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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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Because, you don’t understand yourself

 虚空を睨みながら、俺を頼るように見つめてくる少女に視線を戻す。


「この世で一番大事な人に、絶対の味方だって思っていた人達に、立場とか証言とか、そんなどうでもいいことで全部ひっくり返された秦さんなら、私のこと、わかってくれるよね?」


 少女の黒瞳は、誰を、そしてどこを見ている?


 全てを否定された秦啓一は、あの女のウソを鵜呑みにし、俺を全否定してしまった親父とお袋を見て、何を思い、どこを見ていた?


 ……俺は少女の手を取り、答えた。








「いいや、わからない」








 世界が、止まったように感じられた。


 吹き飛ばされ、左方で立ち上がりかけていた加藤由利、背後で槇原康太を治療していた津田香、俺を心配そうに見つめていたさっちゃん。


 そして……まさか、眼前で否定の言葉を告げられるとは思っていなかった少女。


 これだけは、全く予想していなかったのか、呆然としていた。


「君の傷は、君にしか癒せない。周りの人間に出来るのは、その手伝いだけ。


 君が倒れたら、そこから立ち上がるために、俺が手を貸すことは出来る。


 でも、立ち上がろうとする意志は、君自身にしか持てないんだ」


 あの女とは別の教師が、中学時代、自らの保身のためにいじめを見逃し、いじめの実態を訴えた俺を逆に排斥したこともあった。


 全国的なニュースになった、いじめによる自殺が起こってからその教師は態度を180度変え、身の毛がよだつような笑顔と猫なで声を携えて俺に近づいてきたのは、脳裏にくっきりと刻まれている。


 人というものは、自らを守るためなら、倫理も道徳もかなぐり捨てられる。


 実際にそんな場面を、数えるのがバカらしいくらい、中学を卒業するまでに俺は―教師、という一番子どもの範にならなければならない存在が、人の道に反する行いを、振る舞いをし続けていることを、秦啓一という人間は―見過ぎていた。


 俺は、信じることが、出来なかった―人というものを。


 この世で何があっても、俺の味方だと思っていた親父とお袋を信じられないのなら、この世の何も信じられないと感じていた俺に、周囲の行動は、俺の人間不信に追い打ちを―ダメ押しをかけた。


「……ウソ。何で、だって、秦さん」


 現実を拒否するように、力無く首を横に振る、少女の両肩を、俺はつかむ。


「君は、俺を信じているんじゃない。妄信とか、依存とか……言葉にうまく出来ないが、縋っているだけだ。

 君の傷の痛みは、君にしかわからない。

 俺も同じような立場にいたから、縋りたくなる気持ちはわかる。

 でも、縋っているだけじゃ、その傷はいつまでたっても治らないんだよ。

 許しは、君を傷つけた人間のためにではなく、君自身を癒すために、他者に与えるものなんだ!」


 酷だが……今、ここで俺に縋らせてはダメだ。


 彼女が普通の女の子なら、俺に縋らせつつ、時の流れに任せて傷を癒す方法が残されていた。


 だが、彼女は、力を持っている。


 文字通り、世界をどうにでも出来るかもしれない力。


 そこで、誰かに、何かに依存し―些細な擦れ違いが起こったら。


 今度は、彼女が加害者になる。


 それも、世界が滅亡するという、どうやっても取り返しのつかない過ちを犯して。


 世界の滅亡を、全て無かったことにしようとACTで書き換えても―彼女自身の心にその過ちは、未来永劫残り続ける。


 ダメだ、それはダメだ!


