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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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禍根

 この部屋には、右隅に段ボールの山はあったが、俺達が歩いてきた背後には、断じて段ボールなどはなかった。


 なのに、背後にいた彼女は段ボールとしか形容できない品にちょこんと腰掛け、自らの膝に頬肘をたててこちらを見ている。


 ……まず、足元へ視線を落とす。


 ほっそりとした長い足。腰まで伸びた、黒い光沢を放つ長髪と、服の上からでも細いことが見当のつくウエスト。


 眼は切れ長―ではない。どちらかというと人好きのしそうな、活発そうな大きな目が、鉱物めいた美貌の近寄り難さを軽減し、親しみやすい印象を与えている。


 第一印象でいえば、大半の人間が友達になりたい、親しくなりたいと思うだろうな。


 頭痛で乱れた呼吸を、何とかして整える。


「無理してベッドから動かなくても、こっちから迎えに行ったのに」

「迎えにいかなきゃいけない女の子を、放置する趣味はないんでね」

「えー照れちゃうなー、秦さん!」


 場違いとしか言いようのない明るい声。


 津田さんも、さっちゃんも、加藤由利も、何が起こっているのか理解出来ず、身構えていた中腰の状態から棒立ちになったのを見て、俺は―覚悟を固めて、質問した。


「槇原君はどうした」

「マキならそこにいるよ」


 可愛らしく小首を傾げ、指を俺達の後ろ向ける。

 皆が後ろを振り向いたが、ここでも俺は、後ろは振り向かない。

 ただ、じっと眼前の少女を見据え続ける。


「こ、康太っ! どうしたのこの傷は?!」

「……さっきまでは、ここに人なんていなかったのに……!」


 背後から津田さんとさっちゃんの狼狽した声が聞こえる。


「どういうことか説明して貰えるかしら、白鷺さん」


 ただ一人、加藤由利だけは後ろで倒れているであろう槇原君の手当より、眼前の少女から目を離すべきではないと判断したのか、俺の隣に並び立った。


「槇原君に、何をしたんだ?」

「え? あたしの人格消そうとするから、それは嫌だって抵抗しただけだよ。マキが左手に持っている、プラスチック状のデバイスがあるでしょ。それをあたしのうなじに接続しようとしたの」


 何でもないことのように答える彼女に対し、加藤由利が眦を吊り上げたのを見て、俺は言葉に出来ない違和感を覚えてしまった。


 いや、違和感の正体はわかっている。

 

 目の前の少女は白鷺さんの外見なのに、違う。


 そのことに対する違和感……そのはず、そのはずだ。


 だが、違和感の正体が本当にそれなのか、という疑念が影のように付きまとって離れない。


 考えろ。これは、絶対に無視してはいけない類の違和感だ。


 凛ちゃん、と槇原君が小さく声を出すだけで苦しんでいるのは、後ろを顧みなくてもわかる。


 その声に反応してか、加藤由利が右手の親指と中指を合わせたのを見た俺は、咄嗟に左手で彼女のACTの発動を制した。


「ちょっと、アンタ何を」

「頼む。こちらから手を出すことだけは、絶対にしないでくれ」


 この状況なら、奇襲だろうが不意打ちだろうが、機先を制するのが大前提。


 津田さんが信頼しているのだから、槇原君もACTを扱わせれば相当な実力者なのだろう。


 その彼が、手も足も出せずにやられた。


 何より、つい先ほどまで俺達には彼女や槇原君の存在を、認識出来なかった。


 何らかのACTだと考えるのが妥当だが、認識の阻害か? あるいは俺の『砂上の楼閣』のような、物理法則を改変したことで、瞬間移動でもしたのか? その双方かもしれないが……現時点では対抗策が無い以上、敵に回したら非常にマズイ。


 そして、このACTが、アカシックレコードと接続されたがために得られた能力なのであれば―眼前の少女は、『酒井玲於奈』の発言を信じれば、基本的に『何でも出来る』。


「ねえ秦さん、迎えに来てくれたのは嬉しいけど、これからどうする?」


 声は俺の右隣りから。


 瞬きすらしていなかったにも関わらず、正面にいたはずの彼女は、俺の右腕に腕を絡ませ、甘えるように下から見上げていた。


 眼を剥いた加藤由利が俺達から咄嗟に距離を取り、右手の親指と中指を弾き合わせる寸前で、その動きをどうにか堪えてくれた。


 1つ、わかったのは、眼前の彼女は俺にしか関心を払っていない、ということだ。


 これまでの会話は全て俺の問いに対する返答、もしくは呼びかけであり、その行動も周りの人間は眼中に無いように思える。


 ……っ! クソ、せめてこの頭痛が無ければ、もっと状況をしっかり把握できるのに……!


