正化の幼馴染の生い立ち
「君が青森に行った後、12歳まではごくごく普通に暮らしていたよ。勉強なんて面倒なんて言っていたから、母さんからはよく勉強しろって言われて―君が、手紙で『僕は野球と勉強を頑張ってます』なんて書くからいけないんだよ!
それで、12歳の時に、家が火事で焼け落ちて―母さんも、父さんも、その時に亡くなっちゃった。あー、そういう顔、しないで欲しいな。もう、5年も前の話なんだから。
家が全部焼け落ちて、あたしは施設に引き取られたから、君の手紙が届かなくなったんだ。
わたしからも、何度か青森に手紙出したけど―え? その時、丁度君も、同じ青森市内に引っ越しをしたって? ああ、それで手紙が、互いに行き違いになったのかな……まぁ、過ぎたことを嘆いてもしょうがない。
施設に引き取られてからは、まぁこれが中々に辛かったね。今まで友達だと思っていた娘なんかも、波が引くように周りからいなくなっていってね。
加えて半年ほど経ったころに、わたしの周りで、変なことが起きたのがトドメになった。
変なことってのは、まぁ、物が勝手に動いたり、ラップ音が響くことが多発してね。
子どもじゃ、無意識に簡易的なACTを発動させているなんてわかる訳がないから、呪われているんだとか、色々言われたよ。
それでも、何かおかしいと思った施設の人が調べた結果、松平のとある一族が、わたしを養子に欲しいって言いだしてきてね。
良かったじゃないかって?
コラコラ、君も三氏族の陰謀に巻き込まれているんだから、上の連中はロクでもない奴等ばかりだって予想できるだろう?
一言で言うと、ACTが使えるから引き取る、ダメなら捨てられるってのが、12歳の子どもでもわかるくらいには、ひどい態度だったよ」
「……前、俺にハードな人生歩いているみたいなことを言われてたけど、さっちゃんの方がひどくないか?」
冗談めかして言わないと、あまりのひどさにもらい泣きしてしまいそうだ。
さっちゃんの父さんも母さんも、もう亡くなっていたなんて……一度だけ目を閉じ、短く黙祷を捧げる。
「ところで、もうさっちゃんだってわかったんだから、マスケラつけていても、意味ないんじゃない?」
「……君、デリカシー無いって言われない?」
え? 何故そこでそんな責められるの?
「女の子が泣いたあとの顔を見ようなんて、ちょっとデリカシーに欠けてるよ。君、そんなことじゃモテないぞ」
……どうせ俺は35年彼女無しだよ、クソ。
「とりあえず、俺のモテるモテない、デリカシーの有無は脇に置いておくとして、松平の、酒井の養子になってからは、どうなったんだい?」
「話の逸らし方が強引だなぁ。まぁ、いいけど。君も、薄々勘づいてはいると思うけど、今のあたしは、『酒井玲於奈』って人の影武者。『時間軸』の観察が可能な、『奇跡』に近い位置にいる人だって聞いている。とは言っても、実際に会ったこともなければ、顔も知らない人なんだけどね、『酒井玲於奈』って」
「ってことは、さっちゃんは、『時間』に関するACTが使えるから、影武者に選ばれたんだな」
ベッドに座っていた酒井さんはこちらを見上げて、真面目な声音で語り始める。
「はっちゃん。今からわたしが言う事は、凄い危険なこと。知ってしまっただけで、君は口封じのために殺されるくらいヤバい案件」
「何となく予想はつく。けど、もう俺も、そのヤバい案件に片足どころか、全身つかってしまっているんだろう? 加藤さんも似たようなこと言ってたしね」
そう言うと、酒井さんは肩を落としてしまったので、俺は慌てて補足する。
「と言っても、状況的に、そうせざるを得なかったんだろ? なら、教えてくれよ。今後、俺がどう振る舞うべきかも、考えておきたいし」
うん、と言ってから、それでも中々踏ん切りがつかなかったのだろう、自身の手を見つめながら指を何度か組み換えているが……こうして改めて見ると、年頃の女の子の指にしては、傷やかさぶたが目立つ。
色んな修羅場を潜ってきたのは、想像に難くない。
「今から2ヶ月とちょっと前に、松平の上層部から、『奇跡』について探っている生徒がいるかもしれない、っていう情報があたしに伝えられた。そこで、これから転校生という形で協力者を送り込むからサポートしてくれ、って言われたの」
ベッドに座る酒井さんは、しきりに指を組み替えている。
「それから数週間して、こちらにくる転校生についての書類の写真を見て、びっくりした。10年以上見てなかったけど、青森からきて、その前には函館にいて、秦啓一って氏名で……君だって確信して、わたしは焦った。
なぜなら、松平の諜報員ってのは……」
喉をゴクリと鳴らし、口を開こうとしたが、声が出てこないのは、それだけショッキングな内容なんだろうな。
だから、俺が後を継いだ。
「成り代わる本人を殺して、本人になりきるから?」
否定は無い。10秒ほどしてから、さっちゃんはゆっくりと頷いた。
カタカタと身体を震わせているさっちゃんの背を、ゆっくりと擦る。次第に落ち着いてきたのか、さっちゃんは、ありがと、と呟くと悪夢を振り払うよう首を横に強く振った。
「アイツ等に何を言ったって、利益を提供出来なければ、はっちゃんが殺されるのは分かり切っていた。そして、わたしが提供できるものなんか、アイツ等は興味を示しやしない。だから、あたしは急いで青森に行って……」
荒く息をつきはじめたさっちゃんに、
「その先は、いいよ」
俺はやんわりと、制止した……多分、俺を助けるために、はじめて人を、手にかけたのだろう。
「で、俺を助けようとしたのは良いんだけれども……ひょっとして、その時の俺は、もう死んでいた?」
「正確には、瀕死だった…………もう、手の施しようがない状態で……でも、わたしは、それが認められなかった。だから、死ぬのを待つだけの君の身体に、時間制御を何回も何回も繰り返し、繰り返しかけた……少しずつでも、君の身体の時間を巻き戻していけば、君の息を吹き返せるって信じて」
自分や他者の『肉体時間』を操るのが、さっちゃんのACTか。確かに、時間に関するACTと言えるかもしれないし、実戦形式のACTで、予知めいた力を使う加藤由利が不意を突かれたのもわかる能力だ。
「でも、『死者の蘇生』なんてのは『奇跡』の領域。出来る訳がない。でもあの時のわたしは、はっちゃんが死ぬのを認められなかったから……三人いた諜報員のうち、一人は息がもう無かったし、もう一人は女だったから、まだ生きていた、柳雄平って奴の男の身体に、はっちゃんの意識を移せないか、考えた」
「発想としては、わかるんだけど……さっちゃんのACTって、時間を操作するものなんだろう? 俺の意識を他人の身体に宿す、なんてのはさっちゃんのACTじゃ出来ないだろう?」
指摘に、さっちゃんは頷き、ややためらいがちに、口を開いた。
「うん……だからね、はっちゃん、正直に答えて欲しいんだ。
はっちゃんって、普通に常識人なように見えるのに、ACTとか三氏族とか、特定の事柄についてだけはズブの素人よりヒドイ知識……というか、全然知識がなかったのを、無理矢理詰め込んで、それっぽく仕立て上げた、って感じに思える。
君、記憶喪失なんてのは嘘で、『正化』の16歳のはっちゃんじゃ、ないんでしょ? 今とは違う……そう、三氏族が日本を牛耳っていない世界の、はっちゃんじゃないのかな?」




