺さん同様、狙われていることを知っていたら」
「いいえ。川崎にいる白鷺さんと、あの子に共通点なんてなかったでしょう。狙われていたと言うより、友達である白鷺さんのお見舞いに行って、偶然、ああなってしまっただけよ」
巻き込まれた、ではなく、ああなった、と言うのは仰木縁なりの配慮か。
……このまま沈黙していてもいいのだが、秦啓一であれば、この気まずい空気をどうにかしようと、話題を変えるか、本題に切り込むだろうな。
「それで、仰木さん……その、俺達に聞きたいことってのは、どんな用件でしょう?」




