知らされた正化の秦家の末路
……答えが、返せなかった。
その沈黙で、さっちゃんも何かを確信したのか、頷いた。
「別に、責めている訳じゃないんだ。ただ、柳雄平のACTは物理法則の改変、のはずなんだけど……はっちゃんが、違う世界線のはっちゃんなのだとしたら、柳雄平の本当のACTは、違うものなのかもしれない、と思って」
「? ゴメン、その、言っている意味がわかんない」
さっちゃんは右手を頭にやり、思考をまとめるように中空に視線を向ける。
「ええと、あたしのACTじゃ、誰かの肉体に、はっちゃんの意識を宿らせるなんてことは出来ない。あの時はとにかくはっちゃんを何とかしないと、と思って出来もしないことを試したけど、本来なら出来ないはずなんだ。
でも、実際に君は柳の身体に、意識を宿らせている。
だから、柳雄平が、あらかじめ自身の身体に細工をしていたんじゃないのかなって思って。
元々、柳雄平はこの高校に潜入する予定だったから、前もって自身に物理法則の改変とは異なる、何らかのACTを施していた可能性は高い。
そこに、わたしが時間の干渉と、出来るはずもない意識の移し替えを行おうとした結果、予測できない反応が起こったんじゃないかな、って」
確かに、有り得そうではあるんだが……
「でもその場合、俺が行っているACTは、物理法則の改変じゃなくて、他の何かってことになる。だとしたら、一体なんなんだ?」
「並行世界への移動、だったら説明できそうだよ」
…………? やはり意味がわからず、俺は腕を組んで唸ってしまう。
「柳雄平は、世界の物理法則を改変しているけれど……この世界の物理法則を『改変』しているんじゃなくて、どこかの並行世界の物理法則を『持ってきているだけ』、だとしたら?」
「んー、と、つまり、柳雄平が、自分の身体に、並行世界に関する物理法則の書き換えを自身の肉体に施していたから、さっちゃんの時間の干渉とうまく化学反応―って言っていいのかな? とにかく反応を起こして、柳雄平の身体に、俺の意識が定着したってこと?」
「すごく論理付けとしては弱いんだよ。でも、わたしが出来るのはあくまで、肉体時間の操作だし……それも、長くて10秒がいいところだし」
「俺は、この肉体に細工をしたのは、柳雄平じゃないと思う」
「? 柳じゃなければ、誰が」
「『酒井玲於奈』」
発言に、さっちゃんはマスケラ越しであるにもかかわらず、絶句しているのが俺にもわかった。
この発言が正解なのだとすれば、『酒井玲於奈』は、さっちゃんがどう行動するのか正確に把握した上で、柳雄平の肉体に細工を施したことになるんだから。
「で、でも、だとすれば、あたしがどんな行動を取るのか、筒抜けになっていたことになる……! でないと、あらかじめ柳の肉体にそんな細工をしておくなんて出来ない! いや、そもそもはっちゃんの意識を他者の肉体に移そうなんて予測、出来る訳がないから……あたしが、ああするのを、知っていた……っ!」
「その人は、『時間軸の観察』が出来るんだろう? だったら、さっちゃんの行動が筒抜けになっていても、おかしくはないんじゃないのかな」
……そもそもさっちゃんが、『酒井玲於奈』の影武者に選ばれたのは、時間に関するACTを扱えるから、って理由は建前で、本当は、俺の意識を柳に宿らせるためだったんじゃないか……というのは、言わないほうが良いな。
「もちろん、さっちゃんが言った可能性も有り得るし……別の可能性も有り得るから、これ以上のことは何とも言えない。もっと言ってしまえば、単なる偶然、っていう可能性だって無い訳じゃないし」
ACTの実習室にいる人間の中で、信用してはいけない人間がこの中にいる、という俺の直感は、多分正しかった。
俺が、俺の肉体そのものが、あの場に存在してはいけない人間―良心の呵責もなく、殺人が行える人間のものだったのだから。
挙句の果てにはそんな恐ろしい人間ですら、駒のように人体実験の材料として『本物の酒井玲於奈』は使い捨てている。
俺がACTを扱う際に、独力で生体コードをうなじに接続できないことや、生体コードを接続せずに、OBで検索をかけるだけで異様に疲労するのも、『本物の酒井玲於奈』の細工と考えると合点がいく。
しかし、こうして言葉にしてみると俺、とんでもない事に巻き込まれているな。
さて、本当ならさっちゃんに、確認しておかなければいけないことが1つ、あったんだが……俺が考えていた以上に、さっちゃんの精神状態は不安定だ。
もし、俺の確認事項が、さっちゃんが一切想定していなかった内容なら……最悪、彼女はパニックに陥る。
ダメだ。さっちゃんには確認できないし、相談もすべきじゃない。
大きく息をついてベッドから立ち上がり、気持ちを切り替える。
「よし! その話は、ここまでにしとこう。まず、今の話を加藤さんや白鷺さんにも共有しておかないと」
「あ、それで……あの、はっちゃん、あのね」
ひどく言い辛そうに、俺に手を伸ばした状態で固まったさっちゃんを見て……この話が出た時に、覚悟していた話を、あえて俺から切り出した。
「こっちの世界の親父も、お袋も……もう、殺されているんだろ?」
俺から切り出されたことがよほど意外だったのか、どうして、とさっちゃんは掠れた声で呟いた。
どうして知っているの、と言いたかったんだろうな。
松平の諜報員は、入れ替わる本人を殺し、本人になりきる。
「運ばれた病院での初日のやり取りで、俺は、親父とお袋は偽物だと思ったから」
親父も、お袋も、松平の諜報員に殺され……病院で出会ったあの2人は、すでに成り代わっていた後なのだろう。
こんな顔は、人に見せたくない。さっちゃんに背を向け、
「君のお父さんと、お母さんが……あれだけ痛めつけられても、諦めずに、最後まで君を逃そうとしていなければ……あたしは、間に合わなかった」
その一言に、俺の足は止まってしまった。
最後の瞬間、こちらの世界の親父とお袋は、何を思ったのだろう。
俺だけでも逃げて欲しい、と思ったのだろうか。
それとも……
…………『平成』の親父とお袋は、元気なんだろうか? それとも、俺は植物状態のような形になり、嘆き悲しんでいるのか。あるいは、俺はすでに死んでいて……
「とりあえず、加藤さん起こして、白鷺さんと一緒に呼んでくるよ」
答えの出ない思考のループに陥りかけた俺は、瞬きを一切せずに、無理矢理右足を動かして歩き出し、部屋の扉を開けた。




