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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
63/117

茶番

 彼我の距離は、全員およそ、5メートル。


 津田さんがOBに入力した改変式を発動することで、周囲に無数の氷槍が召喚され、唯一の逃げ道である上方を塞ぐように、巨大な氷蓋が標的の頭上に生成されたことを確認し、俺は『砂上の楼閣』を起動し、最後になるであろう行動に移りつつ、全員の様子を観察する。


 さっちゃんが自身の肉体時間を操作することで、真っ先に白鷺凛に肉薄した。


「わたしと踊って貰おうか、白鷺さん!」


 ナイフによる喉元への突きから首を狙った切り返しと、攻撃の鋭さに容赦は微塵も感じられないが、その攻撃を白鷺凜はあっさりかわすと、いつの間にか握っていた槍のようなものでさっちゃんの腹部に払いの一撃を見舞う。


「ぐ、このくらいで」


 それでも抗うように場に踏みとどまろうとする彼女を、蹴り飛ばす。

 胸の辺りを蹴られた時に、ボキッと嫌な音が、こちらまで聞こえてきた。

 壁に叩きつけられたさっちゃんは気を喪ったのか、その場に倒れ伏した。


「凛ちゃんっ!」


 名を叫びながら吶喊する槇原君は、左腕に装備していた、矢が装填されていないクロスボウを向ける。


 クロスボウの先端でバチバチと音をたてながら雷の矢が三本生成され、文字通り光速で疾駆―したかに思えたが、白鷺凛に届く寸前で、それは何かに阻まれたかのように停止。


 だが、雷の矢が止められることを彼は予想していたのか、そのまま距離を詰め、後方から迫るゆりっぺと挟むべく駆け―その背後に、『砂上の楼閣』のような、淡い光の膜に包まれた白鷺凛が忽然と出現していた。


 姿を見失った槇原君に対処する術は、


「香っ!」


 叫びと同時に槇原君がOBにあらかじめ入力していたであろう改変式を発動、白鷺凛を包んでいた淡い光の膜が消失。


 白鷺凛は、それに軽く舌打ちしつつ、彼の首筋に手刀を打ち込み―刹那、氷槍が全方位から猛威を振るうべく降り注ぐ。


『砂上の楼閣』が展開されていれば、回避は容易いが―白鷺凛は気絶させた槇原君を見て、再度舌打ち。

攻撃を加えられたあの一瞬で、『砂上の楼閣』の発動を阻害されたにも関わらず、異常な身体能力を発揮するACTの発動までは妨害できなかったのか、銃弾並みの速度であらゆる角度から牙を剥く氷槍を払い、薙ぎ、突き、返すことでそのことごくを迎撃―


「停止解凍―全氷槍水蒸気爆発っ!」


 氷槍を生成するのに奪い去った熱量を、氷槍に戻すことで発動する大規模な水蒸気爆発。


 が、それを白鷺凛は左手の親指と中指を合わせ、パチン、と弾いただけで、爆発するはずであった無数の氷槍が、彼女の上方に浮遊し、落下してきていた氷蓋ごと消し去ってしまった。


「……っ……」


 額に張り付いた汗を拭うこともなく、それでも左腕に装着したOBに指をかけた所で、津田さんは崩れ落ちた。


 一連の流れをACTの予測で読み切っていたのか、懐まで入り込んだゆりっぺが、その耳元に皮手袋をつけた右手の親指と中指を―弾く寸前に、その腕が白鷺凛に掴まれた。


「貴方の身体能力で、成功すると本気で思っていたの?」

「それはこっちの台詞よ! 何よ、この茶番は!」


 ……そうだな。ゆりっぺからすれば、こんなのは茶番だろう。


「どういう意味かしら?」

「自分でわかっていて答えを求めるなんて! これだもの、フェイカーだの、自分自身を理解していないだの言われる訳だわ!」


 ゆりっぺの叫びは挑発の意図がなく、本心の吐露。


「そうでしょ、アカシックレコードに繋がったことで、アイツ以外のことなら、全知全能の白鷺サン?

 なのに、槇原君にはACTの発動を阻害されるわ、アタシにはこうやって時間を稼がれるわ……相手の意図がわかっているにもかかわらず、こちらに『気付かれていない』と思わせるためだけのこのやり取り。茶番と言わないのであれば、何と言えば良いのかしら? アタシには訳がわからないわよ!」


「ええ、わからないでしょうね、貴女には。でもありがとう。これで条件は、全部満たされた」


 白鷺凛の呟きに、訝し気に眉が持ち上げられた所で、ゆりっぺの耳元に親指と中指を合わせた右手が差し向けられ―パチン、と音をたてて指が弾かれると、糸が切れたようにゆりっぺは気を喪った。


 そう、これは茶番。


 敵対している白鷺凛は、俺以外の行動の全てを把握しているが故に、こちらに勝ち目なんて1%も無い。


 白鷺凛自身が、敗北しようとでもしない限りは。


 そうでなければ、白鷺凛が槇原君のACTに妨害を受けることなど有り得ない。

 そうでなければ、ゆりっぺの『茶番』発言を、わざわざ待つことも有り得ない。

 そうでなければ―これほど『砂上の楼閣』を連続起動させて、頭痛すら無いなんてことは、有り得ない。


 全ては、俺を試すため。


 これは、全ての『言い訳』を排除するために白鷺凛自身が、状況を利用してこの場を整えた、というだけの話。


 まさに、茶番。




 言葉では、信用とか信頼とか、そういった目に見えないものは、届かない。



 

 白鷺凛の能力が封じられれば、『柳雄平』の意識も復活する可能性が高い。

 そうなれば、この肉体から、俺の、『秦啓一』としての人格が失われる公算は大きい。

 このデメリットを承知の上で、白鷺凛のためだけに、その能力を本当に封じられるのかと、彼女は行動をもって、俺に問いたいのだ。


 何も信じられなくなった人間が、人を信じるのは自分自身の強さに因るものなのだと主張する人間に課した、一切の『言い訳』を排した試練。


『砂上の楼閣』を用い、自身の体重を可能な限り低くした上で、足場として活用できそうな氷槍から氷槍へ飛び乗り、上方の氷蓋に乗って隙を伺っていた俺は、5度目の『砂上の楼閣』を展開。


 氷蓋が『分解』されたことで自由落下をはじめた身体を、『砂上の楼閣』で重力を改変し、マイクロセカンドもかけずに、両足を踏ん張らせて、白鷺凛の後方に着地。


 未だに茶番を続ける白鷺凛は、しまった、とでも言いたげな表情でこちらを顧みようとする。


 だがその黒瞳が、期待と不安に揺れ動いているのは隠せていない。


『自分が消えるかもしれないのに、本当に、私が人を信じられるチャンスを造ってくれるの?』


 ああ、造ってやるさ。


 俺は膝のバネを使って、跳ね上がるよう、白いうなじに向けて右手に握り込んでいたデバイスを―

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