フェイカー
「すいません。当時の記憶がなくて、何が起こり、どう解決されたのか、私には全くわからないのですが」
ベッドに横たわるこちらの視界には、4人の少女と1人の少年―約1名、マスケラを装着しているがために、一見しただけでは性別がわからんが……相変わらず、服装は手抜きで制服か。
「フフン♪ 凛ちゃん、あたしが誘拐団相手にどんな活躍をしたのか聞きたい? 聞きたい? そんなに聞きたい?!」
「……津田さん。何度も何度も何度も言っているのですが、貴女は織田家の中でも家格が高い津田家の長女なんですよ? その辺りの自覚をしっかりもってですね」
「あーあーあーあー、マキが何か言っているけど耳が急に聞こえなくなったー!」
小柄な割に胸のボリュームがある少女が、胸を張ってフスン、と自慢げに息をつくと、右手で顔を覆ったまま、少年がぼやくように説教し、それに対し少女は自身の耳を塞いであーあーあーと叫ぶという、実に子どもっぽい仕草で対応している。
「ま、軽い怪我で済んで良かったよ。2人とも完全に意識を失っていたからね」
マスケラをした女子高生が良かった良かった、と仮面越しに言ってくるが、
「何が、どう良かったって言うのよ? 白鷺さんは当時の記憶がないし、コイツだってぶっ倒れて、一部とはいえ、記憶に混乱が見受けられるのよ? これの何が良かったのよ? ねえマスケラ」
立腹ぶりを隠そうともしないポニーテールの少女は腕を組み、フン、と荒々しく鼻息をついてそっぽを向いた。
「そんなことをわたしに言われてもね。命あっての物種と言うじゃないか」
「ええそうね、どっかの誰かさんが自分の命を度外視した作戦を立てたんですもの、ええ、命があって本当に良かったわよ」
肩を竦めて飄々と受け流すマスケラに対し、ポニーテールはそれでも荒れた様子で、こちらや鉱物的な美貌を持つ少女とは視線を合わせようとしない。
「そういう訳だから、凛ちゃんはあたし達に任せてちょーだい! ちゃーんと検査に付き添うから」
「あの、津田さん。本当に私は大丈夫なんですが」
「ダメだよ白鷺さん。君も啓一君も、肉体的なダメージが無かったとはいえ、倒れているんだし……記憶も一部とはいえ、なくしているんだから」
困惑する少女の背を、小柄な、しかし胸は大きい少女が両手で押し出し、先導する形で少年がドアを開ける。
3人が部屋から出たのを確認し、
「で、カマトト。彼は本当にアンタ1人で大丈夫なんだよね?」
「むしろアタシが聞きたいわ。もう1度何かあったら、アンタ達3人だけで彼女に対処出来るのかって」
……2人揃って、大きくため息をついた。
「しょうがないか。人体の異常感知については、カマトトの右に出る奴なんてわたしは知らないし……世界なんて別に滅びてもいいんだけど、そのとばっちりで啓一君が死ぬのは我慢ならないからね。じゃあね、啓一君。また今度」
マスケラに手を振られるが、どう反応したらいいものかと迷っている内に彼女も部屋から出て行った。
ドアが閉まると、個室には気まずい空気が流れ―
「いつまでアイツの真似してんのよ、フェイカー」
……コイツの能力は、アカシックレコードの情報照合による予知や予測だったな。
加藤由利。秦啓一に化けて、川崎にある東京国立第二ACT高等部に潜入する際、最大の障壁となるであろうと考えていた女だ、誤魔化しきれん―が、良策も思いつかん。
さて、どうする……
「フェイカー。松平での諜報員としての名である『柳雄平』って呼ぶのは違うでしょうし―本名はアンタ自身もわからないんでしょうけど、年齢は35歳、血液型はA型。内閣特務高等治安局『特高』に所属する、松平へ潜入している二重スパイ。『特高』で与えられている席次は、7番。潜入工作員としてなら、日本でも有数の実力者さん?」
「……解せんな。オレの存在を把握していたなら、なぜ全員が揃っている場で言わなかった?」
疑問に、氷のような冷たい瞳が向けられる。
『秦啓一』の人格に乗っ取られていたせいか、ここ数カ月の記憶はもちろん、『平成』とやらの記憶も一部残っているせいで、随分と奇妙な気分になってしまうが―こういう手合いは慣れている分、やりやすい。
