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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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命を懸ける価値

 左腕に装着していたOBに、入力しておいた改変式を右手で起動させる。


『砂上の楼閣』を展開すると同時に、後ろから槇原君に肩を貸した津田さんとさっちゃん、加藤由利が追随してくる。


「どうして、凛をあえて感情的に暴発させたの、秦啓一」


 怜悧な相貌で俺を睨み据える津田さんだが、その左腕に装着したOBに改変式を次々と入力していることから判断して、対決はもう避けられないと判断したらしい。


 その判断、悪いモノだと俺には言えないが……『繋がったから、わかる』と白鷺さんが言ったのも、頷ける。


「言葉では、信用とか信頼とか、そういった目に見えないものは、届かないからさ」


 俺の言葉に自身も何か覚えがあるのか、津田さんの無機的な表情に、微かな陰りが見えた。


「だから、ここで彼女が望む言葉を俺が言っても、数年以内には、不信から全てが壊れる。ちなみに俺は、不信から、壊しちゃいけないモノを、かつて壊した。

 それはもう、どうやっても、2度と元に戻すことは出来ない。

 そして今の彼女は、およそ全知全能に近い存在だ。ちょっとした擦れ違い、勘違いで暴発したら、取り返しがつかない。

 だから、今だ。擦れ違いを食い止められるとしたら、今、ここでだけだ」


「……私はどうすれば良いの」


 作戦の全容の共有を求めてこないのは、俺以外の皆は思考から行動、全てが彼女に筒抜け。

 逆を言えば俺だけは、アカシックレコードを観察しても、その行動や考えが、全部はわからない。


「彼女の全方位を、君達4人で囲んでくれ。津田さんはさらにその外周から、大きめの氷槍を生成し、4人が四方から突撃するのと同時に、氷槍も突っ込ませてくれ。半端なACTでは、牽制にすらならないからな。それと、上に逃げられないよう、上方から巨大な氷塊を叩き落としてくれ。大きさは10メートル以上、厚さは1メートルもあれば、威力的には十分だろう」


 凛を頼んだわよ、と短く返した津田さんは『砂上の楼閣』の領域外に足を踏み出した。

 同時に俺は『砂上の楼閣』が強制停止されるのと同時に、2度目の起動を行う。

 頭痛は無い。


「槇原君。デバイスを、貰えないか」

「……僕は、彼女達を守りたかった。記憶と元の人格を失ってしまった凛ちゃんを」


 そう呟いた槇原君が見たのは、これから俺達が対峙する少女であり、


「あんな実験に関わらせたせいで、取り返しのつかないことをしてしまったと……全ての責任を一身に背負いこんで、かつての凛ちゃんのように、無理して明るく振る舞う香を、守りたかった」

「全部が失われた訳じゃない。まだ、間に合う」


 時間の流れが違う『砂上の楼閣』の領域外で、津田さんの面持ちを見た槇原君は、決意を固めるように1度目を閉じ―開いてから、傷付けられた身体に鞭打って、右腕に装着されたOBに改変式を入力、左腕にクロスボウのような発射装置を装備。


「これを、凜のうなじに繋げて下さい。そうすれば、あとはプログラムが自動的に発動します」


 そう言って、右手に握っていたプラスチック状のデバイスを、俺の右手に握らせてきた。


「後を、お願いします」


 駆けるその背を見送りつつ、砂上の楼閣が再度強制停止され、しかし間断なく続くよう、あらかじめ入力されていた改変式を連続起動。


 頭痛は、無い。


「はっちゃん……」


 普段のさっちゃんからは想像できない、心配しているような声を聞くと、マスケラの向こうでどんな顔をしているのかと、否が応でも想像してしまう。


「さっちゃんに色々あったように、俺にも、色々とあったってだけのことさ。

 それでも、俺は幸運な方だぞ」


 以前までの俺だったら『あの女に出会って、死ななかったからな』と嘯いていただろう。


「こうして、命を預けられる人間に、出会えたんだからな」

「……そっか。それじゃあ、はっちゃんの期待に応えるとしますか」


 腰に括りつけていたサバイバルナイフを引き抜き、左腕に装着していたOBに改変式を入力してから足を止め、


「またね、はっちゃん」


 右手に握ったサバイバルナイフの切っ先を振り、さっちゃんは『砂上の楼閣』の領域外へと残された。

 3度目の強制停止、及び、連続起動。

 ……頭痛は、無い……っ!