「あ、そうだ。秦さんの中にいるもう1つの人格、封じておかないと」


 !


 俺の左手を取り、文字通り、瞬く間。


 それだけで、頭痛が、治まった。


「……何だ? 一体、何をしたんだ?」

「秦さんの中にいたもう1つの人格を封じたの。消しちゃうと、その身体に悪影響が出ちゃう。それをまた改変するのも色々と不都合が生じるから。でも、あたしがいれば大丈夫っ! あたし、ほとんど何だって出来るんだから! 死んだ人を生き返らせることも、タイムトラベルすることも、不老不死だって出来るし……秦さんのためなら、世界だって滅ぼせるよ!」


 蒼褪めてしまうような言葉を、にっ、と歯を剥いて無邪気に笑う。


 あまりにも真っすぐなその言葉に、全くのウソが無いとわかってしまったがために、俺の心胆は凍てつくほどの恐怖ですくみ上りそうだ。


 そんな中、加藤由利が俺の右手首を取り、脈を取りながら左目だけで俺の眼を覗き込む。


「本当に、消えて」


 呟いている途中で、俺の視界から、加藤由利が消えた。


 いや、何かに殴られたかのような姿勢で宙を舞っていた。


「気安く秦さんに触らないで」


 背筋が寒くなる、刃物のような鋭い視線を倒れた加藤由利に放ち―俺に顔を向けると、やっちゃった、と舌を出して可愛らしく笑う。


「秦さんは、こんなあたしは嫌? クールで知的な、香さんのような『白鷺凛』の方が良い?」


 一転、不安そうに眉を曲げる。


「けほっ……一体、何が」


 衝撃を受けて吹っ飛ばされながらも、混乱した面持ちで身体を起こす加藤由利には、そもそも自身の身体に何が起こったのか認識出来ていないようで、俺と彼女を見比べていた。


 ただ、俺がアイコンタクトを送った際に、小さく頷いてくれたから、手出しはしないでくれ、という意図は伝わったと思う。


「性格はともかく、やたらと暴力をふるうような人は嫌かな」

「……ん、気をつける」


 神妙に頷く様からは、真摯に反省している子ども、という印象を受けるが……なんだ、このアンバランス感は?


 最悪の想定として、人格が無茶苦茶になってしまった彼女と、一戦交える覚悟もしていたのだが……この様子なら、もう一度、槇原君にどうしてあんな仕打ちをしたのか、聞いても大丈夫か?


「もう一回聞くけど、どうして槇原君にあんなことをしたんだい? 津田さんに聞いた限りでは、君達は幼馴染なんだろう? それとも、人格は戻っても、記憶は戻らなかったのかい?」


 槇原君のことを愛称で呼んでいることや、津田さんを香さんと呼んでいることから、記憶は戻っていないというのは考えづらいが……


「だって、あたしのこと、マキは守ってくれないもん」


 俯き、視線を逸らす彼女から俺は初めて目を離し、真後ろに倒れ、津田さんやさっちゃんに介抱されている槇原君を見やった。その足元には、小型のクロスボウのようなOBが転がっていた。


 今、彼女は守ってくれない、と言ったよな……?


「あたしの記憶と人格を封じて、香さんみたいな人にしちゃうもん」

「そ、それは……ゲホッ、三氏族から、凛ちゃんの能力を隠すために、どうしても生じてしまう副作用で」

「それだけじゃない。マキは、最終的にはあたしのこと、守ってくれないもの」


 ? 槇原君の説明を遮った彼女の発言は、どういう意味だ?


「みんなそうだもの。最終的には、あたしのことを利用するか、保身のために切り捨てるか、どちらか」

「そんなことは」

「『繋がった』から、わかる」


 ……アカシックレコードに、か。


 俺達は現時点での状況しかわからないから、『そんなことは無い』と言おうとするが、本物の『酒井玲於奈』のように、あらゆる時間軸の状況を観察することが出来るのであれば……


 待て。『みんな』そうなら、何故彼女は、俺とこうして会話をしている?