「アイツがこの時間軸から消えてしまったと知れたら、マスケラは何が何でも、原因となった白鷺さんを殺そうとするでしょう。最悪、その時の戦闘で白鷺さんが例の能力を取り戻す可能性もある」
「アカシックレコードに繋がることで、全知全能になる、だったか。むしろそちらの方が、都合が良くないか。『奇跡』である『死者の蘇生』を、実行すれば良いのだからな」
「バカ言わないで。アイツは、元々この世界に存在しない人間なのよ。秦啓一を『蘇生』させようとしたって、蘇生されるのはアンタが殺した『正化』の秦啓一であって、アイツじゃない。アイツはこの時間軸から『消えた』のよ。この世界の時間軸に最初から存在していて、死亡した人間とは状況が違う。元々いないものを、どうやって蘇らせるって言うのよっ……!」
「全知全能であれば、何でも出来るだろう」
「……アンタ、出来ないって予想していてけしかけるなんて」
ほう、そのくらいは判断できるか。
「なぜ出来ないと?」
「本当に何でも出来るのなら、そもそも、アイツとあんな茶番をしていないでしょうよ」
能力的には、それこそ時間軸の異なる存在である秦啓一を、何らかの手段で復活させられるかもしれんが、恐らく、相応の代償が必要だろう。
時間軸ごと組み替えるような、大規模なACTを手段として用いるのであれば、天文学的なリスクを背負うはず。
それこそ、人類が滅亡するくらいのリスクを。
「どんなに世界を作り替える力があっても、あの娘は、自分や他人の心の在り方を、作り替えることは出来なかったのよ、心理的に。そんな白鷺凛が、アイツを、自分の手で消してしまったと知ったら……自分の命どころか、存在が消失したことすら周囲に悟られぬまま消えてしまったアイツを、あの娘に『信じる機会』とやらを作ったアイツを、自分の手で消してしまったと知ったら―記憶を取り戻したあの娘なら、全てを元に戻すことが可能だとしても、実行する前に発狂するでしょうね、確実に」
―なるほど。能力やACTの制約上の問題のみならず、あの戦いを見た後なら、そういう心理的な面も考慮すべきか。
「それで、今回の件で記憶に齟齬が見受けられるというオレの演技に乗じ、誘拐事件などという存在しない事件をでっちあげて、口裏を白鷺凛以外の奴等と合わせた訳か」
コイツの話だと、病院で正体不明の敵に白鷺凛が誘拐され、それを奪還した際に、秦啓一がACTの過剰発動により倒れ、記憶に混乱が見受けられる、と説明していたな。
もっとも、自身の記憶が無いことに加え、何らかの状況の齟齬を発見すれば、白鷺凛が疑問に感じて動き始めてしまうだろう。
「質問よ、フェイカー。
どうして、意識を回復した時に逃げずに、記憶に混乱があるなんてウソをついてまで、アイツを、秦啓一を演じる気になったの」
「ハッ! オレの任務を考えれば、今の状況を逃す手は無い。後は貴様さえ排除出来れば」
「わかりやすいウソに付き合う余裕も暇も無いの。アタシを排除するのであれば、体調が整っていない昨日やるのがベスト。そもそも、こうやって言葉にしている時点で、ACTを使わなくてもウソだってわかるわ。どうしても答えないと言うのなら、アタシにも考えがあるわよ」
眼前の女は病室のドアに背を預けると、左手に皮手袋を嵌めた状態で親指と中指を合わせ、右目を閉じ、左目のみでこちらを見据えた。
「なんだ、お前。ここで一戦交えても良いと思えるくらい、あの男に惚れていたのか?」
「真っ当に恋愛なんてしたことないのに、わかる訳ないでしょ、惚れたのどうだのなんて。
ただ―アイツの在り方が良いなと思ったから。三氏族なんてシステムに組み込まれているアタシには、眩し過ぎたから……アイツが守ろうとしたものは、守ってやろうと思っているだけ。
アイツが守ろうとしたものを害するのなら、相応の覚悟を固めるのね、フェイカー」
―少しでも、眼前の少女を揺さぶれたら、という思惑で発した問いだったが……逆にこちらが揺さぶられるか。
オレはベッドから身を起こし、指を1本立てて、加藤由利と言う名の少女を見つめた。
「交換条件だ、加藤由利。正直に言うから、こちらの質問にウソ偽りなく答えろ。
そこまで想っていた人間が、この世から消されたと言うのに、お前は報復を考えないのか?」