 自身の過ちの大きさを知り、途方に暮れた親父の表情と、言葉もなく泣き崩れたお袋。


 今でも、悔やんでいる。


『いついかなる時でも、親父とお袋を信用できる訳じゃない』


 可能なら、あの言葉を取り消したい。


 だがこの後悔は、何をどうやっても、俺が死ぬその時まで負わなければならないモノ。


 俺が、許せなかったモノ……癒せなかった、いや、癒すことを拒否した傷。


 親父とお袋が壊してしまった、俺の信頼。


 俺が壊してしまった、親父とお袋の信用。


 彼女に、俺の傷よりも、はるかに大きな負い目は追って欲しくない。


 一見すると溌溂とした笑顔が特徴的な彼女は、無表情がデフォルトであった白鷺さんとは似ても似つかないが―


 俺は、あんな縋るような、何かに怯えた笑顔を見たいと思っていた訳じゃない!


 俺が見たいと思っていたのは―


「……これはウソ、夢。だったら早く、夢から覚めないと」


 悪寒。


 咄嗟に右手が、左腕に装着していたOBに伸び、入力しておいた『砂上の楼閣』を起動。


 脇目も振らずに走り、左後方にいた加藤由利を『砂上の楼閣』の領域内に取り込み、


「え? チョッ、アンタ」

「いいから俺の後に続いて走れっ!」


 そこから後方の3人の元まで駆け寄る。


「……彼女の様子を見る限り、もう交渉は無理そうだね、はっちゃん」


 さっちゃんの声には反応せず、俺は中腰の姿勢で、先程まで俺が立っていた空間を睨みつけつつ、槇原君を手当てしていた津田さんに1つ頷いた。


「…………」


 昏い、死んだ魚のような目で、先程まで俺が立っていた空間を見つめる、ブツブツと小声で呟く少女。


 俺が立っていた場所は、何かのゲームのように、空間がパックリと裂けていたが、数秒すると少しずつその空間の裂け目が修復されていく。


 ……いつかは、越えなければならない問題か。


「言葉ってのは不思議で、同じことを言っても、受け取り方で全く違ってくる。

 そして、言葉の受け取り方ってのは、聞き手がどう思うのかが大事であるのと同時に、普段どんな行動をしている人が、その言葉をどういう状況で発したのかが重要になってくる」


 俺の発言に、ドロリとした意思が彼女の眼から零れる。


「俺は君に対して、どうしてこれまで名前でも、苗字でも、君の名を呼ばなかったかわかるかい? 俺には、君が白鷺さんだとは思えなかったからだよ」


 濁った眼に、活力が戻る。

 怒りや、憎しみといった、負の方向の焔がその黒瞳に灯る。


「貴方も……あたしを、否定するんですね」


「俺が、君を白鷺さんだとは思えなかった理由は、表情とか、言葉遣い、立ち居振る舞いといった、そんなどうでもいいことが原因じゃない。

 さっきまで、それが何なのか俺もわからなかったけど、今、ようやく確信できた。

 君が、君自身を、理解していないからだ」


「……何を、そんな戯言を」


 俺は初めて、常に無表情で何事にも動じないのに、どこか途方に暮れているような印象を受けた少女に対して用いた呼び名で、眼前の少女を呼んだ。


「そこで、戯言を、何て言うから君はフェイカーなんだよ、白鷺さん。

 世界の全てを容易くリライト出来ても、『奇跡』を使うことが出来ても……自身の在り方がどう在るべきなのか、わかっていない。

 記憶と人格を喪失していた君は、少なくとも、自分がどういう存在なのか、わかっていないことを理解していたから、どうにかしようと、もがいていたように俺には見えた。

 あの無表情の奥に、自分をどう表現すれば良いのかわからない、迷いや、熱みたいなものを感じた。

 でも君には、今の君には、その自覚が無いように見える。

 君は、自分自身を見つめ直すべきだ。

 人を信じるってことがどういうことなのか、もう1度学び直すんだ。

 人を疑うことも信じることも、カードの表と裏のようなもので、1つの強さだ。

 妄信しても、疑心暗鬼にこりかたまっていてもダメなんだ。




 君が、いつか、人を信じられる心を取り戻せるその日まで……アカシックレコードと繋がったその能力、俺が封じる」

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