「秦さんは違う世界線の人であることに加えて、他の人の身体に人格が宿っているから、アカシックレコードを覗いても、どう行動して、何を考えているか、全部はわからないけど……あたしのこと、見捨てないよね?」


 小動物のように、頼りなげな視線を俺にだけ向けてくるのは、そういうことか。


 俺は、


「お姉さんのように振る舞っていたって、香さんはマキが一番大事。マキも、自分の親しい人達を守るためならあたしを切り捨てる。顔なんて知らないけど、親に捨てられたあたしを、何かと面倒見てくれた2人に見捨てられたら、あたしは誰を信じれば良いの?」


 ……誰もが気安く言える言葉なんかで、疑心に囚われている彼女を納得させられるはずが無い、か。


 アカシックレコードと繋がってしまったことで、大好きな幼馴染を疑い、姉代わりの少女も信じられないのであれば、無理もないが……いくら、俺の行動や考えの全てがわからないから信じられる可能性が残っていたとしても、俺の知っている、あの無表情な白鷺さんではない彼女にとって、俺は初対面なんだが……


「でも、秦さんなら、大丈夫だよね? 何にもわからない状況下でも、記憶と人格を喪っていたあたしに、孤児の話題から遠ざけようとしてくれたし、高校を退学になるかもしれない状況下の実技試験で、コードだけ抜いて対処しようとしたし、『鉄仮面』や『鉄面皮』と呼ばれて怒ってくれたし」


 ……人格は異なっても、記憶は残っているのか。


 それなら―いや、記憶があることを差し引いても、こうまで縋ってくるのは、少々おかしくないか?


「秦さんなら、わかってくれるよね? 間違いなく愛されているって確信していた両親に、自分の言っていることが全部ウソだって否定されて……まだ小学校に入ったばかりだったのに、あのウソツキに拷問みたいに殴られ続けて……父親にも母親にも、逆に『殴られるようなことをお前がした』って責められて、攻められて……何もかも信じられなくなった秦さんなら、あたしのこと、信じてくれるよね?」


 !


 後ろにいた4人が、一斉に俺へ視線を向けたのが、気配でわかった。



===============================================


 理由なんて、もう思い出せない。


 俺が、あの女の目に付いた、としか考えられない。


 そうでなければ、漢字を間違えた、6の段の掛け算を暗唱できなかった、絵が上手く描けなかった、という理由で、6歳の子どもを力の限りに殴るなんて考えられない。大きな声で挨拶されて耳が痛い、なんてとんでもない理由もあったか。


 殴るのも、自分の手で俺の頭を殴る、なんて真似はしない。


 俺の頭を右手で鷲掴みにすると、そのまま教卓に向けて振り下ろすのだ。


 痛いから、当然泣いた。


 うるさい、という理由でさらに続けて教卓に額や頭を何度も打ち付けられた。


 大人の腕力に、子どもが逆らえる訳がないから、なすがまま。


 そんな学校生活が続くと、俺は涙ながらに、この世で1番頼りになる父と、この世で1番好きな母に、女の暴力を訴えた。


 父は、先生にそんなことをされるお前が悪い事をしたのだろう、と鬼の形相で子どもの俺を一喝した。


 母は、先生に叱られないようにちゃんとしなさい、と般若のような冷たい声音で俺を叱責した。


 俺が、何か悪いことをしたのだろうか。


 6歳の子どもと言えど、やっていいことと、悪いことの基準くらいはわかる。


 だが、絶対の信用と信頼を置いていた父と母に、俺が悪いのだ、と言われれば……


 善悪の観念が揺らいでも、女の暴力は、間断無く、容赦無く襲ってくる。


 生存本能が、このままここにいたら殺される、と生死の概念すらまだ知らなかった子どもの俺を動かしたのだろう。


 俺は学校に行きたくない、と泣き叫びながら登校拒否をし……父に捕まえられ、身体を引きずられて、無理矢理登校させられた。


 お手数をお掛けします、と女に頭を下げてから、ちゃんと学校に行け! と怒声を放つ父に、もうダメだ、と幼心に感じた。


 だから女の眼を盗んで、後先考えずに、文字通り学校から脱走した。


 しかし、母がいる家に帰る訳にもいかなかったので、青森の冬、雪が降る季節に、どこに行けば良いのかもわからず彷徨い……高熱を出して倒れた所を、近所の人に見付けられ、祖母に匿われた。


 その際に、頭髪に隠れて目立たなかったが、頭に大きな傷があるのが、見つかった。


 あの女に、教卓に打ち付けられた際に、出来た傷だった。


 この傷が無ければ、あの女の所業は、全て闇に葬られていただろう。


 この忌まわしい出来事が無ければ……


 あるいは、記憶を闇に葬ることが、出来れば、良かったのに。


「はっちゃん、今のは……」本当? という掠れた声が聞こえた。


 眼前の、縋るような眼差しを向ける少女から目を離し、虚空を睨む。


 未だに俺は、過去に、禍根に、縛られるのか。

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