「考えていない訳がないでしょう。出来ることならあの娘、ぶん殴ってやりたいわよ。自分の我が儘で人を散々振り回して、挙句の果てに人が信じられないからって、生死をかけて試すなんてどういう了見よ。しかも事が終わったら記憶喪失……ふざけるのも大概にしろって話よ。可能ならアンタだってしこたまぶん殴ってやりたいわよ」
「にもかかわらず、貴様はそんなオレと組んでまで、アイツ等を守ると言うのか?」
加藤由利は、開いていた左目を閉じ、
「……後を、頼まれたからね」
表情を隠すように、顔を伏せた。
秦啓一は、誰もが疑わしいあの状況の中で、最適な人物を見出し、後事を託せたようだな。
伏せていた顔を上げた加藤由利は、左目のみを開いてこちらを再度見据えた。
「さぁ、こっちは正直に答えたわよ。アタシの質問に答えなさい、フェイカー。アタシにとっても好都合だったから合わせたけど、アンタの目的は、何? 何のためにこんな演技をしているの」
「保身だ。この身に『秦啓一』などという異物を宿していたと情報が洩れて見ろ。間違いなく『封殺対象』にされる。何せ、異なる時間軸の、未来の記憶を宿した身体だ。
そら、選択の余地など無かろう」
加藤由利は左目のみでこちらを見つめ「ウソはついていないようね」と小さく呟いた。
「当たり前だ。そもそも、選択の余地が無いと」
「でも、本当のことも言っていないわね? ウソは言っていないけど、他にも理由があるでしょう。『封殺対象』にさせないだけなら、アタシ達を皆殺しにするのが最善。死人に口無しなんだから。でも、アンタはそれをしていない」
……
「……口にするのもバカバカしいが、秦啓一の見解だ。眉唾モノとしか思えんが、白鷺凛がアカシックレコードに繋がった状態になれば、周囲への不信から世界の破滅を招くのだろう? 世界が終われば、オレも死ぬ。リスクを考えろ。皆殺しを実行に移し、失敗した時のリスクは比類が無いんだぞ。完全に悪手だ」
「あの時の白鷺さんの力は、確かに全知全能と言っても良い力だったと思う。でも、周囲への不信から破滅を招くとアイツは言っていたけど、アタシはそんなの想像出来ない。そんな容易く、取り返しのつかないことなんて出来るはずがない。
他にも、理由があるでしょ」
発言を遮られたオレは、こちらを看破しようと左目だけで見つめる加藤由利の顔を眺めた。
「何よ?」
「いや」
秦啓一の観察眼は、中々のモノだったわけだ。
確かに、強い女だ。
芯がブレないから信じることも、疑うことも、必要なモノとして適切に選択できるし、闘うだけではなく、逃げを打つことも躊躇わないだろう。
だが、若さゆえか、その強さゆえか―人の弱さを、想像出来ていない。
そこが秦啓一との決定的な違いだが―さて、この違いが、どうこの後に影響するか。
……まぁ、良い。もう1つの理由を言った所で、何かオレに悪影響がある訳でも無い。
「もう1つの理由は、知りたかったからだ」
オレの呟きに、加藤由利は眉根を寄せた。
「何を?」
「秦啓一が、自分が消えることを承知の上で、何を為そうとしたのか―それを、知りたかったからだ」
三氏族に対抗するための組織―『特高』はその1つだが……目的のためには手段を選ばないのは、三氏族と同様。
ACTの適性の高い赤子を見つけたら、親を殺し、奪い、自らの手駒とするために、知らぬ顔で養育するくらいには手段を選ばん。
そんな風に育てられ、敵を容赦なく殺害できるよう、共に育った同僚を手にかけてでも生き延びているからこそ―他者のために己の命を捨てた、秦啓一の行動が、オレには理解出来ない。
あの男は、一体、何を為そうとしたのか。
何を、守ろうとしたのか。
オレの身体と脳を使って活動していたから、『正化』での奴の行動は、一部、記憶の欠損こそあるものの、大体は思い出せる。
喪われている記憶は、奴がACT実習室で、白鷺凜や津田香、槇原康太、マスケラと共にACTを発動しようと試みた時から退室までと、仙台のホテルにてマスケラと会話し、病院で目覚めるまでの大部分が、虫食いのように、記憶の欠損がある。
とは言っても、秦啓一がこの『正化』にきてからの、9割がたの行動は把握できているず。
だが、わからん。
なぜああも簡単に、己の命を投げ出せたのか。
そんなに人を信じる、ということは大事か?