「アンタ、死ぬ気?!」


 最後に残っていた加藤由利が、咎めるように叫ぶ。


「頭痛が無い訳ないでしょう?! もうあの娘は、柳雄平の意識を封じているはずがないんだから! そんな状態で3回も『砂上の楼閣』を連続で起動したら」

「言葉では、何とでも言える。行動で、示すしかないんだ!」


 叫びに、加藤由利は苦しそうに顔を歪め、口を開いた。


「彼女は、アンタ以外のことなら、何でもわかるんでしょう? なら、この状況は……アンタが柳の肉体に意識を定着した所から、今の今まで、全部彼女が仕組んだ出来事なのかもしれないのよ?!」


 アカシックレコードの観察から、予測を主とするACTを扱う彼女には、やはり気付かれるか。


「それでも、アンタは命を懸けるって言うの?!」


「彼女は俺に、信じてくれるよね、と言った。疑惑と虚実が入り乱れるこの世界で、信じてくれるよね、と。

 人を心の底では信じられなかった俺だからこそ、人が怖いと疑心暗鬼に陥った俺だからこそ―この行いが、命を落とす可能性が高いからこそ!

 今、ここで、俺が命を懸ける価値がある!」


 加藤由利は首を横に振り、駆けながらも、身に着けたグローブの親指と人差し指を合わせた。


「アタシには、理解出来ない。あの娘には、確かに同情すべき点があるけど、不幸や絶望なんて、誰にでも降りかかってくるものよ。アンタにも、アタシにも……そんなことなんて、世界中の誰にでも起こり得ることよ。

 そんなありふれたモノで、命を懸ける必要なんて無い!」


「そうだな、ありふれたモノさ。でも、不幸や絶望ってどうやって産み落とされると思う?

 希望さ。希望を全て喪ったと思った瞬間、人は絶望する。

 白鷺さんにとって、希望とは槇原君であり、津田さんとの繋がりだったのさ。

 実の親に『いついかなる時でも、親父とお袋を信用できる訳じゃない』と言い切って、互いの信用や信頼を壊してしまった俺だからこそ、今、命を懸ける価値がある」


 おそらく、その強さ故に、本当の意味で絶望したことはないであろう加藤由利は、俺を翻意させられないと知りつつも、それでも食い下がるように問いかけた。


「そもそも、アンタが消えたら、残された人間はどうするのよ?

 彼女はアンタに一方的に助けられて―アタシには、アンタを止められなかったことを、一生後悔しながら生きろって言うのっ?!」


 加藤由利の叫びは、心が悲鳴をあげているように聞こえる。


 回答次第で、彼女は俺に『分解』のACTを放ち、無理にでも『砂上の楼閣』を止めるだろう。


 扱っているACTに反し、この娘が、俺がこちらの世界で出会った人間の中で―いや、ひょっとすると、俺の人生で出会ってきた人間の中で、1番真っ当で、1番強い人間なのかもしれない。


 片目だけとはいえ、失明させられるような実験をされて、人間不信に陥っていないというその1点だけでも、俺からすれば信じ難い意思の強さだ。


 だからと言って、まだ成人もしていない女の子に、こんな役目を押し付けるなんて……鬼、と罵倒されても甘受するしかない。


 だが他に、任せられる人間が、いない。




「すまん、後を……後を、頼む。ゆりっぺ」




 不意打ちをされてから1度も呼んでいなかった、親しみを込めたあだ名で呼んだことで、ゆりっぺの意識が僅かに俺から逸れた。


 右足で踏ん張った俺が急停止し、方向を転換したことで、勢いを殺しきれなかったゆりっぺは『砂上の楼閣』の領域外へと放り出される。


 こちらを切羽詰まった表情で見つめるゆりっぺから視線を切り、彼女から十数歩離れた位置で、額から流れてきた汗を左の手の甲で拭い、右手でOBに4度目の改変式を入力、起動を即座に出来る状態で待機。


 白鷺凛を中心とした四方に配置された、ゆりっぺを除く3人が一斉に駆けだしたのを見て、彼女も踏ん切りをつけるように標的目掛けて走り始めた。


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