疑うことでしか身を守れなかったオレとは、生き方が異なる―いや、大きくは変わらないはずだ。
今のオレは、秦啓一が、『平成』とやらの世界でどう生活してきたか、その記憶も一部、ある。
それを思い返す限りでは、秦啓一自身、周囲を疑うことで身を守っていたと、そう『平成』の記憶は示唆しているのだ。
つまり『正化』に来てから、秦啓一の考え方に変化があった、と考えるべきなのだが……原因が、わからん。
周りが全て疑わしい状況も手伝って、途中までは、確かに秦啓一は、疑心暗鬼に陥っていたはず。
現にその疑心暗鬼のおかげで、奴は両親が偽物であることを僅かな会話だけで見破り、警戒を続けていたおかげで、白鷺凜という終着点に辿り着くことができた。
奴にとっての唯一の誤算は、己の命を懸ける必要性が生じたことだろうが―
何が、ターニングポイントだった? どこで、あの男は変わった?
どうして、変わることが、出来たのだ?
奴の記憶は有していても、感情と思考までは有していないが故に、何が秦啓一を変えたのか、オレには理解出来ない。
あるいは、欠けていた記憶の中にこそ、オレが求めていた答えがあったのか?
どれだけ考えてもわからなかったが、脇にひとまず置いておく、忘れる、という選択をすることだけは、オレが秦啓一に敗北したようで、酷く癇に障った。
? 真偽を判定するために、左目だけでオレを見ていた加藤由利は、右目も明け、口を半開きにしたやや間抜けな面持ちでこちらを見ていた。
「……意外ね。話を聞く限りでは、アンタはキラーマシンみたいな奴だと思っていたわ」
? コイツはその左目に、何を見た?
キラーマシンみたい? バカなことを言うな。
『特高』に所属する者が、『みたいな奴』ごときに務まるか。
俺達は文字通り、名を持つことも許されぬマシーン。
命令があれば、『正化』の秦家のように、皆殺しも辞さぬ。
「何考えているかまではわからないけど、アイツに随分と執着しているじゃない」
…………
「……『ゆりっぺ』も中々言うじゃないか」
恐らくは加藤由利が、この事件で最大の後悔を持つに至る一因となったであろう、『親しみを込めたあだ名』で呼んでやった。
音が鳴るくらいに歯を食い縛った加藤由利は、大股でこちらへ歩み寄り、ベッドに寝る俺のシャツの襟首を両手でつかみ、持ち上げた。
吐息がかかるくらいの距離で、血走った眼光が迸る。
「―その顔で、その声で、2度とその名を呼ぶな!」
放り捨てるよう、俺のシャツの襟首を投げ放つ。
枕の上に首を落とされたために、衝撃は大したことはなかったが―受け身が反射的に出る速度が遅い。数カ月、秦啓一に身体を乗っ取られていたせいか、反応が鈍っているな。
乱れた呼吸を整えているのが、背を向けた状態でもわかる。
「……明日、また来るわ。それまでに今後の算段を講じなさい、フェイカー」
俺とは眼を合わせようとはせず、背を向けたまま、加藤由利は退室した。
窓に目をやれば、病院の玄関口から何も知らない4人が出てきて、和気藹々と雑談に興じている。
身体を起こし、壁に手を突きながら窓へ歩み寄る。
眼前にある窓は、縁こそ見えるものの、ガラスそのものは透明。
しかし確かに存在するソレを開けると、乾ききった風が勢いよくカーテンをはためかせた。
あの光景を守るために、秦啓一は己の命を賭けて常理に挑み、奇跡を起こしたのか?
…………
窓を閉め、身体をベッドに埋め、真っ白い天井を見つめる。
「貴様は、己の在り方を理解していないからフェイカーだと白鷺凛に告げたが……自身の在り方を、見つけることは、出来たのか?」
問いに答える者は、もう、いない。




